艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード49

日向がのけぞった写真。

そこには日向がメガホンを片手に、艤装を外した艦娘達を鼓舞している様子が写っている。

基礎体力訓練の1風景とも見えるが、問題はその背景、つまり場所である。

「演習林のこの辺りは鎮守府から遠く、海に近くてぬかるんでるから、基礎体力訓練には使うなと言ってあるよね」

特訓中ゆえに提督の目を避けたかったからとは絶対言えない。

だが承認された行為と異なる明らかな証拠だ。

「う、うぅ・・」

「時刻は基礎体力訓練としてこの書類に記された時間内だけど、だいぶ終盤だねぇ」

「うぅ」

「だがね・・私はどうしてもこの2枚目が気になって仕方ないんだよ・・そう。またこの紙に戻ってくるんだよ」

日向の目が泳ぎだした。

提督の言葉の迫力が尋常じゃない。

提督は次に、大本営のシールで封印され、機密と書かれた封筒をゆらゆらとかざしながら言った。

「これは大本営から取り寄せた、大本営に送った控え書類のコピー、なんだよ・・」

日向の目が見開かれた。

大本営に送った書類まではすり替えられる筈がない。

提督が封筒をぴたりと止め、日向に向けた目を一層細めた。

「なぁ、ここが最後の機会だよ日向。自ら打ち明けなければ・・私はこれを開封せざるを得ないよ?」

低く静かな提督の声。

静かだが決して心休まる類ではない声。

何より、普段とまるで違う、とてつもないプレッシャー。

執拗に証拠を集め、それらの上で確証を持って話している。

これが最後通牒なのだと日向は理解した。

提督の背後に牙をむき出しにした大蛇が見える。

少しでも言い逃れしたら最後、後は食い殺されるだけだ。

もはやこれまで。

すまん、長門、神通。せめて私が泥を被る。

日向はがくりと頭を垂れた。

「解った。正直に言う」

「聞こう」

日向はぽつぽつと話し始めた。

「最初は、その、大討伐の反省会の場だった」

「・・」

「今回の任務、全く余裕の無い過酷な出撃だったという意見が大勢だった」

「・・」

「だから皆で早くLVを上げようという事になったのだ」

「・・」

「そ、その書類は下書きが部屋に残っていたので、訓練時間を延ばす形で書き直した物と2枚目だけ入れ替えた」

「・・」

「そして最初に承認してもらった時間の前後を使って、提督に内緒で特訓をした」

「・・訓練方法は誰が考えた?」

「だ、大本営の訓練マニュアルから引用した」

提督は眉をひそめた。

「大本営の?あぁ、だからあんなメニューをしてたのか。君達のLV上げには効果ないよ?」

日向は大声をあげた。

「なっ!?なにいいっ!?」

提督は肩をすくめた。

「大本営のマニュアルは全く訓練してない民間人を水兵に育てる為のやり方だからなぁ」

「だ・・だから1km泳げとか書いてあるのか」

「オール持って船漕げとか、背筋鍛えろとか書いてあったでしょ」

「そ、そう・・だ・・」

日向はしゅーんとしてしまった。

「やってみて、LV上がった?」

「・・実はほとんど、上がってない」

「だろうね」

日向はがばりと提督に向き直った。

「ど、どうしてだ?」

「だって君達の場合のLVは、艤装取扱い技能レベルの略だからね」

「・・え?」

「艤装の扱いに慣れるほどLVが上がるんだよ。艤装外して舟漕ぐ訓練したって・・なぁ・・」

ま、まるで無駄だったというのか・・

気が遠くなっていく日向に提督は溜息を吐きながら続けた。

「確かに集中力を切らさないとか、反動を受けるバランス感覚や、操船し続ける体力をつける事は無意味とは言わないよ」

「・・」

「だけど、実体を鍛えてもその辺りしかLV向上につながるポイントは無い」

「・・」

「基礎体力訓練でバランスボールを使うメニューを入れたのはその為だしね」

「・・」

「だから更に背筋を鍛えようと1km泳ごうと舟を漕ごうと、あまり向上しないのは当然なんだよ」

「・・」

がくりと力の抜けた日向に、提督は書類に目を落としながら言った。

「あぁそうだ、日向さん」

「なん・・だ・・」

「共犯は伊勢だよね?」

「いっ、伊勢は関係ない!長門と神通・・あっ!しまっ・・」

「ふーん。そっか・・」

日向は両手で口を覆い、眉をひそめつつ目を瞑った。

絶望のどん底で呆けていたから、姉を庇うつもりでついうっかり喋ってしまった。

秘密にするつもりだったのに・・なんてことだ。

「じゃあ長門をここに呼んでくれるかな?日向は部屋に居て良いよ」

「わ・・解った・・」

居て良い、じゃなく、居ろという事だよな・・

日向は鉛のように重い体を引きずるように立ち上がった。

提督の追及がここまで恐ろしいとは思わなかった。

それに、この後どんな処罰が待っているのだろう。

 

少し後。

長門は提督から告げられた事を聞き、目を見開いた。

「んなっ!?馬鹿な!あの日向が口を割っただと!?」

「人聞きの悪い事を言うね長門。この偽造した2枚目を用意したと教えてくれたんだよ。これ、長門がすり替えたんだろ?」

ショックで動転していた長門はつい頷いてしまった。

「た、確かに私がすり替えた・・そんな・・あの日向が・・」

「だよね。ところで、日向にも言ったんだけど、その特訓だとLV上がらないよ?」

「んなにいいいぃぃっ!?」

長門は立て続けにショックを受けたせいで目を白黒させていた。

 

更に少し後。

神通はもう観念したという顔で、最初から大人しく認めた。

「あ、あの・・大変申し訳ありませんでした」

「大体事のあらましは解ってるけど、このメニューを探してきたのは神通で良いんだよね?」

「は、はい。昔乗組員さんがそれを毎日行ってらしたので、私達もと思いまして」

「うん。ただ、それ、人間には効果あるんだけど、君達のLV上げには効果無いんだよね・・」

「えっ・・」

神通はぽかんと口を開けた。

そんな・・嘘・・ですよね・・

あれが全部・・無駄・・なんて・・

どうっと血が下がった神通は、目の前の景色がモノクロに変わっていくような気がしたのである。

 

そして。

神通に日向と長門を呼ばせた提督はカーテンを開け、照明を消すと神通と静かに待っていた。

すっかりしょげ返った日向と長門が到着すると、提督はうーんと伸びをしながら言った。

「これで3人全員から話を聞いたよ。私が何の為に日々書類に目を通してると思う?」

「だ、大本営に提出して良いか確認してるのではないか?」

「んー、正確に言えば、中身が間違ってないか見てるんだよ」

「・・今回で言えば、特訓の内容という事か」

「そう。訓練時間が長過ぎないかとか、トンチンカンな事をしようとしてないかとかだね」

「うぅ」

「毎日計4時間も、それも生傷が絶えないような訓練をした挙句に無意味なら士気に影響するからね」

「・・」

「日向、すり替える前の2枚目の書類を書き起こしなさい。戻すから」

「わ、解った。その、念の為原本と揃えたいから、コピーを見せてくれないか?」

そう言って日向は手を出したが、提督は首を傾げた。

「え?コピー?これ見て何するの?」

「え?私が書いた書類の控えを大本営に送っていて、そのコピーを取り寄せたのだろう?」

「これが?」

そう言って提督が大本営のシールを剥がして開封すると

「遠征結果報告書(控)複写 送付のお知らせ」

という紙が出てきたのである。

「んなっ!?それ、全く関係ないじゃないか!」

提督は軽く肩をすくめた。

「私が関係あるなんていつ言った?それに自主トレは大本営に報告なんてしてないよ」

日向が眉をひそめた。

「えっ?」

「大本営からこの書類を取り寄せたのは確かだし、控え書類のコピーには違いないよね?」

日向はガクガクと震えだした。

「まっ、まま、まさか連番も・・」

「1枚目と3枚目に私が連番を書いたよ。日向を呼ぶ少し前だけど」

「く、癖が・・あるって」

提督は連番を消しゴムで消しながら言った。

「調査する時に仮定を記す癖があってね。まぁいつ、何の為に書いたか言わなかったのは私の落ち度だね。悪かったよ」

神通と長門はやり取りを聞いて次第にジト目になった。

完全な詐欺じゃないか。

日向は涙目で長門と神通を見た。

だが、長門はそのやり取りを反芻してハッとした。

「ひっ、日向!私がすり替えたと言ったか!?」

「い、いや。私は言って無いぞ?」

提督は書類から消しゴムかすを払いながら言った。

「日向はすり替え用の書類を書いたと言ったよ。君がすり替えたんじゃないかというのは私の仮定の確認だ」

「そんな事一言も言わなかったし、日向のすり替え書類の直後にそれを言ったじゃないか!」

「どんな順番で何を言うかは私の自由だよ」

「ぐぅ・・」

神通が恐る恐る言った。

「あの、メニューを私が見つけたというのも・・」

「もちろん私の推定だよ」

3人はがくりと頭を垂れた。

完璧に騙された。

 

 

 


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