艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード30

 

「誰だクマ?」

日向が給湯室の暖簾を分けて入ると、中に居た球磨と出くわした。

日向はすっと敬礼しつつ答えた。

「本日着任した、伊勢型2番艦の日向だ。以後、よろしく頼む」

「クマー!球磨は球磨型1番艦で、ここでは第4班の班長だクマ。よろしくだクマー」

日向は球磨が差し出した手を取って握手しつつ思った。

先輩と後輩が握手するというのも珍しいな。

「で、どうしたんだクマ?給湯室に何か用かクマ?」

「喉が渇いたので水を貰おうと思ってな」

「水?コーヒー飲めば良いクマ」

そう言って球磨が指差したのは、コーヒーサーバーだった。

日向は目を見開いた。

「えっ・・」

「どうしたんだクマ?」

「コーヒーが・・あるのか?」

「提督がこの辺の水はあまり美味しくないからって置いてるクマ」

「ひ、費用は・・どうなってるんだ?」

「誰も払ってないから・・多分提督が払ってるクマ」

「わ、私も・・飲んで良いのか?」

「ご自由にって張り紙がしてあるし、良いと思うクマ」

日向はそっとコーヒーサーバーにマグカップを置き、モカのボタンを押した。

こここっとコーヒーが注がれ、美味しそうな香りが漂う。

「ミルクと砂糖は要るクマ?」

「いや、ブラックで良い。教えてくれてありがとう」

「どういたしましてだクマ・・・あ!」

球磨が大声をあげたので、日向はびくりとなった。

「な、なんだ?」

「日向!提督にもう会ったかクマ?」

「あ、あぁ、会ったが・・」

「歓迎会やるって言ってなかったかクマ?」

「ええと・・」

日向は会話を思い出すと、

「あぁ、確か今夜だと言っていたな」

球磨はガッツポーズを取ると

「食事前に用事が無いのは球磨達4班だけだクマ!やったクマ!買い放題だクマー!」

そう言って部屋を出て行った。

日向はぽかんとして見送った。

買い放題って・・なんだ?

自室に帰った日向は、球磨との会話に首を傾げつつ冊子を広げた。

これは提督や叢雲が言った通り、早い所ここのルールを身に着けた方が良さそうだ。

だが。

「・・・は?」

「え・・ちょっと待て、こ、こんなんで・・良い・・のか?」

いちいち書いてある事が今までと違い過ぎる。

日向は途中で鞄からマーカーペンを取り出すと、最初に戻って読み始めた。

そして時折、きゅいきゅいと印をつけていったのである。

 

「・・・」

日向は一通り冊子に目を通した後、地図を手に鎮守府の中を歩き始めた。

こうして外を歩く分には、普通の鎮守府と変わらないな。

日向は少しホッとしていた。

建造中は2回目の着任という事もあり、それほど困る事は無いだろうと思っていた。

だが、最初の鎮守府とあまりにもかけ離れたルールに却って戸惑ってしまったのだ。

「・・うむ、海は良いな」

港の先までたどり着いた日向は、そこからじっと水平線を見た。

「轟沈がありえない運用を目指し、皆で考え、決めていく、か」

寄せては引いていく波を見つめ、日向はぽつりと呟いた。

「そもそも、敵艦隊は何の為に攻めてくるんだろうな・・・」

前の鎮守府では中堅的存在まで成長していたが、討伐に出かけた先は壮絶な世界だった。

「・・提督は、何か知っているのだろうか」

 

コンコンコン

 

「開いてるわよ」

叢雲は答えつつ、随分早いわねと思った。

このノックの仕方は知らない。となれば1人しか該当者がいない。

もし侵入者なら主砲で実弾かましてあげるけどね。

果たしてドアを開けたのは日向だった。

「失礼する。相談は・・この時間なら良いと書いてあったが、大丈夫か?」

「ええ。丁度提督も一息つく頃よ。そこにおかけなさい」

「すまない」

日向の顔をチラリと見た叢雲は首を傾げた。随分思いつめているように見えたからだ。

「提督、日向が相談だそうよ。コーヒーでもいかが?」

「やぁ、そうだね。あと5枚だし、ちょっと休憩するか。日向の分も頼めるかな」

「待ってなさい」

叢雲が給湯室に向かい、提督は日向に向き合う席に腰かけた。

「冊子はざっとでも読めたかい?」

「あぁ、一応目を通した。何度か読み直さねば覚えきれそうにないが」

「そうだね。旅行はあれをたった1回でやるんだから無茶苦茶だよ」

「旅行はどちらかというと上下関係の認識の儀式だからな」

「うちでは要らないよ。ところで、相談ってのは何だい?」

「うむ・・提督」

「うん」

「深海棲艦達は、何故あのように激しく攻めてくるのであろうか?」

提督はおやっという顔をした。

「という事は、日向さんは・・ええと、転属組か」

「まぁ・・そうなるな」

「どこの海域まで行ったのかな」

「沈んだのは、西の海域だ」

「随分先まで行ってたんだね。私達はようやく南のエリアのシーレーン確保に向けて動き出した所だよ」

「編成表を見たが、重巡1隻に軽巡と駆逐であろう?充分凄いと思うが」

「やっと仕組みが回り始めたから、これから少しずつ仲間を増やしていくよ。あ、ありがとう」

叢雲がかちゃりと二人にコーヒーを置いたので、日向は思い出した。

「そうだ、提督」

「なんだい?」

「寮にコーヒーサーバーがあったのだが、あれの費用は誰が支払っているんだ?」

「私だよ?」

いとも簡単にあっけなく言われたので、日向はぽかんとしてしまった。

「か・・勝手に・・飲んで良いのか?高いんじゃないのか?」

「まぁ安くは無いけど、ここらの水は本当にマズいから」

叢雲は提督を見た。

「忘れてたわ。あのコーヒーサーバーの費用、来月から経費で落とすわ。請求先も切り替えておいたから」

「おや、あの石頭が認めたの?」

「私や文月ではダメだったんだけど、龍田が話したら30分位でカタが付いたわ」

「・・どうやって説得したんだろう」

「聞かない方が身の為よ」

「そうか。じゃあそうさせてもらうよ」

日向は今の会話をどう受け取ったら良いんだろうと静かに考えていた。

「ところで、日向さんの質問だけど」

「あ、あぁ、覚えていたのか」

「もちろん。ただ、私も残念ながらまだ解らないんだけど、知りたいと思ってる重要事項だよ」

「え・・そうなのか?」

「うちの鎮守府では、最終的に轟沈がありえない運用を目指している」

「冊子に書いてあったな」

「その目標を達成するには、自らを鍛えつつ、戦う事を極力減らしていく方向になるんだよ」

「まぁ、そうなるな」

「だとすると、もし応じる深海棲艦が居たら話し合いで済ませると言った事も考えねばならない」

「そっ・・そこまで考えるのか?」

「もちろん。だから私も知りたいし、電は話し合いに応じる深海棲艦が居ないか気にかけてるよ」

「その・・提督は」

「うん」

「電の、あの言葉を叱らなかったのか?」

「あの言葉って?」

「電は必ず、とどめを刺したくない、敵を助けたいと言い出すだろう?」

「あぁ・・まぁ同じ船魂である以上はそうだろうね」

「ほとんどの司令官は一喝するか、一笑に付してしまう。だから電は心を病みやすく扱い辛い艦と言われている」

「んー、そうでもなかったけどなぁ」

「ここではどう扱ったのだ?」

叢雲が肩をすくめた。

「提督はきちんと電の考えを聞いて、戦争の全体論と個の考えの違いを説明した」

「うむ」

「その上で、攻撃態勢に入ってる相手とは戦い、話し合いに応じる場合は話して良いと言ったのよ」

日向は頷いた。

「それなら影響は無いだろうが、電がよくそれで良いと言ったな」

「嫌がってるようには見えないけど・・何か聞いてる?」

「なかなか非戦闘態勢の個体に遭遇しないって嘆いてるけど、もっと頑張って探すと言ってるから大丈夫だと思うわ」

日向は興味深そうに頷いた。

「そうか。最初に話を聞いていたら、こじれる事は無いのか・・」

叢雲は頷いた。

「提督は基本、寄り添うスタンスよ」

「寄り添う?」

「ええ。普通の司令官は対峙して、上から見下ろして命じるでしょ?」

「そうだな」

「でも提督は横に並んで寄り添う位置で話すのよ」

「どういう・・事だ?」

日向は首を傾げた。

 


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