物も言わず、次から次へと大和はケーキを平らげていく。
間宮が苦笑しながら使用済の皿を引き取っていった。
大和さんが甘味女王だというのは存じてましたが、こんなに召し上がるとは・・・
少し前。
長門はドックの傍でぽつんと座り、ぼうっと海原を眺めている大和に声をかけた。
「隣に座っても良いか?」
「へ・・あ、あぁ。えっと、貴方が秘書艦さん?」
「うむ。ここの秘書艦を拝命している長門だ。よろしく頼む」
「大和です。この度は大規模な修理を引き受けて頂き、ありがとうございました」
長門は微笑んだ。こういう礼儀正しい相手は話していて気持ちが良い。
「礼なら手を上げた龍田に言ってやって欲しい。ところで、ここは冷えないか?」
「ううん・・じゃない、えっと、あの、大丈夫です」
長門は悪戯っ子のような目で大和の目を覗き込んだ。
「構わぬぞ。別に敬語で話す必要も無いではないか」
「う・・でも・・」
「修理完了までは長い時間を要するだろう。肩肘張っていては疲れてしまうぞ?」
「し、司令官さんはそういうの厳しくは無いの?」
「提督は箸の上げ下げまでガタガタ言うようなお方ではない。案ずるな」
大和はきょろきょろと見回した後、
「・・大本営の関係者は居ないわよね?」
「あぁ。ここには大和だけだ」
「じゃぁ・・よ、よろしくね、長門」
といって、にこりと笑ったのである。
「うむ。ところで、先程も聞いたが、温かい所に場所を移さないか?」
「んー、それなら食堂でお茶でも貰おうかしら・・」
「うちには菓子作りの上手い間宮がいる。なんなら甘味もどうだ?提督が・・おうっ!?」
長門は言いながら大和を見てびくっとなった。
両目がらんらんと輝いている。
「和菓子?洋菓子?ねぇねぇ、何個まで頼んで良いの?」
「あ、え、ええと、と、特に提督からは何も言われてないが・・」
「あーでも、そうよね。自制しないと申し訳ないし・・それはとにかく早く行きましょ!」
大和に背を押され、長門は苦笑しながら食堂へと案内したのである。
「うわぁぁあああ・・素敵・・まるで洋菓子屋さんみたい・・」
「いらっしゃいませ。ええと、もしかして、大本営の大和様ですか?」
「あ、はい。あ、しまった。ええと、言って良いんだよね、長門?」
「大丈夫だ。間宮は我が鎮守府専属だ」
「よ、良かった・・」
「色々大変なようですね。お飲み物は紅茶でよろしいですか?」
「はい!ロイヤルミルクティーで!」
「解りました。ではどのケーキがよろしいか、お選びくださいね」
間宮はそう言って厨房へと消えた。
大和はショーケースのガラスに顔をくっつけんばかりにして近づいた。
「こんな・・こんなレベルの高い間宮さんは滅多に居ないわよ。凄いわねぇ」
長門はポリポリと頬を掻いた。それは提督達が徹底的に鍛えたからだと思う・・
「え、えと、皆さんそんな物を召し上がってるんですか?」
「以前提督がくださったので、メモを取って通販でオーダーしてるんですよ」
間宮はごくりと唾を飲んだ。
正式に雇われて以来、間宮は不得手だった洋菓子作りに力を入れた。
ただ、一定のレベルは持っていたので、ある時クッキーの試食を頼んだのである。
内心では賞賛されると信じて疑わなかったのだが、艦娘達の反応が芳しくない。
「うん。ええと、素朴な味わいだよね」
「シンプルだし、こういう味も良いんじゃないかな」
褒め言葉とも取れるが、一方でもう少し何とかしろと言われている。
そこで間宮は、普段どんなお菓子を食べていたかと訊ねた。
すると艦娘達からは、ホテル専属パティシエや有名菓子処の名前がポンポン出てくる。
有名な品から知る人ぞ知る甘味まで、一体どうやって知ったと言うくらいだったのである。
間宮はヒアリングを終えた後、正直頭を抱えた。
ここでは甘味という言葉に対する要求レベルがトコトン高い。
この前、大人気ないかなと思いつつも叢雲の対抗策として供した上生菓子で普通だったのだ。
あまりにも、あまりにもこの鎮守府を甘く見過ぎていた。
間宮はそっと、ピカピカの冷蔵ケースや改装された部分を見た。
自分の為に、いや、自分の技術に期待して、龍田達は先行投資してくれている。
世界最高峰のパティシエ達に追いつく位の気概で挑まなければ、投資に見合うリターンにならない。
その日から間宮は、プライドをかなぐり捨てて一心不乱に自己研鑽を重ねた。
中途半端なものは出せないと、間宮は過酷なまでの修行を自らに課した。
定番商品であるアイスこそ初日から出したものの、他はしばらく出せなかった。
ようやく焼き菓子を皮切りにケーキを少しずつ出せるようになった。
勿論出す前には真っ先に提督の所へ行き、
「すみません。味見をお願い出来ますか?」
と言って披露した。最初、提督は何でも褒めてくれたが、
「お願いします。率直に、率直に教えてください!期待に応えたいんです!」
と、間宮は懇願した。それでも提督はオブラートに包みながら答えたが、
「なるほど・・確かに混ぜすぎで不味くなってますね。もっとシンプルにやってみます!」
などと、自らキツイ言葉に置き換えていった。
こうして、間宮は本来休暇中にやるはずだった甘味修行を鎮守府に居ながらやったのである。
昼夜問わず悩みぬいて研鑽に明け暮れたので、3ヶ月を数える頃には成果が出始めた。
今では
「通販するよりまずは間宮さんにリクエストしてみましょ」
というほどに信頼されているのである。
とはいえ、
「間宮さんのも美味しいのですが、やはりチーズケーキはあの店に限ります」
と言い切る加賀のようなケースもあり、100%賄えては居ない。
もっとも、提督は
「間宮さんが楽しんで作れる範囲で、作りたい物を作ってください。私は楽しみにしてますよ」
というので、加賀のようなケースも仕方ないと受け入れている。
以前の自分なら、
「私が作った甘味を差し置いてお取り寄せするのですか!?」
と、食って掛かったかもしれない。
それをしないのは、好きにやらせてくれる提督と、実力を認めてくれる艦娘達が居るからである。
そんな毎日を過ごした結果が、今の間宮なのである。
「・・はわわー」
大和は取り分けられたケーキを見つめて目を輝かせた。
「これはもう、芸術品レベルですね~」
間宮はにこりと笑った。
「お口に合うかどうか解りませんが・・」
「いいえ!これは美味しい!そういう雰囲気を感じます。ではっ!頂きますっ!」
大和は豪快に一口切り分けて口に運ぶと、途端に目じりを下げた。
「・・んふー♪」
もう1口。もう1口。
パクパクパクと3口でケーキを食べきった大和は深く息を吸い込むと、
「間宮さん!」
「はっ、はい?」
「今から、全部、2個ずつ、頂きます」
「・・へ?」
「ショーケースに並ぶ全ての甘味、全部2つずつ頂きます!はい財布!」
大和から札入れを受け取った間宮は、戸惑いつつ長門を見た。
長門は微笑んで頷きながら、
「すまぬが、可能なら言った通りにしてやってくれないか?」
と応じたのである。