艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード38

「そう、ドロップに遭遇したのね」

「なるほど。ドロップとは言いえて妙ですね」

提督は今回の件の報告と確認を取る為、大本営に通信を入れていた。

応答した五十鈴は驚いた風も無く答え、話を続けた。

「私達もなぜそれが起きるのかは解明出来てないんだけど・・発生する条件は解ってるわ」

「条件?」

「ええ。ドロップが起きやすい海域があって、そこで深海棲艦達を全滅か、それに近い大打撃を与えた後に起こるの」

「起きやすい海域で、大打撃・・確かに今回はこちらは無傷で全滅させましたね」

「海域はまとめてあるから後で送ってあげるわ」

「解りました。で、最上の処遇なのですが・・」

「提督の鎮守府で建造出来た場合と同じ扱いで良いわよ」

「うちに着任という事ですね。解りました」

「大本営への報告方法も海域資料と一緒に送ってあげる。敵の船魂を送る時に添付して頂戴」

「解りました。この場合、余力があれば進撃しても良いのでしょうか?」

「構わないわよ。僚艦が傷ついた時と同じ方法で保護すれば良いわ」

「なるほど。皆に伝えます。お忙しい所ありがとうございました」

五十鈴は一息置いた後、

「ところで、そっちは順調そうね。あの子達と仲良くやれてるのかしら?」

「日々教わりながら何とかやってますよ」

「そう・・良かった。本当に良かったわ。提督、あの子達をよろしくお願いします」

五十鈴の声が揺れる理由を噛みしめながら、提督は頷いた。

「ええ。勿論です」

 

通信棟から戻った提督は、待っていた摩耶達に説明した。

「へぇー、じゃあ今後もありうることなんだな」

「らしいよ。大本営もなんでそうなるのかは解らないみたいだけど」

その時。

「あら、天龍ちゃん達も新入生の様子を見に来たの~?」

入口から顔を覗かせたのは龍田であった。

 

「まぁ今も日常的に建造で艦娘は増えてるし、班は日常的に変わるのが当たり前になりそうね~」

「そうだね。まぁ班編成は皆に任せてあるから適当に仕切って良いよ」

「そう言うと思ったけど、もう少し手軽にしたいわね。どうしたものかしら~」

「班をわざと3隻とか4隻とかで作って、着任した子を既存の班に組み入れたらどうだい?」

龍田はハトが豆鉄砲を食らったような顔で提督を見た。

「・・・提督」

「ん?何?龍田さん」

「提督が使える案を出すなんて・・明日は雪が降るのかしら~」

提督は肩をすくめた。

「酷いなぁ龍田さん。私だってたまにはまともな事を言うよ?」

龍田はジト目になった。

「・・自覚あるから余計タチ悪いわね・・首を120度くらい後ろに捻ればまともになるかしら~」

「止めてください死んでしまいます」

「提督なら大丈夫なんじゃないかしら~?物の怪の類でしょ~?」

「物の怪なの私!?」

「冗談はさておき、じゃあ最上ちゃ~ん?」

電達と雑談していた最上は龍田の方に向き直った。

「ん?ごめん。なにか用?」

「この鎮守府では、最初にするのはバンジーって決まってるのよ~?」

「・・・へ?」

聞き違えたかと怪訝な顔をする最上、俯き加減にぶるっと震える摩耶。

「工廠長、最上ちゃんの点検は済んだのかしら~?」

「無論済ませとるよ」

「さすがね。じゃ最上ちゃん、早速始めましょうか~?」

「えっ!?」

うんうんと頷く面々に、

「ちょっ!着任と同時にバンジーなんて知らないよ僕!えっ!?旅行じゃないの!?嘘!誰か嘘だと言っ・・」

動揺しながら龍田に手を引かれ、工廠を後にする最上。

そんな二人を提督と艦娘達は力なく手を振りながら見送った。

 

20分後。

「・・・・」

「はぁい、お疲れ様~」

ぽへっとした顔で放心している最上からロープを外しつつ、龍田は思った。

提督はここまで想定した訳じゃないだろうが、バンジーは実に有用な効果がある。

加賀と赤城も、着任早々バンジーの洗礼を受けた。

まだ救いだったのは二人とも正規空母で、ともに20mから降りる事になったからである。

それでもぺたんと座り込んだ二人を前に、龍田は淡々とパッケージを渡しつつ、この鎮守府の方針等を説明した。

「はぁ・・そうですか」

「随分違うんですね・・」

二人も全く反論しなかったし、今、目の前に居る最上に至っては

「・・へぇ・・」

と、説明する龍田が心配になる程の無反応ぶりである。

そう。

不知火のように着任時に説明すれば異を唱えてきそうな事も、バンジーの直後に説明すると反論が来ないのである。

さらには

「ええ。だって着任早々バンジーに放り込むような鎮守府ですからね。それくらい普通です」

と、どんな事を説明してもさほど驚かずに納得してくれるようになるのである。

皆で決めたこの鎮守府のローカルルールは、どの鎮守府よりも飛び抜けてマニアックで、しかも多い。

一旦慣れてしまえば艦娘にとって実に居心地良い物なのだが、大本営の指導内容と余りにも違う。

だから何故そんなルールなのか、それで良いのか、罰せられないのかと受け入れる事自体を悩む子も居た。

最初は不知火が慣れるまで説得していたが、中にはなかなか納得出来ない子も居た。

あまりに拒絶するので何度か話し合った結果、解体を選ぶ子まで出てしまった。

それを機に、どうやって納得してもらうかという事に艦娘達は知恵を絞り始め、ルールの簡易化等も進めたのである。

一方、龍田は先にバンジーというショッキングなイベントを挟めばスムーズに説明出来る事に気付いた。

龍田は経緯を説明して提督に許可を求めたところ、

「マイナーなのは確かだからね。また解体なんて結果は寂しいし・・よし、龍田、私の責任で許可するから頼む」

と頭を下げられた。

龍田は意見が認められた事以上に、自分にしか出来ない仕事が出来て嬉しかった。

天龍型軽巡は、軽巡としては燃費以外は秀でた性能があまりないのが現実だ。

他所では遠征要員を任されれば良い方で、鎮守府が中規模以上になると用済みとして解体される方が普通であった。

今の生活に満足し、密かに解体される事に怯えていた龍田は、それを免れる理由が出来て嬉しかったのである。

ゆえに着任した艦娘へ最初にバンジーを処して説明する役割を、龍田は嬉々として引き受けている。

それは摩耶曰く

 

 「龍田の洗脳教室」

 

と言えなくもないが、結果的には誰も何も損をしていない。

 

否。

 

何も、というのは語弊があるかもしれない。

何故ならこの方式を取り入れた以降、

 

 「龍田さんは怖い人」

 

というイメージが新着の艦娘達に定着してしまい、畏怖の念で見られるようになったからである。

これは元々優しい性根の龍田にとって、地味に傷つき、寂しさを感じていた。

龍田は身の安泰の引き換えだから仕方ないと溜息を吐きつつも、だからこそ、

「おい龍田、どうした?腹減ったのか?」

と、気軽に話しかけてくれる姉は、以前にも増して大切な存在になったのである。

そしてそれは図らずも

 

 「あの龍田さんに物が言える天龍さん」

 

という形で認知される事になる。

ゆえにこの鎮守府では天龍姉妹の解体など誰一人想像もしないし、言い出さない。

龍田は途中でこの事に気づき、そこまで恐れられてるのかと驚いたが、

 

 「・・それで天龍ちゃんも安泰なら、しょうがないわね~」

 

と、腹を括ったのである。

こうして、鎮守府の基本的な運用が回り始めたのである。

 

 


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