艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード35

 

提督は契約書をめくりながら訊ねた。

「契約オプションにある、資源採取ってどういう事?ここに書いてあるんだけど・・」

間宮は頷きながら答えた。

「調理にも、例えばボーキサイトとかの資源が若干量必要なのですが」

「そうだろうね」

「食事分の資源は、備蓄資源から使うなという鎮守府さんも多いんです」

「なんで?」

間宮は肩をすくめた。

「まぁ要するに、俺以外が資源を使えるのは気に入らん、という」

提督が一気にげんなりした顔になった。

「何それくだらない」

「そう仰いましても、そのオプションを所望される鎮守府の方が多いんですよ」

「私達の為に毎日3回もご飯作ってくれるのに、くっだらない意地悪もあったもんだなぁ」

 

 くだらない意地悪。

 

そうだ、と、間宮は思った。

他の間宮達も大多数が従っているので当たり前だと思っていたが、実にくだらない意地悪なのだ。

そういう小さな意地悪が、あの鎮守府には積み重なっていた気がする。

でも提督はくだらないとたった一言で言い切った。

甘味を認め、ご飯を「作ってくれる」と言い、くだらない意地悪と喝破する。

この人なら、職人として腕を振るうほどに、きちんと評価してくれるのではないか?

数秒の思考だったが、その間見つめられた提督は首を傾げた。

「ん?どうしたの?」

「い、いえ」

「うちでは資材庫から必要分を持ってって良いよ。工廠長に話してくれれば良いから」

その台詞に間宮は違和感を覚えた。

「え?あの、工廠長さんに調整するんですか?」

「資材管理してるのは工廠長だからね」

「えっ?」

「えっ?」

「て、提督が管理されてるんじゃないんですか?」

「私は、その道に詳しい者が決めるべきだと思ってるんだよ」

「はぁ」

「だから私は方向性を示したり、出撃海域とかは決めるけど、箸の上げ下げまでグダグダ言いたくない」

「としますと、たとえば私が着任した場合は・・」

「仕入れ、食事のメニュー、製造するお菓子。その種類や量、全部お任せしますよ」

間宮はぽかんと口を開けた。なにこの自由っぷり。

前の鎮守府ではアイス1つでさえ、命じられた種類と数しか作れなかったのに。

「え、あの、わ、私が、全部決めて良いんですか?」

「もちろん新しく艦娘が来たとか、人数の変動があれば随時お知らせしますからご心配なく」

「あ、はい、ありがとうございます・・」

「まぁそれも契約して頂ければ、ですね。すいません先走りまして」

「い、いえ、大丈夫です」

「じゃ、契約前から仕事して頂く訳にはいきませんし、何度も足を運んで頂くのも申し訳ないですし」

「?」

「叢雲さん。寮の部屋を1つ、間宮さんに今夜から割り当てるからパッケージ1つ持ってきて」

「そうね。そんな事を敗北の言い訳にされても困るし」

間宮と叢雲の間で再び火花が散るが、提督がむすっとした顔になると、

「こら、そういう事言わないの。ほら持ってきて」

「しょうがないわねぇ・・」

ブツブツ言いながら出て行く叢雲を見送りつつ、間宮はそっと提督に話しかけた。

「よ、良かったんですか?」

「えっ?どうしてです?」

「わ、私、まだ未契約ですから、近くに宿を取りますよ?」

「喧嘩売ったのは叢雲です。つまりうちの都合です。だからうちで衣食住を提供するのは当然です」

「・・・」

間宮はぼうっと提督を見返した。

なんというか、こんなに丁寧なもてなし、大本営でもしてもらった事が無い。

 

叢雲の甘味選定時間や宅配時間も考え、勝負は5日後となった。

最初の晩こそ言われるままに部屋に戻った間宮だったが、

「食客は性に合いません。買い出しとかお手伝いします」

と、翌朝から積極的に龍田達を手伝い始めた。

同時に、間宮は補給用の定期船を使って、より幅広く食材を手配する方法を教えてくれた。

町に買い出しに行かずとも大概の物が揃うようになり、食費削減にも繋がったのである。

また、調理場が空いてる時間を使い、間宮は道具を研ぎ、試作を重ねた。

職人は鍛錬を怠らないのである。

この為、艦娘達は

「良い匂いなのです・・」

「優しくて甘い香りよねぇ」

「んー、楽しみだぜ~」

と、食堂から漂う香りに、嬉しそうに鼻をくんくんとさせていた。

 

そして、勝負の時が来た。

 

審査は全員で行う事となった。

洋菓子・和菓子と書かれた紙に、両方食べ終わった後、良かった方に丸を付けて投票箱に入れる。

叢雲が仕掛けた勝負なので、開票作業は龍田が行う事になった。

「フン!私はこれよっ!」

叢雲が用意したのは、フランス名門菓子店から取り寄せたショコラミルフィーユだった。

チョコが、クリームが、フルーツが、そしてパイが。

濃厚にして繊細に重なり合い、極限まで高められた味と芸術性の融合。

提督が思わず

「えげつないなぁ・・あれを持ってきたのか・・」

と呟いた程の超一級品である。

「んふおぉぉおお・・さすがだ・・」

提督が唸った通りであり、艦娘達が全くの無言でなかなか飲み込まず、ゆっくり食べている。

そう。一口一口を噛み締める程の美味だったのである。

叢雲はむふんと笑った。

信じられないほど高かったが、これで負ける筈が無い。

対する間宮は練りきりを2種類出してきた。

梅の花を模した品が1つ、雪玉のようにモコモコとした白い饅頭が1つ。

「これは、見事だね・・」

「た、食べるのが勿体ないのです」

「何これ・・凄い、こんな細かい溝まで掘ってあるの・・」

ミルフィーユも皆で期待の目で見ていたが、こちらはもはや「鑑賞物」だった。

じっくり眺める子が多かったし、何を隠そう叢雲も、

「ありえないわね・・」

と言いながら菓子皿を持ち上げてしげしげと眺めていたのである。

「んー、上品だなぁ・・」

黒文字を使ってそっと練きりの一欠けを口に運んだ提督は目を瞑った。

ごてごてとした甘さでも、複雑過ぎる味でも無い。香りもほのかである。

あくまでもシンプルに、上品に、さらさらと解けるような儚さ。

すっと茶の入った碗に手を伸ばし、一口啜る。完璧なマッチングだ。

これは、これは本物の和菓子。これこそが上生菓子と言われる練りきりの真骨頂。

余韻を楽しむ提督の耳に、文月の驚いた声が飛んで来た。

「すごぉい!断面が5色なのです~」

提督は文月の皿を見た。白饅頭に見えたそれは、黒文字を差し込めば赤、緑、黄、そして餡子があり。

「ご、5色饅頭だったのか・・・」

提督は、その小さな饅頭も幾重にも切り分けて、少しずつ口に運んだ。

優しい色合い、自己主張しすぎない上品さ、ふわりとくすぐる小豆の香り。

目で味わい、舌で味わい、鼻で味わう。

名残惜しさを感じながらも、最後の茶の1滴まで堪能した面々であった。

 

そして、投票。

 

ほぼ全員が両手で頭を抱え込んで悶えていた。

こんな凄まじい2品から1つを選ぶだと?

だが、提督はあっさりと、いの一番に投票箱に自分の紙を投じたのである。

 

投票結果は、まさに接戦だった。

どの丸印も震えていたり何度も書き直した形跡があったりと、迷いに迷った事を示していた。

そして全くの引き分けのまま、最後の1枚、すなわち提督の投票結果に委ねられる形となったのである。

龍田が紙を開いた。

「最後の1枚は・・・は?」

龍田はあっという間にジト目になると、

「提督でしょ~、なんですかこれは~」

ぴらりと皆に見せたそれには両方丸がしてあったのである。

提督は肩をすくめた。

「こんな傑作に優劣付けられる訳ないだろ?両方美味しかったに決まってるじゃない」

「それじゃ勝負にならないわ~」

「結論は出たから良いと思うけど?」

「引き分けって事~?」

「違う違う」

提督はふるふると首を振ると

「まず、叢雲さん」

「なっ、なによ・・」

「この短期間でよくあのミルフィーユを探し当てたね。あれは知る人ぞ知る品。大したものだよ」

「わ、私の手にかかればどうって事は無いわよ」

「そして間宮さん」

「は、はい」

「久しぶりに上生菓子の本物を頂いた。こんな素晴らしい和菓子は今となっては出会う事すら困難だ」

「・・・」

「これほどの名品を作らせない契約を結ぶなんて罪だ。ぜひ甘味でも腕を振るって頂きたい!」

「えっ・・」

「必要な改装費用は何とかする。だからぜひお願いしたいと思う!異議ある者は?」

提督もあんなにキリッとした顔が出来るのね。ほんと人間て不思議よね~とは龍田の弁である。

誰一人異議を唱える者は無く、間宮の菓子作りは認められ、提督に促された叢雲は

「和菓子がこんなにも美味しいとは思わなかった・・前言撤回するわ」

「私も、皆さんの期待に恥じぬよう精一杯頑張ります」

と言い、間宮と叢雲は笑顔で握手したのである。

しかし、艦娘達と提督の拍手喝采を受けながら、間宮は静かに冷や汗をかいていた。

あんな美味しい洋菓子は初めであり、全くの予想外だった。侮らず、もう少し極めてみよう、と。

 

 


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