艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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4月17日午前 岩礁の小屋前

 

「はーい、今日も掃除から始めるわよ!」

鳥海が目を輝かせて小屋に竹箒を取りに行ったが、島風と夕張は既に疲労困憊だった。

島風の方は昨夜、部屋の惨状を鳥海に見つかり、早朝から移動直前まで掃除三昧だった。

夕張は午前3時までアニメを見てから寝たのだが、5時丁度に摩耶が起こしに来て、

「ほら!ランニング始めるぞっ!」

「止めてください死んでしまいます」

「さっさと出てこい!」

というわけで、へろへろの走りっぷりで実技棟のトラックを5周してきたのである。

(いつもは10周だが、明らかに寝不足を察した摩耶が半分に加減した)

「うえー、島風は疲れたよー。カレー食べて帰りたいー」

「私、小屋で寝たい。今なら丸3日寝られる自信があるわ」

しかし二人は、すぐに殺気を感じて振り返った。

そこには冷たい笑顔で般若の気配を背負った摩耶が仁王立ちしていた。

「お前ら・・・」

「ひっ!」

そこに、鳥海が戻ってきた。

「箒持ってきたわよ。皆で小屋周りを掃きましょ~」

島風と夕張がすっ飛んで行って箒を受け取ったのは言うまでもない。

 

「よし、大体こんな感じだなっ!」

摩耶が納得の表情で頷いた。

小屋の周りは丸テーブルや椅子が並べられ、オープンカフェのようだった。

普段は小屋の中に仕舞ってあり、金曜の昼から夕方まで展開する。

カレーは朝、鳳翔が大鍋に入れて渡してくれる。

しかし、小屋の中でも3つの鍋が湯気を立てていた。

2つはご飯である。

鳳翔がカレーを作ってくれているのだが、何せ大量であり全部任せては心苦しい。

その為、ライスは島で用意すると辞退しているのである。

残る1つは島風の提案で作り始めた、「甘口カレー」である。

鳳翔のカレーは本格派なので、一言で言えば辛めの大人の味である。

その辛さにびっくりしている深海棲艦に気付いたのは、勘の鋭い島風ならではであった。

対策として甘口カレーを思いついたのだが、鳳翔のカレーが好きな夕張達は「甘さ」の加減が解らない。

そこで、レシピを暁に依頼した。暁は

「べっ、別にレディだから辛口も食べられるのよ!これはお子様向けの想定なんだから!」

と言いつつ出してきたが、そのカレーを一口食べた島風が目を剥く程に甘かった。

それを恐る恐る提供してみると、甘口を選んだ深海棲艦達は大変喜んで食べたのである。

「ほら御覧なさい!レディを甘く見ないでよねっ!」

暁は胸を張ったが、この場に居る面々は未だに不思議に思っている。

黒糖、はちみつや牛乳等を加えながら、世の中の深さと不思議さを噛み締めるのである。

 

 

4月17日昼時 岩礁の小屋前

 

「はーい、次!カレーは甘口か辛口か?辛口の大盛り?良いぜ~」

手際良く注文を捌いていく摩耶と、全テーブルを埋め尽くす深海棲艦という風景。

何も知らない司令官が見たら腰を抜かしそうであるが、金曜昼時の恒例である。

「食器は返却所に返せよなっ!」

大盛りカレーを手渡しながら摩耶が言う。

返却所では島風と鳥海と夕張が一心に洗い物をしていた。洗っても洗っても追いつかないのだ。

返却所は何の変哲もない構造で、食器を置く為の前後に貫通した台がある。

その台の隅に、赤いボタンのついた小さな箱が置かれている。

食器を返しに来た深海棲艦の一体が、周囲に気付かれないようにそっとボタンを押した。

「あ、食器はこっちだよ~」

島風が何気ない風を装いながら、数字の書かれた黄色いプラスチックの小片を手渡す。

「アリガトウ」

深海棲艦は小片を受け取ると、何事も無かったかのように海に去っていった。

 

 

4月17日午後 岩礁の小屋前

「皆お疲れさま」

「ふええ、どんどんお客様が増えてくよ~」

「今日は100食は行ったね!次回はもう少し鳳翔さんに作ってもらわないと私達の分が無くなるわ!」

カレーの配布は昼時のみであり、15時を回れば食事客は居なくなる。

テーブルや椅子は綺麗に拭いて畳んであるが、小屋にはまだ仕舞っていなかった。

何故なら、別のお客様が来るからである。

 

「17:00」と書かれた小片を手にした深海棲艦は、17時きっかりに海から現れた。

夕張が小屋の中に案内すると、早速確認を始めた。

「なるほど、鎮守府は年中暖かかったのね」

「ソウデス。大キナ青イ壁ガ、アッタヨ」

「艦娘は何人位居たか覚えてる?」

「ウーン、少ナカッタト思ウ」

「深海棲艦になってからどれくらい経ったか覚えてる?」

「2年カナ、3年カナ、ソレクライ」

「解った。ちょっと待ってね」

夕張は素早くパソコンのキーを叩き、条件を入れた。すると、該当7件と表示される。

「どれか見覚えのある建物はある?」

深海棲艦が画面をじっとみるが、溜息を吐いて首を振る。

「コノ中ニハ、ナイ」

夕張が条件を変えると、該当5件と出た。

「この中は?」

「ウーン・・コレ、カナ?」

夕張はその鎮守府の他の写真を幾つか画面に出した。すると、

「コ!コレ!ココ!」

深海棲艦がぴょんぴょんと飛び跳ねる。夕張はにこにこしながら聞いた。

「見つかって良かったね。一緒に行く?」

しかし、深海棲艦はじいっと画面を見つめ、涙を浮かべながら、

「ウウン、コレデイイ。満足。叶エテクレテ、アリ・・ガ・・トウ」

言い終わる前から眩い光を発し始めたかと思うと、最後の言葉と共に消えてしまった。

摩耶が入ってきた。

「あの子、昇天を選んだんだな。」

「うん。見つかって嬉しそうだった」

「そっか」

島風が入ってきた。

「夕張っ!今の子で丁度100体目だったよ!」

「そっかあ。100体目の子が無事成仏してくれて良かったよ~」

鳥海、摩耶、夕張、島風の4人は自然と手を合わせて黙とうしていた。

 

深海棲艦達は小屋にカレーを食べに来るが、もう1つの目的を持つ子もいた。

それは、返却時に赤いボタンを押すと艦娘が相談に乗ってくれるというものだ。

相談の結果、元の艦娘に戻ったり成仏出来た子も居るという話も伝わっていた。

島風が手渡した小片には深海棲艦が来るべき時間が書いてある。

その時間通りに来ると、夕張が小屋に案内してくれる。

あとは先程の通りである。

 

最初はカレーを配っている時間に相談窓口を開いたのだが、ほとんど誰も来なかった。

相談しても必ず見つかるとは限らないし、相談自体が裏切り行為と見られかねない。

つまり、他の深海棲艦に相談していると知られる事を恐れていたのである。

夕方近くに来た深海棲艦からそう聞いた夕張が考えたのが現在の仕組みである。

これならカレーを食べに来た深海棲艦に聞かれる事もなく、他の相談者にも会わずに済む。

この仕組みを取り入れてから一気に相談者が増えた。

今ではカレーが切れる前に時間枠が埋まるので、先にボタンの付いた箱を回収している程だ。

ボタンが無い事に気付き、残念そうに帰る深海棲艦も居る。

 

「じゃあ、今日はこれで終わりだね。」

「今日みたいにあっという間に見つかると良いんだけどね」

「テーブルは仕舞っておいたぜ」

「ありがとー、お疲れ様ですぅ」

最後の後片付けをしながら、夕張達は互いにねぎらった。

現時点で100体と相談をしたが、元の居場所を特定出来たケースはおよそ4割。

見つかった鎮守府に行って昔の仲間と話しても、成仏や艦娘に戻るのは全体の3割程だった。

つまり6割はそもそも見つからず、1割は見つかっても深海棲艦のままだった。

その1割には共通した特徴があった。

なぜ自分を裏切って深海棲艦にしたのかという恨みを抱いていたのである。

夕張達は相談してるうちにこのパターンに気付く。

しかし、戻れない事に同情し、探す以外にも相談に乗るからと声をかけるのみとした。

怒りつつもしょんぼりと帰っていく深海棲艦を諭すのは可哀想だと思ったからだ。

「それで正しいよ。これはとても難しい問題だから、深追いしてはいけないよ」

提督は相談しに来た夕張達に言った。

「相談に来る深海棲艦でも、思いの強弱、種類は様々だし、時が解決する事もあるだろうよ」

その言葉通り、何回か相談に来て次第に思い直し、昇天した例もあった。

地道にデータを集め、1体でも多くの深海棲艦と元の鎮守府を巡り合せよう。

これがこの班の合言葉になっていた。

 

 

 




小説でカレーカレー書いてたらカレーが食べたくなりました。
スーパーに行ったらカレーコロッケがありました。
コロッケ美味しいです。

あれ?

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