艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

48 / 526
file02:ニ棹ノ羊羹

 

4月13日夜、本島鎮守府食堂

 

「おぉい皆、聞いてくれ~」

艦娘達が喧しくも和気あいあいと食事している所に提督が現れた。

声を聞いた艦娘達は、途端に行儀よく静まった。

「どれくらいが覚えているかともかく、今日はこの鎮守府が完成して1年になる日だ」

場が懐かしむ声で少しざわめく。

「実は私も今日気付いたんだ。ささやかで悪いが皆に贈り物を用意したんだ」

ざわめきが大きくなる。

そこに、間宮と今日の秘書艦である赤城が1台ずつ台車を押して入ってきた。

台車の上には杉箱に入った羊羹が大量に積まれている。箱入りは高級品である。

「1人2棹というか、1箱用意した。食器を下げる時に貰ってほしい。黒蜜入りの本練りだぞ」

そういうと提督は1箱を手に取り、赤城に渡しながら、

「いいか、これは一口羊羹じゃない。ゆっくり、切り分けて、味わって、食べなさい」

と、噛んで含めるように念を押した。

「そんなぁ~」

という赤城の反応を皮切りに、艦娘達はわあっと歓声を上げた。

普段は全くペースが違う艦娘達だが、今宵は一様に光の速さで平らげると、羊羹を手に嬉しそうに寮に帰っていった。

最後の一人となった時雨が最後の1本を台車から手に取り、提督を上目遣いでちらりと見つつ、

「提督、ありがとう。あと、無事1周年を迎えられて、良かった」

と早口に言って食堂を後にした。

その時、提督は気がついた。

「あ、自分の羊羹忘れてた。後で売って下さいな」

すると、隣に居た間宮が申し訳なさそうに

「ごめんなさい。在庫全部使ってしまったので普通のも含めて数日間は用意出来ないのですが・・」

と、とどめを刺したのである。

 

提督は間宮の店に台車を返しに行くのを手伝った。

行きは間宮と赤城が押してきたのだが、赤城は今頃、加賀と仲良く羊羹を食べている事だろう。

非常に微笑ましい光景が頭をよぎったので、呼びに行くような野暮な真似をしたくなかったのだ。

間宮からせめてこれをと貰った酒饅頭を頬張りながら店を出て、空を見上げた。

満天の星空だった。

4月か。日本なら桜が咲く頃だな。

ここは南国で、日本のように強く四季を感じるような景色の移ろいが無い。

真冬でも多少肌寒いくらいで、年中同じ格好で居られる。

それでも、いや、だからこそ。

鎮守府完成記念日といった形で、時の移ろいを認識出来る機会を作っておきたいな。

「提督っ!何泣いてるんですか!」

振り向くと蒼龍が居た。手ぬぐいを被せた平皿を手にしている。

「泣いてない。いや、毎年完成記念日を祝うのも良いかなと思ってね。」

「あれれ、そうなんですか?てっきり一人羊羹が無いからぐずってるんだと」

「私を幾つだと思ってるんだ」

「じゃあ、これは要らないかなあ?」

蒼龍が手ぬぐいを取ると、少しいびつだが、2棹分の羊羹が姿を現した。

「この羊羹はどうしたんだ?余りは無い筈だが」

「皆でちょっとずつ切って合わせて、2棹分にしたんです!」

「ん?そういえば、なぜ足りないと知ってる?」

「時雨が食堂から出る時に聞こえたらしくて、急いで声をかけて回ったんです」

「あちゃー、聞かれていたか」

「一言言ってくれれば良いじゃないですか」

「いや、本当に最後になって気付いたし、恥ずかしいじゃないか」

「提督って意外とうっかりさんですよね」

「否定できん。でも、嬉しいなあ」

「ん?」

「こうやって皆が譲ってくれたってのが嬉しいなと思ってさ」

「あ、そうだ提督」

「なんだい?」

「誰がどれとは言わないからね」

「なんの事だ?」

「良いの。それじゃあ、はい」

蒼龍から受け取った皿には、蒼龍の手のぬくもりが残っていた。

「ありがとう、蒼龍」

提督は蒼龍と一緒ににっこりと笑った。

 

提督室に戻ってきた提督は改めて羊羹を見て、蒼龍の言葉の意味を理解した。

「すごいな。この幅5mm程の薄い1切れは誰だ?もはや職人芸だぞ・・」

ほとんどが1cm幅だが、3cm近くある塊や薄くて向こうが透けて見える物もある。

うちの艦娘達そのものだなあと提督は思った。

皆個性的で、温かい心があって、寄り添うと立派に1つとして機能して。

ぺらぺらの1枚を口にしながら、提督は嬉し涙をこぼしていた。

 

「あはははは、薄切り咥えて泣いてるわよ」

「だから僕はあんなに薄く切るのは失礼だよって言ったのに」

 

提督に聞こえないよう、ひそひそ声で話しているのは叢雲と時雨である。

時雨は羊羹集めに奔走したのに、肝心の所で気弱な性格が災いし、提督に持っていく役になりそこねてしまった。

全員から集めたら2棹分の大きさにはなったものの、心配になり、提督の様子を見に来たのである。

時雨の抗議に対して叢雲が鍵穴から顔を外し、振り返って反論する。

 

「でもあたしは薄切りだけど5枚もあげたんだからね」

「提督からすれば薄切りであげた人が5人居るように見えるじゃないか」

「全部の個数数えれば艦娘より多いんだから気づくわよ」

「いちいち数える訳ないじゃないか。提督がそこまで繊細な人だと思うかい?」

 

提督は部屋の中で苦笑していた。

丸聞こえだよ叢雲と時雨。涙もあっという間に引っ込んだよ。さっさと入ってくれば良いのに。

しかし、提督に気づかれた事も知らないまま、二人は次第に白熱していく。

 

「大体時雨が甘やかし過ぎなのよ。端から3cmも切った時は何の冗談かと思ったわ」

「だって、誰も協力してくれなかったら可哀想じゃないか」

「皆でまとめた後も戻さなかったじゃない」

「今更ひっこめられなかったんだよ」

「その割には弁当に愛情込めた奥さんみたいにニコニコしてたじゃない」

「ぼっ、僕をからかうな。わざわざ5枚にするのだってツンデレの極みじゃないか」

 

提督は次の薄切りを口にした。

これは叢雲の作なのか。5mm5枚組とは凄い包丁さばきだよ。

 

「なにがツンデレよ!私はデレてないわっ!」

「だって、結局あげた厚さは僕と変わらないじゃないか」

「あたしは2.5cmよ2.5cm!デレ時雨の3cmとは訳が違うわ!」

「デっ、デレ時雨って何だよ」

「ぶっちぎりに分厚いサイズをあげといて違うとでも?」

「ぼっ、僕は日頃からの感謝をこめて、その・・・ごにょごにょ」

「もごもご言う時点で認めたようなものじゃない。耳まで真っ赤よ」

「うっ、うるさいうるさいツンデレ叢雲」

「だからデレて・・・」

 

ガチャ。

「お前達」

「あ・・・」

「な・い・わ・・・よ・・・」

「良いから入っておいで」

 

少し気まずそうに提督室に入ってきた時雨と叢雲を前に、提督は引き出しから紙包みを取り出した。

「一番厚く切ってくれた時雨と、二番目に厚く切ってくれた叢雲に」

「あ、き、聞こえてたんだ・・」

「アンタのせいよ」

「だって」

「こらこら、ケンカしない。これを内緒であげよう」

時雨と叢雲が興味津々の目で見守る中、提督が開けた包みの中には小さな菓子が沢山詰まっていた。

「西洋の菓子で、キスチョコというんだ。とても美味しいぞ」

そういうと提督は風呂敷を2つ用意し、中身を均等に分配すると、それぞれをギュッと結んで包んだ。

時雨も叢雲も目がキラキラしている。

「いいか、二人とも」

「はい」

「これは私達3人だけの秘密だ」

「!」

「キスチョコはこの鎮守府の中で、この2つの包みに入ってる分しかない」

「!!!」

「時雨と叢雲に特別に譲る。どう食べるかは好きにすると良い」

「て、提督は要らないのかい?」

「それも、任せる」

「そ、それじゃあ僕の分からあげる」

「あっ、待ちなさいよ。私は5mm少ないんだから私があげるわよ」

「いい。僕があげる」

「ケンカしないの」

「はい」

「・・じゃあ1つずつあげる。それで文句ないわね?」

「解ったよ」

そういうと、提督の手にそれぞれから2つの小さなチョコが乗せられた。

「ありがとう。」

「でも、提督はどうしてこれを買ったんだい?」

「本当はホワイトデーにあげようと思ってたんだがな、つい昨日やっと届いたんだ」

「ホワイトデーって先月だよね?」

「そういう事。完全に時期を過ぎちゃって、一人で食べるには余るほどあるという訳だ」

「ほんっと、間抜けよね」

「・・・叢雲さん半分返そうか」

「嫌よ」

「まぁいい、後は好きにしなさい。ただ、もう夜遅いから今日は早く帰りなさい」

「はあい」

「あ、そうだ。時雨、叢雲」

「何?」

「羊羹ありがとう。嬉しかったよ」

「・・・・」

「かっ、帰るわよ!おやすみっ!」

「はい、お休み」

 

その夜、寮であっという間にキスチョコは発見された。

艦娘甘味センサーは極めて感度が高いのである。

そして、経緯を知った艦娘達は分け前を要求し、結局1つずつ配られた。

それでも時雨と叢雲の手に3個ずつ残ったのは全くの偶然だったそうである。

 




こんな鎮守府移動劇は奇跡ですよね。そして奇跡といえばキスカ島です。
ソロルとチロルは似てますよね。そしてチロルといえばチョコです。

ゆえに提督はキスチョコを買ってきた訳ですが、誰も気づかなかったそうです。

提督「・・・・・・。」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。