艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード40

提督と長門を前に、龍田は説明を続けた。

「長門さんは尊敬出来る格好いい存在。だから提督が惚れても仕方ないっていう流れよ~」

「なるほどな・・だが私は着任したてでLVも1だ。そんなに都合良く行くだろうか?」

「うん。普通の方法だと無理だと思うの。だから、並の子達より厳しい道を行くしかないと思う」

龍田はそっと溜息を吐いた。

事ここに至り、自分が提督を好きだという気持ちがうっとうしい位解る。

どうして自分が他人の恋路の戦略を考えなきゃならんのだと、さっきから内なる自分が叫んでいるからだ。

しょうがないじゃない。と、龍田は内なる自分に言った。

だって、好きな人が好きになった人は自分じゃなかったんだから。

あ、自分で言って傷ついた。きついわね~

「具体的にはどうすれば良いのだ?自主トレとかか?」

「そうね。訓練メニューは天龍ちゃんがまとめてるから相談して欲しいけど」

「うむ、解った。他には?」

「さっき叢雲ちゃんと相談したんだけど、今から秘書艦をやってくれないかな~」

「な、なに!?今から秘書艦!?」

提督が眉をひそめた。

「ちょ、た、龍田、いくらなんでもそれはスパルタすぎないか?」

龍田は肩をすくめた。

「もちろん私が、最初の内、解らない事はサポートするわよ。表向きって事」

「それじゃ龍田が辛いだろう?」

龍田はポーカーフェイスが維持されてると良いなと思いつつ提督を見た。

その言葉に労働量をいたわる以上の気持ちがあったらどれだけ救われるかしらね。

「・・だからそんなに長くはフォロー出来ないわ。頑張ってもらうしかないわね」

長門は数秒、目を瞑って考えていたが、やがて龍田に向き直ると、

「そこまで手を回してくれるとは・・龍田殿、すまない。迷惑をかけるが、よろしく頼む」

と、頭を下げたのである。

龍田は思った。提督よりは鈍感じゃないかもしれない。そして礼儀正しい。

「・・で、提督」

「はい?」

「そういう訳だから、叢雲ちゃんの講座は今朝で終了。後は本番だからね~」

「・・えっ?・・あっ」

「長門さんは右も左も解らないんだから、ちゃんと提督が教えてあげるのよ~」

「あ・・そう・・だね・・」

事の重大さにようやく気が付いた提督が青ざめていくのを見て、龍田は思った。

・・意外と提督を苛めるのもスッキリして良いかもしれない。

嫉妬の二文字がうっとうしいけど。

「間違っても皆の支持を得るまではイチャコラ禁止よ。今言った計画が全部水の泡になるからね~」

だが、龍田にとって不幸な事に、この二人はその方面にトコトン無学だった。

「イチャコラって・・・なんだ?」

「会話禁止とか言われると仕事出来ないし・・具体的にどんなのがダメなんだい?」

真剣な眼差しで二人からこう言われた龍田は、がくりと頭を垂れた。

 

それくらい考えろと突き放す事も出来る。

だが、この二人で相談してもトンデモな結論になる事は明らかだ。

え・・

でも・・

なんで私がそんな事まで説明しないといけないのよぅ・・

これは一体どういう罰なのよ、教えてよ天龍ちゃん・・

 

この間、5秒。

龍田は覚悟を決める、鉛のように重い溜息を吐いた。

半分死人のような顔をしつつ、よろよろと龍田は二人の方に顔を上げた。

龍田は思った。

こんな事を乗り越えたら、きっとLVが5くらい上がるわね(※本人の希望です)

 

「あんまり何回も言いたくないから・・1回しか言わないわね・・」

 

こうして、龍田は、何がイチャコラか(龍田的見解)という事を二人に晒す事になった。

勿論二人は大真面目な顔をして聞いていたし、メモも取ろうとしたが、

「メッ!メモは!メモだけは勘弁してぇ!」

と、龍田が真っ赤になって首を振って阻止した。

青葉は長門から後日この話を聞いた時、

「どうして私はその時着任してなかったんでしょう!信じられない程の致命的な後れを取りました!」

と、地団駄を踏んで大層悔しがったそうである。

 

龍田が恥ずかしさのあまり、赤面しながら提督室を飛び出していった後。

 

長門は提督に言った。

「その、我々は・・もしかしたら龍田に何か大変な事を頼んでしまったのでは・・ないだろうか?」

「い、いや、だって何がイチャコラか解らないのは本当の話だし、それが禁止と言われた以上はなぁ・・」

「だが・・そうは言いつつも・・」

「聞いてみれば、こういう事を公の場でしたいとは、思わない事ばかりだったよね・・」

「う、うむ。それこそ私の未来の旦那様にも、あ、あんなハレンチな事は・・させぬ」

「ま、まぁせいぜい、旅先の宿の部屋の中とか、かなあ?」

「ふーふー、あーんをか!?」

「え?あ、そっち!?それ位なら良いかと思ったけど・・ダメですか長門さん?」

「い、いいいいや、き、嫌いでは、無い・・って何を言わせる!」

「ふげふっ!」

こうして、長門は着任初日から右ストレートを提督に御見舞いしたのである。

 

さて。

真面目を絵にかいたような長門は、その直後から「しきたり」に順応すべく提督と動き出した。

まずは全員がやっている通過儀礼、つまりバンジーの洗礼である。

「そう・・ロープをカラビナに通したら、きちんとナットを締めて固定するんだよ」

「こうだな」

「うん。それで、飛び込む時の姿勢はこう。真似して。まずは手を後頭部に当てる」

「こう・・だな」

提督に教わりながら二人でバンジーの準備を進める姿を幾つもの目が見ていた。

壁の陰から、廊下の窓から、草むらから、食堂の奥から。

その目の色は一様に複雑なものであり、ここにもその1人が居た。

 

「そんなに気になるのなら教えて差し上げれば良いじゃないですか・・」

間宮は肩をすくめながら、チラチラと二人を見てはアイスを食べる龍田を見て言った。

「せめて今日だけは顔を合わせたくないの~、思い出すから~」

「思い出す?」

「なっ、何でもないわよ~」

龍田はアイスを口に運び、アイスコーヒーのグラスを握った。

アイスでも食べてないと顔から火が出そうだ。

どうして自分が仮想の旦那様としたいと思っていた事を暴露しなきゃいけなかったのか。

勿論そうと解らないように説明したが、羞恥プレイにだって限度という物がある。

再び窓の外を見た時、そこに長門の姿は無かった。

提督の顔の先を見上げると、20mの飛び込み台の袂に長門が立っていたのである。

 

すうっ。

 

宙に突き出た飛び込み台に乗る前、長門は下を見て目を瞑った。

遠い遠い昔、進水式を間近に控えたドックで下を見下ろした時くらいの高さか。

あの時は飛び込む必要は無かったが、今度は飛び込まねばならない。

そうでなければ、自分はこの鎮守府に受け入れてもらえないのだから。

正直、怖い。

だが、提督は大和型まで耐えられると言い切った。己が上官を信じずに何とするか。

・・よし。行くぞ!

長門は目を開くと、カツカツと歩き出した。

手は後頭部、躊躇わず、ジャンプせず、ただ落ちるに任せる!

 

「!」

 

提督が、龍田が、実はほとんどの艦娘が。

長門のバンジーを見た。

それは微塵も歩みを止めず、カツカツと歩き、そのまま綺麗に落ちる姿だった。

落下中は口を開けない。舌を噛んでしまうかもしれないと提督が再三注意したからだ。

長門は提督に言われた通り、口を真一文字に結んだまま耐えた。

叫ぶ代わりに奥歯をぎゅううっと噛みしめていたが、それはギャラリーには解る筈もなく。

グイーン・・グイーン・・グーン・・・

4回目のバウンドで速度を殺したと判断した装置は、エアクッションの上に長門を下ろした。

「長門!長門っ!」

長門は駆け寄る提督に手を差し出しながら、

「確かに・・怖いものだな。あんな高波が起きている時には出たくないな」

と、今しがた居た飛び込み台を真っ直ぐ見上げたのである。

 

長門、一切躊躇わずに綺麗に飛び込む。

 

この話で艦娘達は持ちきりになったし、たまたま遠征中だった多摩達は帰るなり教えられた。

「も、ものすごい、クマ」

「さすがビッグセブンにゃ・・」

そう。

この1件で、長門はすでに勇者として見られていたのである。

それは龍田が描いた戦略であり、描いた以上の効果があったのだが、

「今だから言えるけど、あの時はすっごく複雑な気持ちだったわ~」

と、指輪を貰った後に龍田は苦笑しながら打ち明けたのであるが、それはずっと後の話。

 

長門が秘書艦を始めて3ヶ月が過ぎた。

最初はもやもやした気持ちを押し殺して対応していた龍田だったが、やがてその人柄を認め始めた。

それと同時に、なんでこんな良い人が提督に一目惚れしたんだろうと疑問を持ったが、

「恋は病気とは、良く言った物よね・・」

この結論で納得するしかないと肩をすくめたのである。

とにもかくにも、長門は真面目だった。

朝と日没後の2回、演習林を含めた鎮守府全体の見回りを行う。

トレーニングにも参加し、率先して動き、解らない事は素直に教えを乞い、きちんと礼を言う。

義理人情に厚く、優秀な相手を素直に認める。そして、

「秘書艦自らが手本を見せねばならぬ」

といい、第1艦隊になった班を率いて演習や出撃をこなしていった。

しかし、ある時期から少々無理をしているなと判断した提督は

「第1艦隊として演習で実力を蓄えつつ、鎮守府の奥の手として控えていてくれないか?」

と言って、それとなく出撃回数を減らさせた。

それは艦娘達もそう思っていたので異存は無かったのだが、

「もうすっかり、長門と提督はおしどり夫婦よね・・早すぎるわよ・・まったく・・」

と、叢雲が溜息を吐く程に相手の考えを理解する関係へと進んでいったのである。

 

 


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