「・・・今、なんと仰いました?」
「だから、なぜ第3艦隊を使わないんだ?」
ここは、大本営の中将専用執務室。
きょとんとする提督と、首を傾げる中将を見つつ、叢雲はハタと気付いた。
1人目の司令官が死んだその日の朝、確かに川内・神通・那珂の3姉妹が揃って建造出来たのである。
その後の余りのドタバタと、2人目の司令官がその3人を一瞬で轟沈させた。
ゆえに第3艦隊の解放条件を満たしている事に全く気付いていなかったのである。
「えっと、叢雲さん」
そろそろと振り向く提督に叢雲はしょぼんとしながら
「ごめんなさい提督。確かに川内型3姉妹が一瞬だけ揃ったわ。でもクエストを有効にしてなかった気がするのよ」
提督は再び中将を見ると、中将は眉をひそめながら
「時間的に、最初の司令官が有効にしていたと思われる最後のクエストに入っていたよ。だから有効だ」
あの人は・・本当に何も言わなかったから。
叢雲はギュッと目を瞑り、提督の服の裾を掴んだ。
提督はそっと叢雲の頭をぽんぽんと撫でながら言った。
「すみません。我々は第3艦隊が使える事に気付いておりませんでした。帰ったら早速使います」
「それならそれで良い。では、3ヶ月間の状況をかいつまんで報告してもらいたい」
中将は提督にピタリと寄り添う叢雲と、順調な活動内容を聞いてある程度察したが、報告を終えた提督に言った。
「うむ。あと、ちょっと個人的な事で提督と相談したい。すまないが叢雲君、外してもらえるかな?」
叢雲はすぐに内容を察すると、
「解りました。私は外で控えてますから提督の口から直に聞いてください。それから、中将殿」
「うん?」
「その節は、御花代をありがとうございました」
「・・うむ」
叢雲は深々と頭を下げると、そっとドアの向こうに消えた。
提督は中将に向き直った。
「えっと?」
「あぁ。2人目の司令官を異動させた時にな、大将と私の連名で、詫びの手紙と花代を添えて送ったのだよ」
「なるほど。そうでしたか」
中将はジト目で提督を見た。
「もっとも、その司令官も誰かさんが相談役に漏らしたせいで病院送りにされたようだがな」
「うっかり話すとは、間抜けな事務官も居たものですよね」
「・・中将としては眉を顰めねばならんが、個人的には拍手喝采を送りたいね。誰かさんのうっかりとやらに、な」
「そうですか」
中将と提督はニッと笑いあった。
「ところで、叢雲とは仲良くやれているようだが、他の艦娘達とはどうだ?数は増えているようだが」
「私の方針を理解してもらうのに多少時間はかかりましたが、浸透した後は所定の効果は出ていると思います」
「ん?どういうことだね」
「現場経験皆無の私が司令官の真似事をしているのに、きちんと戦果が上がっているのが何よりの証拠です」
中将は苦々しい顔をした。
「本当に艦娘達に一切の戦術を任せているのかね?」
「最終的なプランを聞いて承認するか否かは判断してますが、最近は出撃海域も相談していますよ」
中将は机に肘をつき、手で頬を押さえた。
「信じられん。彼女達は実体化した船魂だぞ?戦術や戦略の思考が出来るのか?」
提督は持って来た鞄から1冊のファイルを取り出した。
「これは、他鎮守府との演習結果ですが・・」
「うむ・・」
「ここまでが艦娘達に考えさせる前、ここからが考えさせた後です」
「異様な勝率の上がり方だな・・Lvや装備はほとんど変化が無いのに・・」
「こちらが出撃結果です。これは報告しておりますが・・」
「うむ。このあたりを境に、格段に被弾率や失敗率が下がっているな」
「はい」
「それでは・・司令官に求められる仕事は一体何なんだ?」
「まだ完全には掴んでおりませんが・・」
「現時点の結論で良い」
「恐らくですが、大まかな方針を決め、艦娘それぞれの状態管理を行い、そして・・」
「そして?」
「人間を信じて良いものであると認識して貰う為、実の娘のように大事にする、という事でしょうか」
「それでは出撃させられなくなるのではないか?」
「確かに被弾報告を聞くとゾッとしますが、どのように大事にするかという事を明確に言えばそうなります」
中将は両手で頭を抱えながら言った。
「それは、他の司令官達には到底言えんよ・・」
「ならばせめて、人間と同じように大切にする、と・・」
「そうではない。大事にしろ、会話をきちんとしろと言えば必ず情が出る」
「もちろん。それが大事だと思いますので」
「情の移った艦娘達に武器を持たせて出撃命令をかけられる程、神経の太い司令官ばかりではないのだよ」
「しかし、事実として出撃させている訳ですから・・」
「・・提督」
「はい」
「民間人司令官の採用が始まっている事は知っているな?」
「ええ。私の着任とほぼ同時期でしたね」
「現時点で500人採用したが、既に23名も去っている」
「え?」
「仕事が面倒だとか、反対勢力にうんざりしたとかいう例もあるが、一番の原因は」
「は、はい」
「・・育てた艦娘達をもう傷つけたくないといって、ノイローゼになってしまうんだよ」
提督は腕を組んだ。
元々司令官の任務は書類仕事のみならず調整も多いので、基本的にハードワークである。
そして、軍艦が丹精込めて作られたからか、その船魂である艦娘達はいずれ劣らぬ美少女揃いである。
年端もいかぬ子達を何度も傷つけたくないというのは解らなくも無いと提督は思った。
中将は紙巻煙草に火をつけた。
「提督の言う事は解る。味方に対して高圧的にブラック労働を強いる司令官は害悪でしかない」
「はい」
「それは面接なり、着任後の評判で弾き出していくしかないんだが・・」
「はい」
「大事にしろというと、ますます廃人になる司令官が増えてしまいかねん・・」
「・・・」
「さらにいえば、つい先日の事だが」
「はい」
「艦娘と駆け落ちした司令官が捕まった」
「・・は?」
「秘書艦に一目惚れした司令官が、人間になった元艦娘と鎮守府から脱走したのだよ」
提督は絶句し、中将は深い溜息を吐いた。
「軍人はスパルタ過ぎて艦娘に不評だからと民間から採用した結果がこれだ。もうどうして良いやら解らん」
「その・・中将殿」
「うん?」
「大変なお仕事をなさってますね」
「・・提督」
「はい」
「そっちが順調なら、半年くらいで切り上げて戻ってこないかね?」
「今のお話から察するに、戻った後は至らない司令官達の教育ですよね」
「そうだな」
「ふんぞり返る軍人か、過保護な司令官達の、ですよね」
「ま、まぁ・・そうだ」
「・・私で、その人達に勝てるとお思いですか?」
「・・・」
中将はジト目で提督を見た。
提督は肩をすくめた。
中将は溜息を吐きながら口を開いた。
「・・無理だな」
「仰る通りです。事務屋風情が何抜かすと罵られるか、ボクもうヤダと言って脱走されるかでしょう」
「それじゃ誰がやってもダメじゃないか・・」
「はい。誰かが短期間やって何とかなる程、人間はそう簡単に変わりませんよ」
「君の人間に対する低評価ぶりは全く変わらんね」
「低評価と言いますか、人間はミスをし、私利私欲に弱く、自分が大事で、3つ子の魂100までなんですよ」
「それじゃ司令官養成幼稚園でも作るかね?」
「なるほど。保母さんに艦娘を混ぜて、子供の頃から艦娘と触れ合わせるのは良いかもしれませんね」
「冗談位解ってくれ」
「おや、良い案だと思ったのですが」
中将は額を押さえながら溜息を吐いた。
「それはもう良い。ところで、あの鎮守府の沈静化は出来そうかな?」
「ええ。軌道修正は行いました」
「乱れた原因は・・なんだったかね?」
「司令官です。3人の司令官それぞれにありましたが、特に2人目が酷いですね」
「最初の司令官もかね?」
「ええ。艦娘に対して余りにも情報を提供せず、一人で抱え込み過ぎた」
「うむ」
「結果として3人の司令官全てから信用されていないと艦娘達は考えたのです」
「うむー」
「あとは、轟沈させられた子達の怨念もあったようですね」
「お、おいおい、オカルト系は881研究班だけにしてくれ」
「残念ながら体験してしまったので、実話です。リポートをご覧になりますか?」
そう言って提督は鞄から封筒を取り出そうとしたが、
「あ、いや、それは、良い・・その類は苦手だ」
「そうですか・・ところで中将殿」
「うん?」
「艦娘達に戦況を聞いてあげる、というのは手軽で効果的です。それがあれば艦娘達は安心する」
「・・・」
「私が申し上げた方便をごり押しすれば海軍の建前は守れるはずですよ」
「艦娘は軍人にあらず、か」
「ええ。そういうことです」
「多少なりともそういう運営に興味のありそうな司令官に指示してみるか・・」
「あと、艦娘達を良く見ると、その性格は軍人タイプではない場合が多いです」
「ドライではない、という事か」
「ええ。割り切るのが苦手で、仲間思いで、あれこれ悩み、泣く」
「・・確かに軍人として生きるのは辛いタイプだな」
「ですから、その配慮は必要かと」
「・・・ややこしいな」
「彼女達が協力してくれるのですから、軍も妥協が必要という事ですよ」
「うむ、よく解った。引き続き頼む。あぁ、これ、頼まれていた書類だ」
「ありがとうございます。ではまた、3ヶ月後に」
一礼して去ろうとする提督に、中将は声をかけた。
「提督」
「はい?」
「命の危険は、感じてない、な?」
提督はにこりと笑った。
「ええ、大丈夫だと思いますよ。それでは」
パタン。
中将は次の煙草に火を付けながら思った。
提督が失踪したり撤退判断をしたら、あの鎮守府は取り潰すつもりだった。
不謹慎極まりないが、提督が1週間もたたずに亡骸になる方に賭けた者まで居た程だ。
だが、提督の話を聞く限り、鎮守府は体制を立て直しているし、実際戦果をあげつつある。
自分でもどうかしていると思ったが、提督を司令官として送る策は正しかったらしい。
「固定観念を捨てよ、か。大将殿が良く仰っているが・・」
中将はふと、司令官育成幼稚園の話を思い出したが、首を振った。
「い、いやいや、ありえん。ありえんよ・・」