艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード56

こうして、皆の努力(?)により、鎮守府に隣接する形で仮想演習場を建設する事になった。

だが、提督室を訪ねてきた工廠長から意外な台詞が飛び出した。

 

「あー、資源が要るんですね」

「うむ。それも結構膨大にの」

 

仮想演習場を山の中に建設する。

建設技術を習得してきた妖精達が研修から帰って来て開口一番に言ったのが

「工事用建機を作らないと話にならない」

という事であった。

電動ドライバー程度ならともかく、シールドマシンやショベルカーと言った建機を作るには資材が要る。

建機を作り、建機で掘り進めた穴を補強するにも資材が要る。

その後仮想演習場を構成する機器類を作るのも資材が要る。

というわけで、膨大な量の資材が必要、という結論になったのである。

「演習が出来ない分、余力はある筈ですから遠征に行って貰いましょう」

提督は傍らに控える、秘書艦当番である加賀に頷いた。

「我々で資源計画を立てます。提督、御手数ですが中将殿の許可を」

「そうだね。じゃあ行ってくるから頼むよ」

「工廠長、必要資源量などを教えてください」

「うむ、解った」

提督は通信棟に向かいながら思った。

加賀が一番秘書艦らしい秘書艦になったかもしれない。

というより、加賀に差配してもらった方が私より真面目な運用になる気がする。

 

「・・そうだな。それなら怒鳴り込んでくる司令官も居ないだろう。許可する」

「ありがとうございます」

「必要な資源は遠征で調達するんだな?」

「・・はい。その予定です」

「解った」

提督の鎮守府が演習に出なくなり、苦情の申し立て件数が激減していた。

大将は愚かな事だと嘆いていたが、中将は直接突き上げられる立場だったので安堵していた。

演習は1鎮守府が、1日辺り最高10鎮守府と演習できるし、提督は律儀に10回こなしていた。

ゆえに連日、提督と演習した10カ所の相手が真っ赤になって怒鳴り込んでくる。

中将に取ってこれは拷問に近い事であり、とても精神的に辛かったのである。

怒鳴り込んでこない鎮守府が仏に見える程だった。

一方、苦情が減った事に安堵していた中将は、提督の鎮守府にフォローを怠っていた。

正確にいえば、クレームの元凶として無意識のうちに避けていたのかもしれない。

本来なら自分の非公式な依頼を聞いて演習を遠慮しているのだから、仮想演習場の資材は支援すべきだった。

だが、提督=抗議という図式が頭に出来上がっていた中将は、どうしても関わりたくなかったのだ。

すでにノイローゼになっていたのかもしれない。

提督は通信機が伝えてくる中将の声色の変化を感じ取っていた。

どうにも元気が無いというか、よそよそしいというか、避けられているというか。

なので、資源調達について相談するのを止めたのである。

「仮想演習場作成の報告書式を送るから、記入して送り返してくれ」

「施設が完成した時点でよろしいですか?」

「そうだ」

「解りました」

「・・うむ、ではこれで」

 

ブツッ。

 

通信終了のシグナルが点いたのを見て、提督はスイッチを切った。

一応、鳳翔さんには話しておくか。

・・もとい。

鳳翔さんに聞いてもらわないと、この切なさは収まりそうにない。

 

「何故だろうね、鳳翔さん」

「ふうむ。いささか無体な仕打ちですねぇ」

「理不尽な要求を呑んでいるのはこっちなのに・・さ」

「そうですよねぇ」

「これじゃ皆に設備が出来てもさ、こう、喜んでって言い難いんだよ」

「・・」

仕事が終わった後、木枯らしが吹きすさぶ中を提督は一人、鳳翔の店に向かった。

鎮守府の正門から30mも離れていないのだが、正門を出るとちょっとだけ楽になれた。

そしてその気持ちのまま、鳳翔に洗いざらいぶちまけたのである。

飲み慣れない酒を頼む辺り、よほど腹に据えかねたのだろうと鳳翔は思った。

そして提督の小皿におでんをすいすいと取り分けると、顎に手を当てて考え始めた。

中将が提督に気付かれる程忌避するようになるのは問題かもしれませんね。

なにより、私の友人に対していささか無礼です。

 

「うーん、貴方からの通信だから予想はついてたんだけどね・・」

提督が帰った後、店を閉めた鳳翔は店の2階に設置した通信機の前に居た。

ここは普通に歩いてもたどり着けない隠し部屋になっており、大本営の雷と直接やり取り出来る。

鳳翔と雷のホットラインとも言える部屋なのである。

「一体どういう事ですか?真面目に役目を果たす私の友人を忌避するなどありえません」

「そう怒らないで。貴方の言う事はもっともなんだけど」

「うっとうしいハエがたかってくるなら叩き潰せば良いではありませんか」

「ハエが多過ぎるのよ」

雷は吐き捨てるように言った。

「雷様、貴方の武勇伝とされる行動を、私はこの目で見た数少ない一人です」

「・・ええ」

「それとも、あの時とは異なる事情が?」

「うーん・・今回の場合、明らかな腐敗の証拠が無いのよ」

「ですが、提督を目の敵にするのは正しい事ではありません」

「その通り、その通りよ。でも、その他の事では私達の命に従って動く駒なのよ」

「だからなんだと言うんです?あの時だって粛清対象者は最後は貴方に跪き、泣いて忠誠を誓った」

「・・」

「しかし、腐敗に手を染めた輩は信じないと一言の下に切って捨てたではありませんか」

「・・あの時の腐敗は、演習の苦情とは違うのよ。そこは解るでしょ?」

「努力を重ねて体勢を立て直した鎮守府をよってたかって屠るのが腐敗以外の何物だと?」

「・・」

「いざとなれば私は、出発前に申した通り、いつでも発艦命令をかけますよ」

「・・」

「それがたとえ貴方の居る大本営を焦土と化す命令であっても、私は厭いません」

「・・敵の大規模な基地が見つかってるのよ」

「え?」

「まもなく、大討伐命令がかかる。今粛清して手駒を減らす事は出来ない」

「・・」

「理不尽なのは理解してる。中将からも聞いてる。でも今はダメなのよ」

「・・貴方達は、誰の味方ですか?」

「え?」

「大将殿と雷様は、誰の味方ですか?」

「私達は・・」

雷はしばらく言いよどんだが、

「日本国民の、味方よ。そして、敵は、深海棲艦」

「・・」

「鎮守府の質が低下しているのも、提督への嫌がらせも、数ある問題の1つよ」

「だから放置すると?」

通信機の向こうから机を叩く音がした。

「じゃあどうするのよ貴方なら!半数が生きて戻れないような苛烈な戦場が見えてる今!」

鳳翔は数秒沈黙した後、静かに言った。

「文句を言ってきた司令官を外洋の無人島に派遣し、そこで深海棲艦に始末させましょう」

「・・・え?」

「大討伐と粛清を、一気に片づけてしまえば良いのです」

「あ、貴方・・」

「提督の戦法に難癖をつける位自信がおありなら、やらせれば良いのです」

「そ、れ、は・・」

「軍の痴れ者は戦地で始末する。いつも通りの手法ではありませんか」

「で、でも、司令官の外洋派遣なんて不自然過ぎるわよ・・」

「一番槍の前線基地とでも言えば良いじゃありませんか。理由をこじつけるのは大将と貴方の仕事です」

「ぐ」

鳳翔が声を一段低くした。

「それとも・・貴方も腐敗の側ですか?」

「ちっ違うわ!それだけは取り消して!」

「ならばその作戦要綱を見てから取り消すかどうか決めますし・・」

「・・」

「取り消すに値しないと判断したら、その時私は一人で御挨拶に伺いますよ」

雷のこめかみを冷や汗が伝った。

 


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