片付けの済んだ食堂で、菊月、提督、そして叢雲の3人が居残っていた。
提督は菊月を見ながらゆっくり話し始めた。
「さて、菊月さん」
「うむ」
「MVPおめでとう。希望する物、あるいは事を聞かせてくれるかな?」
「・・・あ、あの」
「うん」
菊月はしばらくもじもじしていたが、やがて顔を上げて言った。
「提督は・・私達を大事にしてくれる」
「そうあろうとしているよ」
「今でも十分そうだ。だから、その、まだここに着任していない姉妹達も、呼んでやりたい」
「・・そっか」
「最近、Lv上げを兼ねて他の鎮守府の子達と演習をする事も多いのだが」
「うん」
「も、もちろん演習相手だからというのもあると思うが、その、目が、楽しそうじゃないんだ・・」
「というと?」
「なんというか、感情を押さえてると言うか、諦めているような感じなのだ」
「・・・ロボットみたい?」
「そ、そこまで無感情ではない。一応会話は成立するし礼儀も正しい。だが」
「だが?」
「さっき提督が言った、指示書を完璧に信じ、死の選択すら躊躇わないような気がするのだ」
「・・・」
「別に具体的な証拠や事例がある訳じゃないから考え過ぎかもしれない。でも、楽しそうには見えないんだ・・」
「なるほどね」
「私達は姉妹艦が多い。だから全員となると鎮守府の負担が増えるのも解る。で、でも」
「出撃の時に出会ったり、建造した結果来てくれたら、なるべく置くようにしよう。それで良いかな?」
「あ、あぁ。それで良い。もちろん、重なってしまったら仕方ない」
「うん。ローカルルールだけど、そこはごめんね」
「い、いや、良い。ルールはルールだ。気にしないでくれ」
「解った。それはそれで良いんだけど、すぐ叶えられる物ではないから副賞っぽくないね」
「・・え?」
「他に何かない?」
「・・提督」
「うん」
「大事にされていると実感出来る日々こそ何よりの褒美だ。深く感謝してるし、これ以上何も望まぬ」
菊月はそう言って、にこりと笑った。
提督は頷いた。
「・・うん。今後も君達一人一人に適切な運用を目指していくよ。約束する」
笑顔で握手する菊月と提督を見ながら叢雲は思った。
菊月って本当にストイックよね・・本当にあの文月の姉妹なのかしら?
こうして、皆で考えたプランを第1艦隊になった子達が出撃で実践し。
その結果をフィードバックし、戦術や必要な訓練を皆で考えてまとめる。
まとめた内容を提督に説明し、承認をもらった上で再び実施する。
出撃に必要な資源から遠征を割り出し、各班に命じるのも、文月と提督が相談して決めていった。
そんなある日。
「よし、ドックでチェックしてダメージ1でもきちんと治してね。お疲れ様!」
いつもの通り提督がそう言って第1艦隊の皆が出て行った後、文月は提督に訊ねた。
「お父さん」
「なんだい、文月?」
「ダメージ1でも入渠というのは趣味だってお父さんは言ってましたけど、本当の目的はなんですか?」
提督は文月を見返してふうむと考えながら言った。
「ショッキングな話だけど、それでも聞きたい?興味本位で聞く話じゃないよ」
「解りました。でも興味本位じゃないので聞きたいです!」
「他の子にはナイショ。守れるかな?文月」
「はい」
「解った。結論的には入渠を当たり前にして、修理する事を恥ずかしくない事だと思ってもらう為だよ」
「恥ずかしくない・・事?」
「天龍なんかは最初、簡単な修理をするのも艦隊から外す事と同義にとらえて凄く嫌がったんだ」
「はい」
「でも、事実として、駆逐艦や軽巡の耐久力はそれほど高くない」
「・・そうですね」
「戦艦の1のダメージは2%未満だが、駆逐艦の1のダメージは下手すれば8%近い。2で16%だ」
「はい」
「戦艦の4倍の速さで傷つくと考えれば、ダメージコントロールはよりシビアになるべきだよね」
「そうですね」
「もう1つ。どうも深海棲艦は、破損している艦娘に集中砲火する傾向があるらしい」
「集中・・砲火?」
「うん。ダメージ0の子に比べて、ダメージ1以上の子の被弾率は格段に上がるんだよ」
「え・・」
「ほら、鮫って怪我した人間の僅かな血を察知して襲ってくるって言うじゃない」
「は・・はい」
「だからダメージを0にして、集中砲火される確率を減らしたいんだよ」
「どうしてそれを皆に内緒にするんですか?とっても大事な事ですよ?」
「それを聞いたら怖くならない?特に戦闘中に被弾した場合」
「・・あ」
「深海棲艦達が寄ってたかって撃ってくるなんて思ったら、結構怖いと思うんだよ」
「・・・」
「だから内緒にしてるんだよ」
砲撃でダメージを食らった自分に次々と深海棲艦が群がってくる絵図。
文月は想像し、ふるるっと身震いした。
「あーほら、言わんこっちゃない。怖くなったでしょ~?」
「・・ごめんなさい、お父さん」
文月がひしと抱き付いて来たので、提督はぽんぽんと背中を撫でた。
「だから、ダメージ0で出撃しなさいというのは私の趣味。そういう事にしてるんだよ」
文月はこくんと頷きながら思った。
お父さんは自分が批判される事と引き換えに、艦娘達が怯える事を防ぎつつ対策を打ったのだ、と。
他にも色々、お父さんは策を打っているのだろう。
「・・ありがとう、お父さん」
「気にしなくて良いよ」
提督は文月の震えが収まるまで、ずっと優しく背中を撫でていた。
「アンタ、どんな悪い事したの?」
「は?」
叢雲が1枚の紙を手に提督の前に仁王立ちした時、提督はきょとんと首を傾げた。
「でなきゃこんな指示が来る訳無いじゃない」
そう言いつつ叢雲が見せたのは、大本営への出頭命令だったのである。
提督はぴしゃりと額を叩きながら言った。
「あーしまった!もう3ヶ月か」
「どういう事よ?」
「あー、私が来た経緯は説明したでしょ、叢雲さんには」
「ええ」
「経緯を聞かされた時、私はこの鎮守府の騒動を鎮めろとも言われてたんだよ」
「まぁ解るわ。あれだけ荒れに荒れてたらね」
「今となれば100%司令官のせいだって解るけど、赴任前には君達にも疑いはあったんだ」
「そりゃそうでしょうね」
「だから、私の生存確認と経過報告を兼ねて、3ヶ月に1回出頭しろって言われてたんだ。忘れてたよ」
「中将がそう命じたの?」
「いや、大本営の上層部会で決まったらしい」
「ふうん」
「まぁそういう訳だから、一緒に行こうか」
「解ったわ」
大本営から呼び出しがかかった場合、司令官の護衛を兼ねて秘書艦が同行するのが普通である。
「指定時間は・・ありゃ、明日の朝の定期船で行かないと間に合わないね」
「じゃあ夕方までには出張の支度を整えておくわ。日帰りよね?」
「そうだね。持参する書類は私の方で用意するから他の準備を頼む」
「良いわ。任せておきなさい」
叢雲は提督室を出る時、僅かに頬を染めていた。
提督と初めて二人っきりで外出なんて、なかなか悪くないわね。大本営内だけだとしてもね。
叢雲はくすくす笑いながら、出張用の鞄を引っ張り出した。
お土産・・買う時間あるかしら。そもそもお土産売ってるのかしら。
前回は随分前だったから忘れてしまったわ・・
叢雲は大本営の敷地案内図を見ていたが、やがてあっと小さく声をあげた。