艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード26

「話は終わったの?」

中将の部屋を出ると、せわしなく動きのある大本営の廊下で叢雲が待っていた。

「終わったよ。帰りの船の乗船時間まで後どれ位かな?」

「あと2時間・・40分後ね」

「乗船口に30分前集合だったね。じゃあ残り時間はどうしようか」

提督がそういうと、叢雲は途端にもじもじし始めた。

「あ、あ、あのね、提督」

「うん」

「こ、こんなの・・どうかしら?」

叢雲が手渡した紙を見た提督は、

「ほう!ほうほう!これは知らなかった!」

「い、行っても、良いわ、よ」

「よし、うん!十分間に合うね!行こうか!」

そういうと叢雲の手を取り、テクテクと歩き出した。

叢雲は俯き加減に、しかし頬を染めてついていった。

 

「いらっしゃいませ!」

「おお!想像以上じゃないですか!」

「良いわね良いわね・・大本営もなかなかやるわね」

そう。

二人が向かったのは中将の居る棟から徒歩でしばらく行った所にある土産物店である。

今回の提督のように大本営へ呼び出される司令官は日々居るし、逆に大本営の関係者が訪ねていく場合もある。

帰りを待つ部下、あるいは訪問先の懐かしい顔に手土産の一つでも、という事で大本営内に用意されたのだ。

それは気配りという面もあるし、反対勢力の襲撃から軍関係者を護る為という生々しい理由もある。

いずれにせよ、様々な土産が用意されている店内に入った二人は目を輝かせて真っ直ぐ進んでいった。

行先はもちろん、スイーツのコーナーである。

 

そして。

「あっ、叢雲さん叢雲さん」

「なによ!モンブランとスイートポテトまで絞り込んだんだから邪魔しないで!」

「もう出航45分前だよ!移動時間考えたら時間切れだ!」

「走れば10分で行けるわよ!あと3分待ちなさい!」

「両方買ってあげるから!」

「えっ本当?じゃあすみません、モンブランとスイートポテト22個ずつください。この人が払うわ」

「あっ・・1個じゃなくて?」

「皆の分のお土産よ?当然でしょ?」

「くっ・・仕方ない。早く詰めてください!」

店員は支払いを済ませて立ち去る提督達を、必死に笑いをこらえながら見送った。

艦娘を連れてくる司令官は少なからず居るが、交わされる会話は軍人の上下関係であり堅苦しい。

けど、さっきの司令官はあの艦娘の尻に敷かれてるわね。

普通のカップルというか、夫婦みたいで楽しそう。

 

「へー、大本営も洒落た事やってるんだなー」

「僕達全員に土産をくれるのかい?提督、あの、ありがとう」

「ハチミツ!ハチミツ関係のお土産は無かったかクマ!?」

「これが・・モンブラン・・」

「長月、スイートポテト頂戴」

「断固拒否する!」

「レディならこんな大きなモンブランは大口開けて食べる事になるからふさわしくないんじゃない?」

「何言ってるのよ!ちゃんとフォークで切り分けて頂くわ!だから取っちゃダメ!」

「ひ、一人1個はちゃんとあるのです・・喧嘩はダメなのです」

提督は大騒動を遠目に見ながらポリポリと頬を掻いた。

「あー、夕食後まで内緒にしてた方が良かったかなぁ」

叢雲がジト目で提督を見た。

「何言ってるのよ。ちゃんと言わなきゃ勘付いた子達が血みどろの争奪戦をするだけよ?」

「そんなにあっさり嗅ぎ付けるかなあ」

「甘味センサーを甘く見ない方が良いわよ」

「私が来るまで甘味食べた事無かったんじゃないの?」

「無かったわよ。でも1度食べて知ってしまった以上、ね」

「皆大好き甘い物、だね」

「そういう事よ」

「ふむ・・」

提督は周囲を見回すと、ちょいちょいと叢雲の手を引いて歩き始めた。

「なっ、なによ?」

「しーっ」

 

パタン。

提督室に戻ってきた提督は、カチャリと内鍵をかけた。

怪訝な顔をする叢雲を横目に、提督はそっと鞄を開けた。

「まだ皆には内緒だよ」

そう言いながら提督は、そっと書類を取り出した。

「何?」

「じゃーん」

そう言って取り出したのは、

「間宮雇用申請書」

だった。

「えっ?」

「これだけ皆が甘味好きなら間宮さんを雇っても良さそうだなと思ってね」

「今の規模で!?」

「いや、手引きによると最低25人規模は必要なようだから、その時点までは内緒」

「だから内鍵をかけたの?」

「そういう事。下手に漏れたらマズいんでしょ?」

叢雲は溜息を吐いた。

「アタシは甘味センサーを甘く見るなって言ったわよ・・」

「へ?」

叢雲は足音を立てずにさささとドアに近寄ると、素早く開錠してドアを開けた。

「にゃー!?」

「あらー」

「おっ、押さないで!きゃあああ!」

「うわぁあああぁ!」

どどどっと崩れ落ちてきたのは多摩、龍田、雷、摩耶。その後ろには残る面々が苦笑しつつ立っていたのである。

叢雲は肩をすくめた。

「甘味関連の話題を隠すなんて、この鎮守府じゃ無理よ」

だが、ちょっと様子が違うなと思った提督は文月に訊ねた。

「文月、本当に甘味関係の話だと思ったのかい?」

「あ、あの」

「うん」

「お父・・提督と、叢雲さんが、こっそり居なくなったので・・その」

球磨がニヤリと笑った。

「提督室でちゅーでもするのかと思ったクマ!」

叢雲が真っ赤になって腕を振った。

「なっ!何考えてんのよ!そんな事する訳無いでしょ!」

「つまんないクマー」

ようやく起き上がった摩耶が口を開いた。

「いてて・・なぁ提督、間宮さん雇うならマジで資源確保しとかねぇとキツイらしいぜ?」

「そうか。それなら遠征中心に切り替えて資源の備蓄量増やすか・・」

「あと、専用の予算も確保しないといけないらしい。結構高ぇって出張先の秘書艦がこぼしてたんだ」

「財源なぁ・・まぁ定期船が送ってくれる食材は種類が限られてるから、他のを買いたいんだろうなぁ」

「後は調理器具とかも必要なら購入するらしいし、運営維持費が結構かかるらしいぜ」

「向こうではどうやって財源確保してたのさ?」

摩耶はカリカリと頬を掻いた。

「あーその、ヨコナガシ、だ」

「横流し?」

「あぁ。資源をプールしておいて、他の鎮守府が急ぎで欲しいって言ってきたら運んで金を受け取る」

「そういう事か」

「ちなみに元締めは大本営の明石さんだから実質公認状態だけどな」

「ふーん」

提督は腕組みをした後、龍田の方を向いた。

「ねぇ龍田さん」

「なにかしら~?」

「うちらもやろっか」

「横流し出来る程資源余って無いわよ~」

「いやいや、そっちじゃなくて」

「え?じゃあ何?」

「元締め」

全員が一斉に提督を見た。

「そうだなぁ・・えっと、1班の人はこの後予定無かったよね?」

「ええ。出撃は明日だし~」

「ちょっとお話しようか」

 

「えー、おほん。極秘会議に御集まりの皆さんこんにちは」

「提督、何を言ってるの~?」

「こう言うのは雰囲気が大事なんだって!」

「さっさと始めなさいよ」

提督が突拍子もない事を言い出した後。

提督室に残った1班の面々は、ひそひそ声で話し始めた提督にきょとんとした顔で答えたのである。

「解った解った。じゃあえっと、まずはミッションの目的をおさらいするよ」

「間宮さん呼ぶ資金集めをするのでしょう?」

「それも用途の1つではあるけれど、こうした突然の支出に備えた財源を確保するって事にしておこうと思う」

「他に用途があるのですか?」

「摩耶の話からすれば、財源があれば不足資材の緊急購入も可能って事だろ?」

「そうですね」

「鎮守府が危機に陥った時、最後の手段があるのと無いのでは安心感が全く違うからね」

「で、お金を稼ぐ為に元締めをやるのですか?」

「可能なら元締めが一番儲かるからね」

「具体的には何をするのかしら?」

提督は胸を張って答えた。

「全くのノープランです」

龍田達がずずっと横に滑った。

 

 


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