艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード29

 

「と、いう訳だぜ提督!」

ふっふんと誇らしげな摩耶が提督室に連れて来たのは、

「伊勢型2番艦の、日向だ。あなたが提督?」

そう。鎮守府初となる戦艦の日向であった。

「うん。こっちが秘書艦の叢雲だ。まずはようこそ我が鎮守府へ。これからよろしく頼みます」

「あ・・」

席を立ってぺこりと頭を下げる提督に少し驚いた様子だったが、

「こちらこそ、よろしく頼む」

そういうと、丁寧に頭を下げた。

「歓迎会は今晩行うとして、摩耶、お手柄だったね。いきなり成功するとは大したもんだ」

「へへん!」

「歓迎会ではエビフライを用意するからね!」

「あは!やった!」

「本当に嬉しそうだね。あ、他の建造はどうだった?」

「あーその、ゴメン。重なっちまった」

「摩耶の近代化改修まで済ませたのかい?」

「いや、先に報告しとこうと思ってさ」

「解った。じゃあ摩耶はお疲れ。近代化改修したら当番終了で良いよ」

「サンキュー提督、改修は助かるぜ!」

日向は足取りも軽やかに出て行く摩耶を見送っていたが、提督の声に振り向いた。

「じゃあまずは鎮守府のルール説明からかな、叢雲さん」

「そうね」

「うむ、旅行から始めるのか?」

提督は手を振った。

「あぁ、そういう意味の無い事は廃止したよ」

 

旅行。

 

鎮守府内を巡回し、施設の場所や重要な担当者などの紹介を、たった1回だけ行う事を指す。

つまり1回案内する間に全部覚えろという事であり、基本的に無理な事である。

ゆえに新人は当然覚えきれずにアタフタする。

それを上官が叱り正す事で上下関係を確固たるものにする口実なのである。

日向は困った顔をした。

「あ、えっと、一度も案内してもらえないのでは、とても困るのだが」

「違う違う。ま、立って話す程の短い話でもないし、そっちにかけててくれないか」

「は?」

「何?」

「そ、そっちというのは・・秘書艦席か?」

「いや、そこの椅子」

「こ、これは・・来賓用の応接スペースではないのか?」

「うちでは会議用に使ってるよ、さ、かけてなさい」

日向は向かいつつ、明らかに今までとは違う雰囲気に戸惑っていた。

そしてぎこちなく応接コーナーの椅子に腰かけた時、提督は叢雲に話しかけた。

「そうだ。叢雲さん、パッケージ1つ持ってきてくれる?」

「解ったわ。待ってなさい」

「えっと、この書類までで中断するか・・・ふむ・・」

日向は椅子に座りながらもじもじしていた。

実は日向は、艦娘として1度轟沈した経験があり、再起、つまり転属を希望していた。

そして順番を待っていたら丁度摩耶が戦艦の建造指令をかけたので、これに応じたのである。

数週間前まで所属していた鎮守府では、艦娘と司令官の関係はもっと鋭い緊張感に包まれていた。

部屋の作りはそう変わらないのだが、戸惑うな。

なんというか、温かいというか・・

「や、お待たせお待たせ」

提督が応接コーナーに来たので、日向はビシリと立って敬礼した。

「そんなに緊張しなくて良いよ・・といっても不慣れだからしょうがないね。座って座って。ん、叢雲、ありがとう」

叢雲は日向の前に大き目の巾着袋を1つ差し出した。

「これは・・」

首を傾げる日向に、叢雲が説明した。

「新しく着任した人に渡す資料とか書類のセットよ。パッケージって呼んでるわ」

「パッケー・・ジ」

「そう。開けて御覧なさい」

「うむ」

日向が開くと、鎮守府の地図やごみの出し方等が書かれた冊子、部屋の鍵、書類の束が1つ入っていた。

「これは貴方の物よ。ただしこの束は表紙にある通り、中身を読んで署名したら、明日の1100時までに返して」

「うむ」

「ちょっと地図を借りるわね。貴方が今居るのはここ。寮がここ、貴方の部屋は大体この辺りよ」

「解った」

「今は少ないから艦種関係なく順番に入ってもらってるけど、今後は棟を分けるから部屋替えもあると思って」

「まぁ、そうなるな」

「今日は夕食時間まで特に用事は無いから、まずは部屋に行って、資料を読んでおいてくれるかしら」

提督は日向に言った。

「資料を読んでいて疑問を感じたり、解らない点があれば艦娘の誰にでも、私にでも遠慮なく確認してくれ」

「なに?」

「解らないまま行動するのはダメ。必ず情報を得て、納得してから動いて欲しい。良いね?」

「わ、解った・・」

「とりあえず、最初だから部屋まで案内してくれるかな、叢雲さん」

「ええ。良いわ。じゃあ日向、行きましょうか」

「あ、あぁ、解った」

日向はガタリと席を立った。

 

「な、なぁ、叢雲」

「なに?」

寮に続く道を歩きながら、日向は叢雲に訊ねた。

「その、私は1ヶ月ほど前まで他の鎮守府にいたのだが」

「・・あー、そういう事ね」

ガチャリと寮の入口ドアを開けながら、叢雲は苦笑した。

「前の鎮守府と余りにも違うから戸惑ってたのね」

「そうだ」

「解るわ。新人の子は比較的早く順応するけど、アタシ達のように普通の流儀を知ってると戸惑うわよね」

「叢雲も、転属したのか?」

「いいえ。私達は提督より前の司令官の頃からここに居るの。そして、彼らは普通の流儀だった」

「・・事情がありそうだな」

「そうね。今夜辺り話すわ。今の時点でアタシからアンタに言える事は1つだけよ」

「なんだ?」

日向に割り当てた部屋の前で叢雲は振り向くと、ニコッと笑った。

「安心なさい。あの提督は信じて良い。それが私達所属艦娘全員の見解よ」

「・・そうか」

「さ、ここがアンタの部屋。鍵貸して」

「これだ」

ガラガラと引き戸を開け、叢雲は中に入って行った。

「今は戦艦は貴方だけだから一人部屋になるわ。タオルとか歯ブラシはこの袋に入ってるわ」

「全部用意してあるのか・・凄いな」

「ま、最初の1回分だけだけどね。後は自分で買いなさい」

「前の鎮守府では、空き時間を見つけては不足分を買いに走っていたがな」

「そうね。それが普通。でもここは、そういう無駄な意地悪をバンバン廃止したわ」

「そうか」

叢雲はポンポンとアメニティの入った袋を叩きながら言った。

「アンタが持ってる巾着も、この袋も、電の発案。着任する子達に渡し忘れが無いようにってね」

「ふむ。良い案だな。電はここでは駆逐艦の班長か何かなのか?」

「いいえ、普通の班員よ」

「なに?それで良く意見が通ったな・・」

「ここは上下関係なく言いたい事が言えるわ。それに」

「それに?」

「すぐ解ると思うけど、とにかく毎日、よく考えて、意見を言うよう促されるわ」

「・・そうなのか?」

「ええ。提督はただ命じられるままに動く事を決して許さない」

「なに?そ、それが普通というか、そうすべきではないのか?」

「ここでは違うの。ま、詳しくはさっきの冊子を読みなさい。歓迎会の前までに読んでおいた方が良いわ」

「解った。早速読ませてもらう」

「じゃあね」

「うむ、案内をありがとう」

叢雲は廊下に出た後、ニッと笑って振り返った。

「一緒にがんばりましょうね!」

パタン。

日向はちゃぶ台の傍に正座すると、部屋を見回した。

4人一部屋の和室で、人数の多い駆逐艦や軽巡向けの部屋である。

つまり。

「一人で生活するには広いな・・まぁ、良いか」

巾着から冊子を取り出し、ペラペラとめくる。かなり細かく書かれている。しっかり読む必要がありそうだ。

「少し喉が渇いたな・・うむ、給湯室があるな。水を汲んで来よう」

その時、アメニティの中にマグカップが入っているのを見つけた。

「・・完璧な配慮だな」

日向はふっと笑うと、マグカップを手に給湯室に向かった。

 


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