年が変わり、雪が降りしきる本格的な寒さの底となった頃。
「これは困ったなぁ・・」
提督は手紙の束から取り上げた、中将からの手紙を読みつつ呻いた。
「どうした?」
その声に秘書艦当番だった長門が気付き、ひょいと顔を覗かせたのである。
「ほら、長門には話しただろ。うちがインチキやってるって疑われてる話」
「あぁ。あれから演習に出る場合は大本営のマニュアル通りに行動するよう指導しているぞ?」
「そうなんだけど、それでも大本営に陳情が絶えないらしい」
長門は眉をひそめた。
「勝てないからと言って大本営に言いつけてどうなるのだ?鍛える為の演習だろうに」
「どうにもならん。だが、まぁその、プライドにこだわる人間ってのもいるんだよ」
「・・まさか」
「生粋の軍人一家に生まれた俺様が事務官あがりの提督ごときに負けるなんてありえないって論理」
「・・そんな与太話を聞かねばならんのか?」
「大本営の上の方と裏で繋がってる人ともなればさ、道理を無理で捻じ曲げるんだよ」
長門は心底くだらないという顔で肩をすくめた。
「で、中将殿は何と?我々に素手で演習に来いというなら殴りあいでも構わんぞ?」
「いや。当面は他鎮守府との実地演習に参加しないでくれ、と」
「バカな!新人教育に演習は欠かせない。いきなり実戦に行けというのか!?」
「そうだね。かなり無茶な要求だ。そこまで言わないといけない位、中将が責められているのだろう」
「・・提督」
「なんだい?」
「まさかとは思うが、従うつもりじゃあるまいな?」
「言われた通りにはしておいた方が良いだろうね」
「し、しかし、鎮守府内の演習ではLV再評価にはならないであろう?」
「この指示なら、抜け道が1個だけあるんだよ」
「抜け道?」
「仮想演習だ」
「はて。耳が遠くなったかのう?」
「工廠長。そんな事仰らず」
なだめにかかる提督を飛び切りのジト目で見た工廠長はそのまま続けた。
「この敷地に仮想演習場を作れるような広いスペースがどこにあるのか聞きたいんじゃがの?」
「ありますとも」
「ほう。ぜひ聞かせてくれ」
「地下です!基礎が影響しないような大深度地下なら!」
どや顔になる提督に青筋を立てながら工廠長は怒鳴った。
「わしらは艦船の建造妖精じゃ!大深度地下の掘削技術も地下要塞の建造方法も知らんわ!」
「すぐにとは申しませんよ」
「なに?」
「ぜひ、学んで頂きたいんです」
工廠長は呆気に取られた。
建造妖精に地下建物の建設技術を学んで来いというのか?
「あのな・・幾ら妖精でも今日言われて明日プロになれる程世の中甘く無いぞい?」
「いつなら大丈夫です?」
「何故そんなに仮想演習場にこだわるんじゃ」
「実演習が禁じられたからですよ」
「なに!?なぜじゃ!?」
提督が肩をすくめると、長門が提督に並び、口を開いた。
「勝てないのは我々が強過ぎるのが悪いという輩が多くてな」
工廠長はがくんと肩を下げた。
「・・信じられない馬鹿者じゃな。海軍もそこまで落ちたか」
「知らぬ。だが今朝から禁止されたのは事実だ」
工廠長は嫌な汗をかき始めた。
「・・ということは、わしらが仮想演習場を作らないと」
「演習が一切出来ない、という事だな」
「・・艦娘達の機嫌が悪くなりそうだの」
「工廠で八つ当たりしないようにとは伝えておく」
工廠長はそんな事が通じない艦娘達を数えだした。
摩耶、天龍、球磨、多摩、叢雲・・
あぁ、両の指でも足りん。そうでない子を探す方が早いわい。
「やれやれ。馬鹿のとばっちりは勘弁してもらいたいのう」
「とばっちりは我々もなのでな」
「そりゃそうじゃな。強くなったのが悪いと言われては世も末じゃ」
「で、仮想演習場はいつ作れる?」
「待て待て長門。事情はよく解ったが、だからといって建造能力がすぐに身につく訳じゃないわい」
「ではどうする?」
工廠長は頭を抱えた。どう考えてもわしの貧乏くじじゃないか。
こんな物、とばっちり以外の何物でもない。
一人で背負わされるのは癪だ。よし。
「では無人島にこしらえよう。これなら地上建物として作れるからの」
「・・無人島?」
「そうじゃよ。どこにするかは長門、お前さん達に任せる」
ニッと笑う工廠長を見ながら長門はのけぞった。
要するに安全な土地を探して来いという事か!
提督は溜息を吐いた。残念だが工廠長にスキルが無い以上一番早く作れる妥当な提案だ。
だが、無人島の安全を確保し続けるというのは結構しんどい。
それにそんなに近海に都合の良い島など無い。
あまり遠ければ演習への行き帰りの安全が心配になる。
提督はふと気付いた。
「工廠長」
「なんじゃ」
「大深度じゃない地下なら可能なんですか?」
「微妙じゃが、防空壕レベルというか、地下2~3階くらいかの。基礎のある建物の下は無理じゃよ」
「山のトンネルはどうです?」
「岩盤や水脈等によるが、まぁ大深度地下よりは目処がつくのう」
「では、鎮守府の周囲にある山の中はどうでしょう?」
「・・なるほど。鎮守府周辺は過疎化して誰も居らんからの」
「無人島に近い状況ですし、ここからの移動も安全ですからね」
「そうじゃの。じゃが・・」
「?」
「その土地、誰の金で買うんじゃ?」
「あ」
「用地取得費用が要らんという意味で無人島と言うたんじゃが、大本営が認めてくれるのかの?」
「・・・」
そう。
鎮守府のあるこの半島でさえ過疎化しているのは、海が使えなくなった事による不便さからだ。
漁業やフェリー等で生計を立てていた人達は即座に生活に困り、その地を手放した。
そしてそういう人達をあてにしていた人達も立ち行かなくなり、次第に本土に移っていった。
半島でさえこれだから、島の暮らしはもっと早くから立ち行かなくなっていた。
ゆえに飛行場のあるような大きな島を除けば、人々は島の土地を放棄し、代わりに本土での住処を得ていた。
だから外洋に浮かぶ小さな島は全て無人島で、土地所有権を買う必要が事実上無いのである。
「さすがにこの周辺は、誰かが土地を有しているじゃろうよ」
「でしょうね・・」
「わしは近いから便利だし一向に構わんが、土地を手に入れてくれんと困る」
「そうですね」
「そこは提督に任せて良いんかの?」
「・・あまり任されても困りますが、考えてみましょう」
「その間にわしらも建設スキルを習得する専属班を作っておく。手分けしようぞ」
「解りました。それぞれでやってみますか」
「うむ」
提督と長門が議論しながら引き上げていくのを見つつ、工廠長は溜息を吐いた。
よし。さすがに1日2日では無理じゃろ。時間は稼いだ。
手隙の班は・・7班と1班か。
「1班!7班!大至急集まるんじゃ!」
工廠長は大声を張り上げた。
「お店の為にどこまで土地を買ったか、ですか?」
食堂で食事の支度を手伝っていた鳳翔は間宮に断ってから出てくると、提督の質問を問い返した。
「そうなんだよ鳳翔さん。ちょっと山の中に仮想演習場を作らないといけなくなっちゃって」
「・・軍施設を敷地外に作って良いんですか?」
「あ」
「・・一体どういう事か、事情を教えてくださいませんか?」
「なるほど」
提督の説明が終わる頃には、鳳翔はすっかりうんざりした表情になっていた。
「どの辺りが喚いてるか想像がつきますし、まぁ中将殿も苦労されてるのでしょうね」
長門が首を振った。
「独自の戦法は演習では全く使ってないし、同クラスでも互角の戦いをするように調整してるのだがな」
「・・調整?そこまでしてるの?」
「そうでないと演習がものの5分で終わってしまうのでな」
提督は目を瞑った。それじゃ瞬殺だ。対戦相手がインチキだと叫びたくなる気持ちも解るが・・
「なんでそんなに弱いんだ?」
「決まりきった行動パターンだからだ。陣形毎に2~3通りしかバリエーションがない」
「わぁお」
「だから最初の動きを見ればその後が解るし、LVが上がろうと行動がスムーズになるだけだからな」
「それでうちに強過ぎると苦情を言われてもなぁ・・なんだそりゃ」
「だから我々もなるべくクラスに合わせてぎこちなく動いたりしてるんだが」
「それで演習っていうか、こちら側に意味があるの?」
「制度上、LVを認定してもらう為には仕方ない事だと皆納得してる」
「出撃でLV上げた方が早いか?」
「我々はそれでも良いが、新入りや低LV艦娘はリミッターが強く効いてるからな」
「あー」
艤装の取り扱いレベル、通称LV。
艦娘が艤装を上手に取り扱えなければ、艤装の暴走や兵装の暴発の恐れがあるとして設けられた制度である。
LVが上げれば重いが高耐久の装甲にしたり、艦載機の搭載数や積載兵装数の上限を上げたり出来る。
要は取扱い技能に応じて、簡単に扱えるが弱い物から、扱いは難しいが強い物に徐々に換装していくのである。
低LV向けの装備や制約を総称してリミッターと艦娘達は呼んでいた。
しかし艦娘自身が熟知していようとも、それを評価してもらわなければLVとして認定されない。
その評価される機会が演習と出撃であるが、轟沈の危険性が無い演習は低LVの子にとっては重要だ。
なお、遠征でも評価されるが、こちらは評価での加点上限が低いのでLVを上げるには効率が悪いのである。