ならば、この話は既に15巻目に突入してるんだなあと感慨深かった冬の夜でした。
龍田は会議費抑制の目的を達したので、ちょこんと元の席に戻った。
龍田が議論に加わると相手を瞬殺してしまうので、討議には参加しない。
ゆえに提督と共に良い発言をした子をピックアップする役を引き受けている。
その報酬として好きな甘味を2個受け取っている。
(うち1個はもちろん天龍にあげ、二人で仲良く食べている)
提督の秘書艦である叢雲も細かな雑用を行っているので積極的には議論に介入しない。
(当日食べられない分、大好きなプレッツェルの大袋を買ってもらう事で帳消しにしている)
ゆえに第1班のメンバーは実質半分しか居ない。
とはいえ。
残るは提督と日常的に戦略を話し合っている文月と、着任初日から提督に単独論戦を挑んだ不知火である。
ここで神通率いる第3班との議論の様子を見てみよう。
神通は説明の最終盤に差し掛かっていた。大丈夫。この案ならいける筈!
「・・そして、この島を回ったら魚雷をこの方向に発射します」
「ふんふん」
「すると敵は魚雷に挟まれる格好になり、停船を試みると思うので、その時にタイミングが合うよう移動します」
「そうですか」
否定的意見が飛んでこないので神通は畳みかけるように一気に説明した。
「わっ、私達はその後、こちらからこう回って、最後の1発を発射し・・敵を撃滅します。えと、あの、以上です」
「なるほど。では不知火から質問です」
神通はごくりと唾を飲み込んだ。質問が早いからだ。
で、でも、議論の練習は沢山してきた。
「は、はい。どうぞ」
「魚雷を計8本撃つ事になりますが、皆様は3連装ですから6本しか積んでいないのでは?」
「いっ、今はそうですが、4連装魚雷に換装する前提です。すみません。説明が抜けました」
文月がにっこりと笑いながら手を挙げた。
「はーい、私からもしつもーん」
「ひっ・・ど、どうぞ」
「4連装魚雷なら、ここで4発目と5発目を同時に撃つ事になりますけど、次発装填分の時差が出ませんか~?」
菊月がしまったという顔になる。つい3連装魚雷の感覚で数えていた!
「ぐっ・・その通り・・だ」
文月の言葉を不知火が海図を指しながら継ぐ。
「ここで挟み込めない場合、次の6発目と7発目を同時に撃っても、こう・・逃げられるのでは?」
「うぐっ」
「でも~、ここで撃つ魚雷の3発目を主砲に変えられますよね~」
「えっ・・あ」
「だとすると、連撃が3発目と4発目、5発目と6発目になるので次発装填の時間が出来ます」
「な、なるほど」
「ただ、それでも連撃2回目の5発目を撃つまでにもう少し時間的余裕が無いと厳しいですよ~」
「うーむ」
「もう1つ、こう行ってからここまで回り込む場合、燃料の残存余裕がかなり少なくなりますね」
「あ」
「確かに回避運動等をし続けたとしても間に合うとは思いますが、もう少し余裕を持ちたいですね」
皐月が眉をひそめた。
「そうだね・・夜戦までもつれ込んだ時を考えると不安だね」
考え込む神通達を、文月はにこにこと、不知火は真面目な目でしばらく見つめた。
やがて知恵熱でふらふらになった神通が呟いた。
「・・すみません。降参です」
文月が首を傾げながら言った。
「残存燃料との兼ね合いを考えた場合、ここで停船して、島を挟んだ敵に島影から主砲を撃ってはどうでしょう?」
菊月が上目遣いに文月を見た。
「・・島影から撃つのでは敵に当たったかどうか解らないのではないか?」
「そうですね。ですから島のこっちからこっち、敵の進行方向後方から前方に向かって、順番に撃って行くんです~」
「へ?」
不知火が続けた。
「途中で当たれば良し、当たらなくても目の前に追い出せますから至近距離から魚雷で仕留めれば良い」
如月が頷いた。
「主砲は単に島影から追い出す為のフェイクなのね」
「はい。3発目を主砲に変えればこの時点で丁度4本魚雷を撃ってるので、主砲で追い詰めつつ次発装填しておけます」
「なるほどな」
「とするとここから出てきた敵に2発まとめて撃ちこめますから、当たる確率もアップです~」
菊月は海図を睨んでいたが、はっとしたように手を挙げた。
「ま、待て。砲撃の移動が敵速度より早い場合、島のこちら側から出て来ず、こちらから出て来るかもしれないぞ?」
「お~、そうですね~」
「だっ、だから・・ええと・・そうだ、2手に分けてそれぞれに向けておくというのはどうだ?」
「1隻当たりは1ヶ所を睨んでおけば良いように、ですね?」
「そうだ」
文月は納得したように頷いた。
「なるほど~」
「その方がより対処能力は上がりますね。良い改造です」
不知火はそう言って、菊月を見てにこっと笑った。
菊月はバクバク鳴る自分の心臓を押さえた。この二人に論戦を挑むのは戦闘よりキツイ。
おかげで随分出撃時に冷静でいられるようになった。プレッシャーへの訓練にはなるが心臓には良くないな。
龍田は興味深そうに文月と不知火を見た。
この子達、まるで互いの考えが解るかのように自然に交互に話してるわね。
姉妹艦だとたまにあうんの呼吸ってパターンがあるようだけど、珍しいわね。
こうして、会はまとめの時間を迎えた。
「じゃ、次回の海域での戦術は、以上3プランでやってみようと思う。ただし毎回言ってるけど」
「全部役立たずかもしれないから出撃以降もちゃんと見て考えろ、だろ?」
「その通りだ天龍。皆も良いかな?」
「はい!」
「ん、よし。では最後にMVPの発表です」
そう。
提督は出撃や遠征以外の、こういう討議の場でもMVPを選出する。
それは必ずしも最も優秀な案を出した子とは限らず、
「今日は菊月さ~ん」
菊月は目を白黒させた。
「なっ?!わっ、私か?」
「文月達のプランの問題点を指摘し、短時間できちんと対策も打てたよね。そういうことです」
「あ・・でも・・案としてはほとんど文月達の物だぞ」
「うん。文月達の案は良いものだけど、文月達の実力に対する期待値通りとも言える」
「・・」
「対して菊月は私の期待以上の活躍をした、という点を評価したよ。次からも期待しているよ」
菊月はポッと頬を染めながら俯いた。
「そ、そう、か・・」
「だから菊月は終わった後ちょっと残ってね」
提督は皆に向きながら続けた。
「皆、それぞれ成長速度は違うけど、随分進歩してきたし、議論も活発になってきた。大変良い事だと思う」
「・・」
「神通」
「は、はい」
「植物と動物の差はなんだと思う?」
「え、えーと、酸素を作れるか否か、でしょうか」
「それも正解。他にあるかな?」
「え、あの・・」
「うん。後は自ら考えて移動できるか否か、という事があるよね」
「はい」
「我々は考えるからこそその考えに従って動く事が出来る。だから考える事は命を守る事でもあるんだ」
「・・指示書に従うという事もあるかと思いますが?」
「そうだね。内容を見て、従っても良いだろうと考えた結果、従うのなら良いよ」
「あ」
「絶対に盲目的に従う事だけはしないで欲しい。命令そのものが間違ってる可能性だってあるからね」
「・・・」
「だって・・」
提督はすっと自分を指差した。
「私がいつもいつも100%正しい事を言ってるように見える?」
皆が声を揃えて言った。
「全く見えません!」
「・・うん、良い返事で涙が出るね。だから、指示書は絶対正しいなんて信じないでね。ちゃんと考えてね!」
「解りました!」
摩耶はポリポリと頬を掻いた。
こんな事、他の司令官が聞いたら卒倒すんだろうな・・・
多摩は深い溜息を吐いた。
他鎮守府の子と演習後に話したけど、訓練も実戦も命令通りするだけだって言ってたにゃ。
こんなに真剣に考え続ける事を命じられる鎮守府ってここだけのような気がするにゃ・・