前の晩。
新しい目標を提督が説明した後、龍田が言葉を継いだ。
「私達は、明らかに他の鎮守府のやり方と異なる運命を歩む事になると思うのね~」
「その違いは並大抵のものじゃないし、吹っ切れる事が大事だと思うのね~」
摩耶はうんうんと頷いていた。
龍田は言葉を続けた。
「だから皆で、少なくとも1人1回はバンジージャンプをしてもらおうと思うの~」
摩耶はぎょっとした顔で龍田を見た。
「え?何?バンジージャンプ?」
「そうよ~」
「どこまでやりに行くんだよ?」
「敷地内にあるわよ~?」
神通達が不安そうな表情になる中、摩耶は加速度的に青ざめながら言った。
「な、なぁ、新入りは全員飛ぶとして、あ、アタシはさ」
「最低、1人1回、よ~」
「な、なぁ、重巡はほら、皆より兵装とか重いじゃん。設備痛んだら悪ぃしよ」
「あぁ、大和型戦艦でも耐えられるように作ってあるから心配要らないよ」
摩耶は歯を食いしばった。余計な事言うな提督!
「あらぁ、もしかして摩耶ちゃん、怖気づいちゃったかしら~」
「ふっ!ふざけんな!あ、ああ、アタシは怖くなんかねぇ!」
「そうよね~、天下の対空無双重巡、摩耶ちゃんだもんね~」
「おっ、おう!その通りだぜ!」
「じゃあやった事が無い皆さんは、明日0900時に工廠に集まってね~」
ちくしょう、とんでもない事になっちまったぜ・・
しょぼんとする摩耶の耳元で、天龍がぽつりと言った。
「俺は足がすくんでガタガタ震えたぜ。下から吹き上げてくる風が怖ぇのなんのって・・」
「やっ!やめろ!事前に怖い情報を言うな!聞きたくねえ!」
だが、摩耶がショックを受けたのは電のこの一言だった。
「わ、私達は何回か練習してますし、提督も何度も飛んでいるのです」
「は?」
「え?」
「て、提督も・・やってるのか?」
「はいなのです」
言っちゃ悪いが、艦娘でも何でもないあのオッサンが!?
摩耶は額を手で押さえた。
ダメだ。ここで拒否したら
「あの提督でさえ出来た事を出来なかった残念な艦娘」
という烙印を押されちまう。
摩耶は歯を食いしばった。
ほんっと、余計な事をしやがって、あんの提督野郎!
アタシは高いところが超苦手なのに・・・
苦りきった顔で周囲を見回すと、神通や菊月達3班は興奮気味に話している。
くそ、楽しみだと!?信じられねぇよ。
ふと目を向けると、球磨と多摩が押し黙っている事に気づいた。
摩耶はすすっと近づいて訊ねた。
「な、なぁ、もしかしてお前達・・」
「高い所は苦手だクマ」
「高い所まで登るのは良いけど、飛び降りるのが苦手、にゃ」
摩耶は思わず拳を握った。
お仲間発見!
「よ、よし、明日は3人で順番に飛ぼうぜ」
「なんでにゃ?」
「お、俺も・・苦手なんだ」
球磨と多摩、そして摩耶はガッシリと固い握手を交わしたのである。
摩耶は目を開けた。
そして自分が重巡である事を心から呪った。
なぜなら5m下の飛び込み台から、球磨と多摩が不安げに見上げているからである。
「は?何でアタシだけ20mなんだよ?」
朝、龍田から渡された資料には、確かに摩耶だけ20m台に行くよう指示されていた。
食って掛かる摩耶に龍田はニコッと笑いながら返した。
「艤装の落下耐性がね、潜水艦、駆逐艦、軽巡、軽空母は15mまで、それ以外は20mなの~」
そりゃないよと口を開きかけた摩耶に、龍田はとどめを刺した。
「提督は20mから何回も飛んでるから、教えてもらう~?」
なん・・ですと・・?
てっきり提督特権か何かを使って5m位から飛び降りてるのかと思ったのに!
一番高いところから飛び降りてるだと!?
くううぅぅ・・ほんと・・ほんっとーに余計な事しやがって提督野郎!
「ふえっくしっ!」
提督は提督室で大きなくしゃみをした。誰か噂してるのかなあ。
「何?昨日裸で寝たりしたの?」
「してないよそんな事」
「そ。じゃあ今日の勉強を始めるわよ」
「はーい」
「間抜けな返事をしない!」
「はい!」
ひゅうぅうぅうぅうう・・・
提督しか使った事が無い20mの飛び込み台で、摩耶は手すりを握り締めていた。
握る力が強すぎて手が真っ白になる程だ。
だが、摩耶はあるものを見つけ、ぷっと吹き出した。
そして、
「よぉし!みなぎってきたぜ!やるぞ!」
と言い、ひょいと宙に身を躍らせたのである。
「凄いにゃ!良くあの高さから飛び込んだにゃ!」
「1人で良くスパッと飛び込んだクマ!尊敬したクマ!」
「いやぁ、どうって事ねぇよ。にししっ!」
球磨と多摩にベタ褒めにされつつ、摩耶はニヤリと笑った。
提督の秘密、見ちゃったもんね~
その時。
「やぁ皆、様子を見に来たよ。もし気分が悪くなったりした子はドック行ってね~」
提督が叢雲を従えてやってきたのである。
んふふん。
摩耶はそっと提督の傍に行くと、
「こっわいけど~、しょうがないんだ俺の道~」
と、ぽそりと呟いた。
その途端にカキンと提督が固まり、ギギギと摩耶に向き直ると
「・・・見たね?」
「おう。バッチリな」
「あぁ、そうか。摩耶は20mだもんな」
「おぅ!提督も怖かったんだな~」
そう。
先程摩耶が言ったのは、20m飛び込み台の手すりに提督が書いた落書きである。
握り締めた丁度その位置に書いてあったのである。
そして、それを見た摩耶は勇気100倍で飛び込んだのである。
「当たり前だろ。最初飛んだ時は走馬灯が見えたぞ」
「なんだってバンジーなんか作ったんだよ。前からあったのか?」
「純粋に落下耐性向上というか、訓練の為だよ」
「そんなに荒れた海でも出撃させたいのか?」
「違う。例えば崖っぷちで撃ってから飛び込んで逃げるといった事が出来るようにして欲しいんだ」
「なんでだよ?」
「陸に上がって砲撃するという選択肢を作る為だよ」
「・・艦娘が、だろ?」
「あぁ」
「じゃあ何で提督が20mから落ちる必要があるんだよ」
提督は溜息をつきながら言った。
「龍田さんにやらなきゃ殺すと脅された」
摩耶は額に手を置いた。どういう状況か手に取るように解る。
龍田が殺気だった時の迫力というか押しの強さはハンパじゃないからな。
自分と似たような境遇じゃないかと思い至った時、摩耶は急に提督が可哀想に思えてきた。
「あー、その、災難だったな、提督」
「ありがとう。あれを解ってくれるのは今の所摩耶だけだよ」
「20mは、15mとは違ぇよな」
「ああ。あの2つ目の登り道からが怖いのなんのって」
「マジで崖のてっぺんから落ちる感じだもんな」
「ていうか、崖より更に上の空中から飛ぶ感じしない?」
「そう!そうだよ。だから風が四方八方から吹いてくるんだ!」
「それで微妙に飛び込み台が揺れるだろ?」
「揺れる揺れる!そうそう!」
摩耶は思った。なんだ、提督って結構良い奴じゃん。
自分は快適な部屋に居てあれこれ指図するってのが普通の司令官だ。
でも提督は、ちゃんと自ら足を運び、やれる事はやる。
「なぁ、提督」
「うん?」
「アタシが技術教育で聞いてきた対空兵装の使い方、他の奴らにも教えて良いだろ?」
「勿論だ。対空戦はとても重要だからな。後、出来れば」
「ああん?」
「対空兵器を対空以外にも応用する方法も考えてみてくれないか?」
「対空・・以外に?」
「そう。三式弾で相手の駆逐艦を攻撃するとかさ」
「何でだよ?」
「相手の意表をつけるし、いざという時の選択肢に出来る。メリットは多い」
「それも、轟沈がありえない運用って奴に役立つのか?」
「選択肢が多いほど生き残る率は上がるからね」
摩耶はフンと鼻を鳴らした。
「よぉし、アタシがちゃんと兵器の構造も勉強してきた事を証明してやるぜ!」
「任せたよ」
提督と摩耶は頷きあった。