「鳳翔さんの講座、とっても面白いのね!提督、ありがとうなのね!」
「そうかそうか。良かったなぁイクさん」
うんうんと頷く提督に、鳳翔は言った。
「ただ、訓練をより楽しんでもらう為には、2人でやるより3人でやる方が良いのです」
「んー、私がやってるのは拳銃だから方向が違うんだよなぁ」
「提督も教えた通り練習なさってますか?」
「もちろんですよ。毎朝45発、欠かさず」
「そうですかそうですか。じゃあ今度拝見しましょうか」
「うはっ、よろしくお願いします」
「うふふ」
「それはそれとして、もう1人か。じゃあ聞いてみようかね。比叡さん」
「はい」
「えっと、インカムの回線貸してくれる?全体放送するから」
「はい。こちらでよろしいでしょうか?」
「ありがと」
比叡から受け取ったイヤホンマイクを装着した提督は、比叡に合図してコールサインを送った後、
「えー、毎度おなじみ提督でございます。さて!今回はお得な情報をいち早く貴方にお届け!」
がくっとつんのめる鳳翔、くすくす笑う伊19と比叡をよそに、提督は続けた。
「今提督室に来ると一流の狙撃講座の受講資格が貴方の物に!先着1名様限定!さぁ早い者勝ちですよ!」
ジト目になった鳳翔が口を開いた。
「バーゲンセールのTVショッピングじゃないんですから・・」
だが提督は拳を握り、さらに熱を込めた。
「さぁまたとないチャンス!只今なんと無料!コーチの実力は折り紙つき!さぁ誰がこの超お得な・・」
ガチャッ!
「すっ、鈴谷だよ・・おっ、応募、間に合った?」
提督はぜいぜいと息を切らせる鈴谷ににこりと頷きつつ、マイクに話しかけた。
「早いね鈴谷さん。え~、定員に達しましたので募集終わり~、各自作業に戻ってくださ~い」
鳳翔は呆気に取られた。こんなに早く応募者が来るとは。
伊19は肩をすくめた。提督は変な所で女の子の心を掴むのが上手いのね。
鈴谷は提督に手招きされたので机の前まで歩いて来た。
「じゃあ紹介するね。狙撃のコーチをしてくれる鳳翔さんと、同じ受講生の伊19さん」
「すっ、鈴谷です!よろしくお願いします!」
「鳳翔です。こちらこそよろしくお願いします。えっと、何故応募したのか聞いても良いですか?」
鈴谷は表情をこわばらせると言った。
「鈴谷は航空巡洋艦までなったんだけど、どうしてもイマイチなんだよね」
「イマイチ?」
「えっとね、最上姉ちゃんも言ってたんだけど、潜水艦への攻撃能力は弱いし、砲火力は戦艦に劣るじゃん?」
「・・」
「艦載機積載能力では空母に勝てないし、魚雷の命中度なら軽巡の方が良いし」
「・・」
「マルチパーパスなんて言えば聞こえはいいけど、要はどれもハンパで燃費は悪いじゃん」
「・・」
「鈴谷だって提督から大事にされてるのは解ってる。だから鈴谷に任せてもらえる分野を作りたいじゃん」
「・・」
「鈴谷は狙撃が楽しいし、しっかり練度を上げればちょっとは提督の役に立つと思ったの」
「・・」
「・・それじゃ・・ダメかな?」
鳳翔はくすくす笑いながら提督を見た。
「提督から何か先に仰いますか?」
提督は困った顔をしながら鈴谷に向いた。
「うーん・・えっとね、鈴谷」
「うん」
「潜水艦がうようよいる海域では、君は航空戦艦より低燃費で軽巡より高い防御力がある」
「・・」
「副砲をきちんと組み合わせれば高い連撃能力があり、魚雷を積めば夜戦での一撃も頼りになる」
「・・」
「だから攻略目標に応じた装備変更が要るだけで、決してハンパなんじゃない」
「・・」
「けどね」
「?」
「鈴谷が鈴谷である為に、自信をもって前へ進む為に狙撃能力を身につけたいなら、私は喜んで了承する」
「・・」
「ただし今後、自分をイマイチだなんて言っちゃダメだ。守れるかな?」
鈴谷は無言でぽたぽたと涙をこぼした後、ぐいっと手の甲で涙を拭い、
「うん!解った。もう言わないよっ!」
と、ニカッと笑って答えたのである。
「よし。じゃあ鳳翔さん、鈴谷をよろしくお願いします」
鳳翔は鈴谷と握手しながら、相変わらず提督は犯罪級の天然ですねと苦笑した。
あんな事を面と向かってさらっと言うなんて・・
鈴谷さんの手が熱い位ですし、頬を染めちゃって。初々しいですね。
よし、しっかり教えてあげましょう!
こうして。
班当番のある日を除き、伊19と鈴谷は鳳翔の下で訓練を続けた。
1ヶ月が経ったある日、鳳翔は一人で提督室を訪ねたのである。
コンコンコン。
「開いているぞ」
長門の声に呼応するかのようにそっと開いたドアから、鳳翔が顔を覗かせた。
「長門さん、お邪魔します。提督はいらっしゃいますか?」
「ああ。居るぞ。提督、鳳翔殿がお見えだ」
「応接席にかけてもらって。この書類を見てから行くよ」
「うむ。鳳翔殿、こちらへ」
長門に促されて応接セットの席に腰かけた鳳翔は、そっと長門と提督を見た。
・・しっかり心の通い合う関係になったようですね。そしてスッキリした雰囲気。
理想的な司令官と秘書艦の関係ですね。
「やぁお待たせしました。すいません書類が多くて」
「大丈夫です。提督も大変ですね」
「さてさて、どうされました?」
「伊19さんは、そろそろ基礎訓練を卒業として良いと思います」
提督が驚愕の表情で固まったので、長門が怪訝な顔になった。
「・・提督、どうした?なぜそんなに驚いている?」
「あ、あの、伊19が、基礎を卒業・・認定・・ですか?」
「ええ」
長門はますます怪訝な顔になった。
「どういう事だ、良かったら、私にも解るように説明してくれないか?」
「あぁごめんね長門。えっと、本人を前に言い辛い事でもあるんだけど」
「う、うむ」
「鳳翔さんが最終的に要求するレベルは、それはそれは高い所にあるんだよ」
長門は脳裏にやつれた金剛達の顔が思い浮かんだ。
キャベツの千切りやシチューを作るのでさえあれだ。
そういえば誰も卒業とは言って貰えなかったような・・
「ふむ。それで?」
鳳翔は笑顔の裏で思った。長門さん、あっさり納得するほうが酷いですよ?
「鳳翔さんの軍事訓練は対象者に極めて親切で的確だし、叱らないし素晴らしい内容なんだが」
「う、うむ」
「最終的に卒業と認めてもらえる課題まで到達出来る割合は5%もない」
「・・なに?」
提督の言葉に対し、鳳翔がすこし拗ねたように口を尖らせた。
「5%は酷いですよ提督。今までのトータルで7.81%です」
長門はごくりと唾を飲んだ。それ、あまりにも低い割合じゃないか?
「すみません。じゃあえっと、8%もないんだよ」
「そ、その一人に、伊19が到達したというのか?」
「うん。だから凄まじい事なんだよ」
鳳翔は苦笑しながら言った。
「で、応用課程をどうしましょうかと聞きに来たんですけどね」
「伊19は何と?」
「受けたいが、提督次第だと」
「鳳翔さんは、どう思います?」
部屋の中に一瞬の沈黙があった後、
「・・応用課程は諸刃の剣ですし、伊19さんは到達出来るかもしれないし、出来ないかもしれない」
「うん」
「ただ・・」
鳳翔は寂しげに笑った後、言った。
「出来れば伊19さんには、屈託のないあの笑顔で居て欲しいですね。私の我儘ですけど」
「単独に近い隠密行動を取らせようとする場合、追加で必要な講義はありませんか?」
「・・どの海域でも、ですか?」
「いや、せいぜい大本営近海程度までで」
長門はドキリとした。