シュッ・・シュッ・・パシュウゥゥゥゥ・・・
慰霊碑は岩を削って作られており、見上げるほど大きなものだった。
周囲はうっそうとした木々に囲まれており、どことなくうすら寒い場所だった。
持参した竹箒で慰霊碑やその周りを掃き清めた後、提督はマッチを擦って火を起こした。
その火から蝋燭へ、蝋燭から線香へと火をつけた。
3人で頭を下げて黙祷していると、
「あら~、提督も来てたの~?」
振り向いた先に居たのは龍田、電、文月、そして摩耶であった。
「・・轟沈は、事故でも、事件でも、とても嫌なものだ」
提督がそっと、慰霊碑に向かって語りかけた。
「幾つもの鎮守府で、沢山の轟沈を見て来たけど、一番やってはいけない事だと思う」
天龍達も慰霊碑を見上げた。
「あぁ。残された側も、ほんと、辛くてたまんねぇ・・」
「どうにかして、根本的に轟沈する可能性が無い方向にしていきたいね」
龍田が提督に訊ねた。
「・・どうやるの~?」
「正直、今は全く見当もつかないけど、いつか実現したい。それが、私が出来る弔いだと思う」
「随分時間がかかりそうね~」
「かかっても、やる。・・・そうだね、決めた!」
首を傾げる面々に提督は向き直って言った。
「轟沈がありえない運用を目指す!これをうちの鎮守府の目標とする!皆、力を貸してくれ!」
天龍達はくすっと笑った後、
「はい!」
そう、声を揃えた。
すると。
「!」
慰霊碑がまばゆいばかりの光を放ち始め、提督達は思わず目を瞑った。
電はその時、確かに耳にした。
「お願い・・必ずやり遂げてね」
という、小さな、優しい声を。
やがて光が失せた後、提督達はそっと目を開けた。
すると慰霊碑はそこに無く、空気は爽やかになり、あちこちから日が差す普通の森になっていた。
「あ・・れ・・う、うそだろ・・え?」
天龍は血走った目で刀を構えたまま、くるくると周囲を見ている。
どちらかと言うと警戒というより怯えきっている感じだが。
文月はぽかんと口を開けたまま呆然としているし、摩耶も文月の頭に手をやったまま動かない。
電だけは微笑みながら頷いていた。
提督が叢雲に訊ねた。
「な、なぁ・・この慰霊碑って誰が作ったの?」
「えっ?」
「・・だって自然には出来ないでしょ?」
「そ、そうなんだけど・・」
互いに目線をかわしつつ考え込む龍田と叢雲に、提督は首を傾げた。
「ま、引き上げようか」
摩耶は昨日の文月の様子を思い返し、ぶるっと寒気がした。
いや、まさかそんな。
だけど、それ以外になんて説明すりゃ良いんだ?
ぞわぞわ来る寒気から気を紛らわせる為、摩耶は天龍に声をかけた。
「おい、何してんだよ。置いてくぜ?」
天龍が涙目で飛んできた。
「う、うわ、止めてくれ!一人にするなよぉお!」
「そんなにガッシリ掴んでくるな。痛ぇって!」
摩耶は天龍を叱りながら思った。
あぁ、やっぱり天龍が居るとラクだな~
「は?わしはそんなもん作っとらんぞ」
道中、工廠長かなという結論になった面々は、あっさり工廠長から否定された。
提督は重ねて訊ねた。
「慰霊碑はいつからあったんです?」
「そもそもそんな慰霊碑なんぞ知らんぞ?」
「えっ?」
「えっ?」
提督は首を捻りながら天龍に向き直った。
「な、なあ、ずっと墓参りしてたんだろ?いつからだ?」
「そ、それがさ・・なんか記憶が曖昧なんだよ・・」
「え?だって、司令官を追い出した日なんだろ?」
天龍は手で額を押さえながら言った。
「いや、それが、よく考えたら月も日も違うし、あの時俺達は花を海に流したんだよ」
「え?」
「だって最初の司令官が亡くなった事も含めて秘匿事項だから、外から葬儀屋とか石屋呼ぶわけにもいかねぇし」
「となると、慰霊碑を外部に発注したって可能性も・・」
「ねぇよ。外には一切言ってねぇ」
提督はごくりと唾を飲んだ。
「だ、だとしたら・・え?じゃああれはなんだったの?」
沈黙の中で頭の中で思いをめぐらせ、1つの結論に達した面々は、すうっと青ざめた。
他に説明しようが無い。
オイルの切れたロボットのようにグギギと首を回しつつ、天龍は龍田に話しかけた。
「た、たた、龍田」
珍しく青ざめた龍田が目だけ動かして天龍を見る。
「な、なに?天龍ちゃん」
「も、もしあの時、提督があぁ言わなくて、い、慰霊碑が光らなかったら・・」
「ず、ずっと・・お参りを続けるだけで・・済んだら良い方だったかもね」
「そ、それってさ・・つまりさ・・」
「あ、あの子達の・・怨・・」
工廠長はポリポリと頬を掻いた。
「なんにせよ、消えたのなら満足したという事じゃろうよ」
工廠長の言葉にいち早く飛びついたのは文月だった。
「そ、そうですよね!」
天龍は胸を押さえながら言った。
「良かった・・まじで良かった・・お化けは勘弁だぜ」
電が頷いた。
「命を奪う事はとっても怖い事なのです」
摩耶は電に訊ねた。
「お、お前は、なんか怖がってねえよな。さっきのあれ、どう思うんだよ・・」
「きっと皆、提督がどんな人か心配だったのです。そしてお話を聞いて納得してくれたのです」
提督は頷いた。
「轟沈がありえない運用を目指す。うん、いつか、何とか実現したいね」
電は提督にとことこと近寄り、言った。
「まずは、深海棲艦の皆さんに話を聞きたいのです!」
「話し合いで事態が解決出来たら理想的だしね。他にも色々考えて行こう!」
「はいなのです!」
工廠長は苦笑した。
そんな方法があったらとうの昔に大本営がやってそうじゃがの。
まぁ、この提督なら、あるいは・・いや、持ち上げすぎかの。
そして海原を見て言った。
「第2艦隊・・神通達が帰ってきたのぅ」
提督達もつられて海原を見た。
神通達の後ろには見た事も無いほどに妖しくも美しい、夕日と赤紫に染まった空があった。
「西方浄土、とはよく言ったものじゃの」
提督達は大きく手を振った。
気づいた神通達もスピードを上げ、手を振りかえした。
「よし、今日の夕食時に皆に目標の事を話そう!」
提督はニコッと笑って頷いた。
摩耶は提督の隣に立って話しかけた。
「ならさ、この鎮守府に着任する奴にハッキリさせといたほうが良いぜ」
「何を?」
「この鎮守府が他所とは明らかに違う道を進むって事をさ」
「歓迎会の時に言ったように、ちゃんと説明してるけど?」
「あーいや、もうちょっと、何て言うのかな。根本的に違うんだって理解出来るような」
「んー・・」
「一発でデカいインパクトを与えられるようなものねぇか?ここならではでさ」
龍田が微笑んだ。
「あらぁ、ピッタリの物があるじゃないですか~」
提督と摩耶は龍田を見た。
翌日。
「こ、ここ、こりゃ確かにここならではだし、一発で思い知るけどよ・・・」
摩耶は20mの飛び込み台で歯を食いしばりながら下を見た。
洒落にならねぇ。
なんでバンジーの設備なんて鎮守府にあるんだよ!?
イカレてるとしか思えねぇ。
それに。
「何でアタシがやらなきゃいけねぇんだよぉぉおおお!」
摩耶は思い切り叫んだ後、ぎゅっと目を瞑った。
とほほ、何でこんな事になっちまったんだ。