艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード34

「え?宜しいんですか?」

「もちろん、何でもお好きなも・・げふっ!」

「ふざけないで!何勝手な事ばかり言ってるのよ!」

間宮は呆然としていた。

秘書艦が提督に肘打ちしましたよね・・全力で。

 

なぜこのような事になったかというと、面談の最中に間宮が

「料理の方は家庭料理ばかりですが、お菓子にはちょっと自信があるんですよ。うふふ」

と、少し得意げに言ってしまったからである。

同席していた龍田、文月、そして叢雲の3人よりも、目を輝かせたのは提督だった。

ぐっと身を乗り出して話し始める提督。

「お菓子ですか!得意な分野はどの辺りですか?興味のある物とかありますか?」

「そうですねぇ、今は練りきりを少々」

「上等な和菓子!それは嬉しいですなあ」

思ってもみなかった展開に、間宮は思わず聞き返した。

「え?」

「ここの近隣には和菓子屋がありませんし、和菓子は日持ちしないので入手が困難なんですよ」

「提督も・・和菓子がお好きですか?」

「和菓子でも洋菓子でも、甘味は芸術です!素晴らしい文化です!」

「うふふ、それでしたら売店を併設してお菓子も売りましょうか?」

「良いですね良いですね!食堂丸ごとお渡ししますから好きに改装してください!」

この辺りで叢雲はこめかみに数本の青筋を立てていた。

もう!何勝手な事言ってるのよ!

特殊な条件を追加すると契約金が高くなるから止めなさいって昨日あれほど言ったのに!

それに改装ですって?幾らかかると思ってるのよ!

そして先程の流れになったのである。

 

大本営に申請してから2ヶ月近く。

中将に催促した後、ようやく来てくれた間宮との面談だった。

艦娘とはいえ、間宮は鎮守府ごとに個別契約を結ぶ特殊な形である。

なぜそこまでするか。

間宮の建造は大本営でもたった1ヶ所のドックでしか出来ず、成功率は極めて低かった。

さらに育成には調理関係の免許取得から民間の料亭や食堂といった実務経験が欠かせず、大変時間がかかる。

ゆえに絶対数が全く足りない。

さらに、鎮守府内で働くと、少なからずトラブルもあったのである。

提督の鎮守府を訪ねた間宮も、つい最近他の鎮守府に三下半を叩きつけてきたばかりだった。

しかし、不安な面持ちで訊ねてきた間宮を待っていたのは全く予想外の事態だった。

「よくいらっしゃいました!皆で待ちかねましたよ。さぁさぁ、遠路はるばる大変だったでしょう」

提督自らが正門まで出てきて満面の笑みと握手で迎えられたのである。

間宮は思い切り戸惑った。

1歩下がって正門に「鎮守府」と書かれている事を確かめたくらいである。

 

以前雇われた鎮守府は、守衛に面談の為に来たと用件を伝えると、顎をしゃくって司令官の居る棟を指された。

迷いながらも示された棟に行くと秘書艦が待っていて、

「では、こちらに。司令官がお待ちです」

そう言われて応接間に連れられたのに長い事待たされた挙句、

「君が間宮候補か・・ま、よろしく」

そういってまた出て行ってしまったのである。

ずっとこんな感じだったが、なにせ初めての勤務地だったのでそんなものかと思っていた。

しかし、ある日の事。

 

 「君は良いな。こんな飯を作ってるだけで高給が取れる。こっちは体を張って戦ってるのに」

 

1時間近く愚痴を聞かされたあとの、この一言にブチンと切れた。

艦娘達が言うのならまだ解るし、実際羨ましがられた時は軽く微笑んで対処してきた。

しかし、この司令官がこういう事を言うのは我慢ならなかった。

毎晩良からぬ連中と宴席を繰り広げ、碌に報告も見てくれないと秘書艦が嘆いているというのに。

 

 「ならば、司令官殿が料理を振舞えばよろしいではありませんか」

 

そう言って、使っていた菜箸をぽいと司令官の前に放り投げると、支度を整え鎮守府を後にした。

怒りつつ大本営の組合事務所に戻る切符を買ったが、電車を降りる頃には大人げなかったかなと思っていた。

しかし、事務所についた途端に組合長から呼ばれ、正式な契約解除連絡が入ったと聞かされた。

ただ、組合長はそれを咎めなかった。

職人が多く乗船していた間宮は職人気質であり、特にこの子は強く影響を受けていた。

更に言えば、こうしたトラブルで間宮が一方的に悪かった事例は皆無である。

組合長はさらりと、あの鎮守府から要請があっても二度と応じない、それで良いねと訊ねた。

間宮は頷いた。

艦娘の子達には迷惑がかかるので一言詫びたかったが、解除された今となっては会う事も叶わない。

とはいえ、そんなに親しい子も居なかったので、詫びるとすれば秘書艦の子くらいなのだが。

組合長は溜息を吐く間宮をちらりと見ると、続けて言った。

「ところで、提督の鎮守府から要請が来ているが、受けるか?それとも休暇に入るか?」

間宮は迷いに迷った。

一旦契約すればほぼ休みなく働く為、契約終了後は長期間の休みを取る権利がある。

あこがれの菓子工房で修行するか、再び鎮守府で間宮として働くか。

以前なら要請が来ているのなら迷う事無く赴いただろう。

しかし、今は躊躇われた。

鎮守府はどこも同じようなものなのではないか。

あれが海軍の文化なのではないか。

間宮労働組合の会報でも悩みを綴る投書があるが、いかにもという内容だった。

だが、今回の事に少しだけ自責の念があった彼女は、面談だけ行ってみようと考えた。

面談時点なら気に入らなければ断れる。その為の間宮労働組合だ。

あれが海軍の文化なのか否か、確かめて来よう。

もし文化ならば間宮労働組合も脱退して解体してもらい、今まで貯めたお金で菓子職人として生きていこう。

そんな複雑な思いを胸に、間宮は提督の鎮守府を訪ねたのである。

 

「あいたたたた・・どうしたの叢雲さん」

「どうしたもこうしたもないわよ!調理以外の条件を追加したらどんどん契約金が増えるのよ!」

「でも、和菓子職人さんを迎えられる機会なんだよ?折角なら気持ちよく迎えたいじゃない」

「はん!お取り寄せの洋菓子の方が和菓子なんかより美味しいわよ」

 

ピクリ。

間宮の眉が動いた。

 

「・・取り寄せた物より美味しければ、どうします?」

「は?」

間宮がすっと目を細めて叢雲を睨んだ。

「私の作る練りきりが、取り寄せた物より美味しければ、どうしますと聞いているのです」

叢雲は真っ直ぐ睨み返しながら答えた。

「それなら売店を置いて売る事を認めてあげるわよ」

「食堂の改装もさせて頂きますし、和菓子に対する悪口を取り消してください」

「良いわよ。やってご覧なさい。でも負けたら基本契約金で働いてもらうわよ」

「勝っても基本契約金で結構です」

「あらそう。良いわよ、受けてあげるわよ」

この僅かな時間でも、間宮は提督が甘味に対して敬意を持って接してくれる事を感じ取っていた。

自分が大切にしてる物を大切にしてくれるのが嬉しかった。

だから契約する事をほぼ決めていたし、給金で欲を出すつもりは無かった。

だが、この生意気な秘書艦とは着任前にケリをつけておく必要がある。

和菓子の素晴らしさを理解させねばならない。

可及的速やかに。そして絶対に、二度と、悪口を言わせない。

私の実力の全てを投じてやる。これはプライドの問題だ。

一切目を逸らさず睨み続ける二人。

提督が口を開きかけたが、素早く龍田と文月の手がその口を塞いだ。

こんな龍虎決戦の真ん中にしゃしゃり出るなんて無謀すぎる。私達でさえ黙ってるのに!

 

「清潔にされてますね。気持ちが良いです」

「素晴らしい料理や甘味は清潔な調理場から生まれると私は思うんだよ」

「仰る通りですわ」

食堂に案内された間宮は、客席からキッチン、トイレまできちんと見て回り、頷きながら言った。

「70名前後までなら今のままで対応出来ますね。それ以上なら増築が要ります」

「今は20名程度だから問題無いね。えっと、ところで間宮さん」

「何でしょうか?」

 





過日入院した母ですが、ようやくICUを出られ、一般病棟に入りました。
皆様のおかげだと思っております。ありがとうございました。
ですが、まだまだ落ち着いたとは言えないので、書き溜めた分の放出という形を続けさせて頂きます。

取り急ぎご報告まで。

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