艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード43

そして。

最後の一皿となったケーキを順調に食しながら、大和はその異常な戦いの核心に触れた。

「周囲全て・・そうね、大体10隻くらいの戦艦に囲まれたわ」

「それでよく生きて帰ってこられたな」

「武蔵と一緒に連続砲撃してたわ。もうごり押しも良いところ」

「さすがは大和型戦艦だな」

「でも艦橋にバシバシ当てられた時はもうダメかと思ったわ・・」

「しかし、なぜ大和1人が大破したのだ?」

大和は最後の一口を口に運ぶと、フォークをそっと皿に戻し、

「本当はね、轟沈が1隻居るの。その子を守ってあげたかったんだけど、守りきれなかったの」

そして俯くと、

「正確には、守ろうとしたんだけど、その子が自ら敵の前に飛び出したの」

大和はぽろぽろと涙をこぼした。

「戦艦がうじゃうじゃ居る中、幾ら潜水艦をどうにかしようったって軽巡が前に出れば蜂の巣よ」

長門は黙って聞いていた。

「16インチ弾の直撃で大破したその子は、足手まといになるから捨てていけって叫んだの」

「誰も見殺しにするつもりなんて無くて、だから一番近かった私が庇おうとしたの」

「でもそれで私の回避行動が鈍くなった事に敵はすぐ気付いて、攻撃が私に集まりだした」

「私が大破レベルの破損状態になった直後、あの子はさようならといって私の陰から飛び出した」

「敵艦隊は見逃すはずも無く、その子は私の目の前で沈められてしまった」

大和はそっと、ミルクティーを口に運んだ。良い香りが心に染みた。

「私、実はその後の事が少しだけ記憶に無いの」

「様子を見ていた五十鈴によれば、鬼のような形相で叫びながら撃ちまくってたらしいんだけどね」

「本当に、記憶に無いの。そして敵主力艦隊を数分で撃滅させたらしい」

「そんな事を私がしたのなら、もっと早くしてあげたら、あの子は沈まずに済んだ」

「ほんと、私って、ろくでなしだよね・・じっ、自分で・・自分が許せない」

「こんなところで、こんな良い思いをする資格なんて・・無いよね」

そういうと大和は、机に伏して泣き出した。

長門は頷きながら思った。提督の読みは見事なまでに当たっていた。

当たっていたが・・本当に聞くだけで解決するのか?

自害とか嫌な方向に行きはしないだろうか?

「大和さん」

大和がゆっくりと顔を上げると、いつのまにか真正面に間宮が立っていた。

「はい・・」

だが、その後の間宮は、長門の予想を完璧に裏切る事になる。

「甘えてんじゃないですよ~?」

ぽかんとする大和。何を言ってるんだとぎょっとする長門。

だが間宮は眉一つ動かさずに続けた。

「そういう事を言うなら甘味を絶って仰いなさい。食べてから言うのは甘えです」

「・・はぅぅ・・」

「記憶が無い?だからどうしたって言うんです。撃滅させたのは貴方なんでしょう?」

「そ、そうです・・」

「轟沈させる前にやれば良かった?その時やる方法を知ってたんですか?」

「い、いえ、今も解りません・・」

間宮は眉をひそめ、フンと鼻を鳴らした。

「知らないものをどうやって出来るんです?」

「・・・」

「そんな事は無いと慰められながら、方法も知ろうとせずダラダラ生きていくんですか?」

「う、うぅ・・」

「それこそその方に失礼です。その方は命を賭けて貴方を守ったのではありませんか」

「そ、その通り、です」

「貴方は生き残った。そんな過酷な事態を打破する力がある事をその方に教えられた」

「は、はい」

「ならばいつでもその力を放てるよう、方法を見つけ、鍛えるべきでしょう!」

「ひいっ!」

長門は青い顔をしながらも、間宮の言う事ももっともだと思った。

大和が背負うのは大本営であり、それはすなわち日本、いや、人類の最後の砦を意味する。

大本営が陥落するほどの事態になれば、恐らくはどの国も太刀打ち出来ない。

ならば1%の可能性でもあるのなら、更なる高みを目指しておくのは理に適う。

だが今、大和は悲しみのどん底だ。何もそんな時に言わなくても・・

「良いですか大和さん!」

「はいっ!」

「・・あなたのその力は、五十鈴さんを始めとして、沢山の方々を現に守ったのですよ」

「・・・」

「確かに仲間を1人失う事は辛い事。だけど沢山の人達を救った」

「・・・」

「今日のケーキは私からのプレゼントです。御代は要りません。お財布は返します」

「え・・」

「ですから大和さんは、その力を身につけて、ちゃんと使いこなしてくださいね」

「・・出来る、かな?」

ダン!

間宮が拳をテーブルに叩きつけたので、長門も大和も椅子から2cmは飛び上がった。

「ひぃっ!?」

「今吐いた寝言は聞かなかった事にしてあげます」

間宮の殺気漂う微笑みの前に、大和は蒼白になりながら震えた。

「あ、あわわわわわ」

間宮はぐいっと大和に顔を近づけた。

次は無い。

大和は間宮の笑顔の底にある凄まじい殺気を感じた。

鬼姫より怖い人がここに居たよ!

「貴方の力、ちゃんと、使いこなして、ください、ね?」

「はい!必ず使いこなせるよう精進させていただきますぅ!」

「よろしい」

間宮はそういうと大きく頷き、悠然と厨房に戻っていったのである。

一部始終を見ていた艦娘達は、一様に間宮の迫力に腰が抜けてしまった。

それは実は、大和も、そして長門もそうだったのである。

食堂の中を放心状態の空気が占めていった。

この鎮守府には一体どれだけ実は怖いという人がいるんだろう。

艦娘達はもやもやと、その候補になる対象を思い描いていた。

 

「はー、それは予想外だったなぁ」

提督は長門から一部始終を聞くと腕を組んだ。

「勿論私は、甘い物でも食べて休息を取れば良いという意味で言ったんだけどね」

「だろうな。あの展開まで読んで指示したのなら提督は神か物の怪だ」

「なんか龍田にも物の怪扱いされたなぁ・・まぁともかく、引き続き大和の面倒を見てやってくれ」

「うむ、解った。だが大和はあれ以来、なんとなく吹っ切れた目をしている」

「・・そうか。艤装も、心も、ちゃんと治ると良いな。任せたよ、長門」

「あぁ」

 

パタン。

 

長門が出て行った後、提督は傍らに控える加賀に言った。

「・・間宮さんがそんなに怖いって知ってた?」

「全く存じませんでした。以後留意します」

「だよね」

「ところで提督」

「うん?」

「あ、あの、今は臨時で秘書艦をさせて頂いてますが・・」

「長門に大和の付き添いを頼んでしまったからね」

「そ、その、今度から持ち回りで秘書艦をさせて頂けないでしょうか?」

「んー、そろそろ良いのかなあ。えっと、具体的なことは龍田に聞いてくれるかな?」

「へっ?」

「え?何?」

「ひ、秘書艦は、その、提督の選任では?」

「いや。今までは叢雲さんが自主的にやってくれたり、皆で決めてるみたいだよ?」

「ご、ご存じないんですか?」

「今まで1回も誰を秘書艦とするよ、なんて言った事ないからね」

「・・言われたいですね」

「え?何か言った?」

「何でもありません。次の書類にサインを」

「容赦ないね」

「サインを!」

「はい!」

 


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