大討伐の後始末がようやく落ち着いた頃。
「あ、いえ、遠慮させてもらうわ・・」
「そうなの~?」
叢雲は自室で力なく笑いながら、訊ねてきた龍田に手を振った。
伊19を迎えた大討伐の為の全力連続出撃は、鎮守府に大きな影響を与えた。
艦娘達の疲労や破損、資源の枯渇といった直接的な影響も勿論あった。
だがそれ以上に、艦娘達の間における鎮守府内での力関係が変わったのである。
艦娘達の上下感覚は非常に複雑である。
まずは最も長く艦娘として活動している者が最も敬意を持って接される。
例えば大本営の雷やヴェールヌイ相談役がそうである。
次いで戦いに多く参加した者や貢献した者、LVの高い者、最後に艦種である。
この中で参戦、貢献、そしてLVの3点が、この大討伐により大きく変わったのだ。
ゆえに龍田は、現在皆が思う「順位」に従い、組織の再編を行う事にしたのである。
その際班長等の役職も入れ替えており、今日は秘書艦の再編について艦娘達の間を回っていた。
叢雲は、長門着任時に自らの希望で秘書艦を降りた。
ただ、今回の大討伐では出撃すれば潜水艦を薙ぎ払い、遠征にも何度も赴き、成功させて帰ってきた。
圧倒的な成功率は神業的な戦略で最後まで轟沈者を出さなかった文月と並び、賞賛を集めていた。
ゆえに龍田はこのタイミングで秘書艦にカムバックしないかと叢雲に訊ねたという次第であった。
もっとも、その文月は
「今もお父さんと仕事出来て楽しいですし、艦の性能的にも現状通りで良いと思うのです~」
といって、龍田&提督の補佐役を続けると表明していたのだが。
叢雲はちらりと龍田を見て嫌そうに目を瞑った。
にこにこ笑いつつも理由を聞かねば引かないという雰囲気を察したからである。
龍田は言外の意思が本当に良く解るわ・・主に圧力方向だけど。
叢雲はしばらくして、溜息を吐きつつ話し始めた。
「討伐の前は、色々な子達と遠征メインで、たまに潜水艦対策で出撃していたんだけど」
「そうね」
「・・とても楽なのよ」
「そう?結構出航回数も多いんじゃないかなぁ?」
「あぁ、違うわ。体力的な話じゃなくて、精神的な話」
「提督がもうフナムシ並みに嫌いとか~?」
叢雲が俯いたので、龍田は言葉を切った。
少し間を開けた後、叢雲は呟くように言った。
「て、提督の事は、今でも好きよ・・嘘じゃないわ」
「・・」
「でも提督の傍に居ると、他の子が提督にアタックする光景を頻繁に見る事になるわ」
「・・そうね~」
「提督が皆に好かれてるのは解るし、それは良い事だし、皆が集まってくるのも解る」
「ええ」
「でもね、毎日それだと、もっと私を見てよって提督に怒鳴りたくなって、いつもイライラしてた」
「・・」
「それが提督と離れたら、提督と仲良くした、とても良い思い出の記憶に浸ってられるのよ」
「・・」
「確かに提督の印象からは薄くなっていくでしょうし、負け犬の遠吠えかもしれない」
「・・」
「でも今、私は結構幸せで、他の子が提督とご飯食べてきたとか言っても笑っていられるわ」
「・・」
「だから、提督の秘書艦は遠慮するわ。提督と不仲になりたくないしね」
「・・」
叢雲は龍田を見て苦笑した。
「笑っちゃうでしょ?」
龍田はそっと、叢雲を抱きしめた。
「・・なんなら提督に拳の2つ3つ入れてきましょうか~?」
「止めて。提督が私だけを見てくれず、私の理想像と違うから腹が立ちますなんて理由にもならないわ」
「でも、恋する女の子としては普通だよ~」
「・・そうよね。でも」
「「あのニブチン提督が気付く筈が無いのよね」」
二人はハモったあと、プッと吹き出した。
「本当に犯罪級の鈍感よね~」
「でも、もし相手のそういう気持ちを繊細に理解出来る人なら、ストレスで壊れちゃうでしょうね」
「ほぼ全員が真っ直ぐに提督ラブだもんね~」
叢雲はニヤリと笑った。
「龍田は捻くれラブ勢よね」
「えー、そうかなぁ?私は別に普通だよ~」
叢雲はつんつんと龍田の太ももをつついた。
「アンタがここに隠し持ってる銃、提督とお揃いよね?」
龍田が無言で肩をすくめたので、叢雲がジト目になった。
「でしょ?」
「・・」
「・・認めなさいよ」
「・・たっ、たまたまよ、たまたまー」
「カスタムパーツまで全く同じガンスミスに頼んでるのに?」
「・・」
「真夜中の射撃場で提督と同じ場所に立って射撃訓練しているのに?」
「何の事かさっぱり解らないわね~」
「あらそ。じゃ、これを見て思い出しなさい」
叢雲はそう言って、取り出したスマホで1枚の写真を龍田が見た途端。
「きゃぁああぁあああ!いつの間に撮ったのよ~!」
「真夜中に遠征から戻った時よ。午前2時位だったかしら」
「・・・」
真っ赤になって押し黙る龍田を見て、叢雲はにふんと笑うとスマホを仕舞った。
「認めなさいよ。楽になるわよ」
「・・うー」
「・・ほら」
「わ、解ったわ、よ・・認めるわよ。もー」
叢雲は肩をすくめた。
「そこが解るんだったら、私の言った事、解るでしょ?」
「んー、私なら隙をついて強奪するけどなぁ」
「物理的にはそれが出来ても提督の心まで変えられる?私には無理よ」
「諦めたら試合終了だと思うんだけどなぁ」
「って事は、龍田は長門から強奪しようと虎視眈々と狙ってるわけ?」
「んー・・」
龍田は腕を組んだ。
今まで自分の気持ちすら認める事すらしてこなかったので、その先まで考えていなかった。
いや、考えないようにしていたのだ。
考え出したらきっと・・
「ごめん。叢雲ちゃんの事言えないわぁ」
「でしょ。好きな人が自分以外を好きな様子を間近で見るって、ダメージ大きいのよ」
「ダメージが大きいっていうか、私なら殺意が湧くかなぁ」
「でも提督がもし自分を好きだったら回りなんて気にしないでしょ」
「当たり前じゃな~い」
「そういう意味では、長門は尊敬に値するわ。幾ら貴方に言われたからと言ってもね」
「そうね~」
龍田は頷いた。
長門も提督も、龍田の言った「イチャコラ禁止令」を今も忠実に守っている。
鎮守府内で長門は、大討伐でも最前線に立ち続けた事もあり、今や誰もがNO1と認めている。
だから龍田のシナリオはとうに終わっており、堂々とイチャついても良い頃合いだった。
しかし長門も提督も、そういったそぶりを見せない。
明らかに親しい関係だと誰もが解るが、イチャつかない。
それは艦娘達にとっても「あの二人があぁなんだから自制しないとね」という役割も果たしていた。
「そうねぇ。だからこそアプローチしにくいんだけど」
叢雲は溜息を吐いた。
「それでも試食だ相談だお土産だ報告だおやつだって来てるんでしょ?」
「前よりは秩序が出来たわよ?」
「ルール作ったから、ね」
鎮守府就業規則第22条
1)提督の執務中に報告や相談を行う場合、以下の内容を順守する事。
ア)出撃・遠征・演習・建造・開発・特命案件・戦略関連
→時間制約なし。ただし提督就寝中は緊急に限る事。
イ)ア項以外の場合
→1500時から1730時まで(ア項や先客を阻害しない事)
2)1項に違反した場合、1ヶ月の間、提督室入室を禁ず。
「ルール作る時は揉めに揉めたけどね~」
「神通が「それじゃ試食を頼めない、私ばかり狙うなんて酷いです」ってさめざめ泣いたのが一番困ったわね」
「提督がその話を聞いて「別にいつでも試食OKだよ?」って言ったからあっさり解決したけどね~」
「提督の食い意地が張ってて良かったわ」
「お腹周りは着々と増えてるけどね~」
「あれは中年太りでしょ。運動しないからよ」
「日向ちゃんの基礎体力訓練に参加させたら1時間で倒れちゃったし~」
「初日から演習林踏破15kmマラソンなんてやらせたからでしょ」
「翌朝迎えに行ったらもう2度としないって泣いたらしいわよ~」
「相変わらず鎮守府の長としての自覚が足りないわよね」
「しょうがない人よね~」
龍田と叢雲はふふっと笑いあうと
「とりあえず、叢雲ちゃんが秘書艦をしたくないってのは解ったわ。無理にとは言わない」
「そうして欲しいわね」
「ただ、提督は相変わらずへっぽこだから、要所要所では助けてあげてね~」
「任せなさい。駆逐艦の新入生教育はしっかりやってるし」
「あー、だから駆逐艦の新入生の子達は礼儀正しいのね。でも、お手柔らかにね~」
「はん。後輩のだらしなさは先輩の恥よ」
「んー、じゃあ私は他にも相談あるからそろそろ行くね~」
そう言って立ち上がった龍田を叢雲は目で追うと、
「断ってごめんなさい。あと、話を聞いてくれてありがと。気持ちが整理出来たわ」
と、ぽつりといった。
「そのうち間宮さんのケーキでも奢ってね~」
龍田は手をひらひらさせながら部屋を出て行った。
E1から迷わず「丙」ボタンを押したLV97司令は私です。
え?五十鈴改2艦隊と3式ガン積みの由良艦隊の2艦隊体制だろって?
だから何だと言うんですか。
それぞれのしんがりは睦月と如月なんですよ?
怪我でもしたらどうするんですか(真顔)
時津風さん来ないかなぁ・・
明石さんでも良いです・・
※規則名に「ソロル」と入っていたのですが、紛らわしいので消しました。ご指摘感謝。