艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード19

 

天龍はいつの間にかぼうっとしつつ、言葉を続けた。

「今日は2人目の、司令官を追い出した日で・・あいつらの命日って事にした日・・なんだ」

「そうか。今日だったのか」

「なぁ・・提督」

「ん?」

「あいつらに・・一言、挨拶して・・くれないか?」

「そういえば昨日、慰霊碑があるって聞いたな。どこにあるんだい?」

「・・演習林の・・奥に・・ある」

叢雲は何か変だと思っていたが、妙に考えがまとまらなかった。

そして提督の声で考えは中断された。

「よし。叢雲さん」

「なに?」

「仏前に供える花束を買ってきてくれないかな。1対で」

「良いわ・・待ってなさい」

叢雲が出て行った後、天龍は提督と向かい合って茶を飲んだ。

ちょっともやもやが治まったが、さっき俺は何を言ったんだ?

はっきり思い出せねぇ。

くそ、眠くて仕方ねえ。何か喋ってないと寝ちまいそうだ。

ええと、何を言えば良いんだ?

やがて、天龍はぽつりと提督に言った。

「本人にこんな事言っても意味ねぇって解るけどさ」

「うん」

「提督は、俺達を裏切らないでくれよ。これ以上されたら、俺はもう、人間を信じられなくなっちまう」

提督は頷いた後、視線を逸らしながら話し始めた。

「・・今から言うのは、独り言だよ」

「ん?」

「例の司令官の現在なんだが」

天龍は目線を床に逸らした。もやもやが再び強くなる気がした。

「・・あぁ、窓際でヒマしてるのか?別の鎮守府で問題起こしたか?」

「確かに窓際に居るけど、先週から鉄格子のついた病室に行ったらしいよ」

天龍はふいっと提督を見上げた。

「は?どういう事だよ」

「五十鈴さんが例の司令官を送った異動先は、大本営資料室だそうだ」

「・・あんまり聞いた事ねェな」

「大本営の図書館は知ってるだろう?」

「・・た、たしか」

「まぁ良いよ。その図書館の地下にその部屋はあって、室長はヴェールヌイ相談役だ」

「!」

天龍がピクリとしたのをちらりと見て、提督は再び視線を逸らした。

「そう。あの、ヴェールヌイ相談役だ」

 

ヴェールヌイ相談役。

 

大本営の中でごく少数しか居ない駆逐艦娘の1人である。

大将とケッコンカッコカリをした雷と同期であり、この戦いの最初期からの生き残り。

表で活躍し続けている雷とは異なり、その存在や行動はほとんど明らかにされていない。

明らかにされている事は、ロシアで大改造を受けた最初の艦娘だ、という事だけである。

天龍は眉をひそめながら訊ねた。

「艦娘どころか大本営の中でも上から数えた方が早いお偉いさんだよな?」

「そうだね。大本営が持つ膨大な戦いの記録を全てその頭に収めてるお方だね」

「そんな所でぬくぬく・・え?じゃあなんで病院送りなんだ?」

「ヴェールヌイ相談役は五十鈴さんから何も聞かされずに司令官を預かって欲しいと頼まれたそうだ」

「・・あぁ」

「だが、どこかの間抜けな事務官がね、中将から聞いた話をうっかり全部喋っちゃったらしいんだ」

天龍はあの日の五十鈴の憤懣やるかたない表情を思い出し、ごくりと唾を飲み込んだ。

「・・う、うっかり?」

提督は頷いた。

「そう。資料を借りに行って相談役とばったり会ったらしくてね。話し込んでいたら、つい、うっかり、だそうだ」

「・・それで?」

「相談役はその時はそうかと仰っただけだったそうなんだが」

「あ、ああ」

「次の日から例の司令官は、ずっと、資料の移動を命じられたそうだ」

天龍が怪訝な顔をした。

「・・資料の、移動?」

「そう。第1資料室にある資料を配置を違えずに第2資料室に移動する」

「あ、あぁ」

「次の日は第2資料室に移動した資料を同じく配置を違えずに第1資料室に戻す」

天龍がますます首を傾げた。

「それで?」

「後は延々とその繰り返しだったそうだよ。毎日、毎日」

「そんなの適当に運んだってバレねぇだろ?」

「相談役は全ての資料の保管位置をご存知だから、1冊間違える毎に鞭打ち1回だったらしい」

「う、うわぁ・・」

「1箇所でも間違えれば鞭打ち。終わらなくても鞭打ち。完成させても翌日には全て元通り」

「・・・」

「まぁそれで3週間ももったんだから、よく耐えたほうだよ」

「な、なぁ提督」

「うん?」

「その仕事に何の意味があるんだ?」

「何も無いだろうけど・・見方を変えれば」

「変えれば?」

「極めて高い確率で・・作業者を発狂させられる事くらいかな」

天龍は遠くを見ながらにいっと笑う提督を見て、どっと冷や汗が出た。

そうだ。

ヴェールヌイ相談役は「ロシアで」改造を受けた。

そして、その艤装を使いこなすまで、かなり長い事滞在していた筈。

ヴェールヌイ相談役の、ずば抜けた記憶力。

まさか・・

「あ、あのさ、提督」

「うん?」

「ま、まさかその作業って・・ロシア式の・・」

提督は頷いた。

「拷問だね。本場では泥地に穴を掘っては埋めさせるんだけど」

「つ、つ、つまり相談役は・・・」

「どこかの事務官がうっかり話しちゃった内容をそれはそれはお怒りになったという事だろうね」

天龍はごくりと唾を飲んだ。

さっきから提督は、やけに「うっかり」に力を込める。

だが、強調すればするほどうっかりとは思えなくなってくる。

さらに、さっきから他人事のように話しているが、どう考えてもその事務官は提督に決まってる。

「あ、あの、さ、提督・・」

「うん」

「提督自身はさ、その、ど、どう・・思ってんだ?」

「20人も・・沈めてくれやがった事?」

低い声でむわりと殺気立つ提督に天龍は手を振った。

提督が本気で怒ったら怖いかもしれない。

「あ、も、もう良い、充分解ったよ・・」

「そう?あ、そうだ。天龍」

「な、なんだよ?」

「この独り言は最高機密だ。聞いちゃったのは仕方ないとしても、他の人には秘密ね」

「へ?」

「他の人に漏らしたら相談役から手紙が来るよ。2ヶ月バイトしなさいって」

「に、2ヶ月?」

「まぁ、そんな長い間持ちこたえられないと思うけどね」

「持ちこたえる!?」

「うん」

天龍はゆらりと自分を見た提督の目にぞわぞわと鳥肌が立った。

まるで光が無い、死神の目だ。

そもそも、ロシア式の拷問はとにかく酷い事で知られている。

「そ、その、バイトって」

提督がニッと笑った。

「もちろん、資料の移動だね」

天龍がのけぞった瞬間。

 

ガチャリ!

 

天龍はその音を聞いて椅子から5cmは飛び上ると、がばりと床に手を着き、

「ひぃぃいぃぃぃぃいぃ!お、おお、お助けを、お助けを、お助けをぉおぉ・・・」

と、入口に向かって土下座したのである。

 

「・・・は?何言ってるのよあんた」

 

涙目で見上げた天龍の目に写ったのは、ぽかんとして2つの花束を抱えた叢雲だった。

 

事情を聞いた叢雲は溜息を吐くと今にも泣きそうな顔の天龍に向き直った。

「天龍」

「な、なんだよ」

「あの司令官が軍の精神病院に入院したのは本当。その直前にヴェールヌイ相談役の部下だった事も本当」

「・・・」

「そこまでは公式な情報として、つい最近流れてきたわ」

「あ、ああ」

「その他に提督から聞いた事があるのなら・・」

天龍はごくりと唾を飲んで叢雲の言葉を待った。

「私達と、龍田以外には言わない方が良いわね」

「む、叢雲も、聞いたのかよ?」

「ええ。龍田のネットワークから断片的に入ってきて、提督が補足してまとめたのよ」

「じゃ、じゃあその、資料の移動ってのは・・」

「・・本当の話よ」

「じ、事務官がうっかり喋ったってのは・・」

提督が天龍にゆらりと向き直った。

「そうらしいよ・・随分間抜けだよねぇ。あぁ、どこの事務官かは知らないんだけどね?」

天龍はぞくぞくしながら叢雲を見ると、叢雲は冷たい笑みを含みながら、

「そうよ・・うっかりは誰にでもあるわ」

天龍はガチガチと震えながら叢雲に訊ねた。

「バッ、バババババイトの話は?」

「バイト?」

「うっかり喋っちまったら相談役から死のバイトしろって召集の手紙が来るって言う・・」

「あぁ、そんな事は無いわよ」

天龍は心底ほっとした顔を見せた。

「そ、そうか」

だが、叢雲はニイッと笑った。

「相談役を困らせるような事をしたら、雷様がその日の真夜中に粛清に来て、跡形も残さず始末されるわ」

提督もニイッと笑った。

「あぁ、そっちの方が確実だね」

「でしょう?あの雷様よ」

「そうだったそうだった。はっはっは」

「おほほほ」

もう言葉も出せず、涙目で提督と叢雲を交互に見続ける天龍に、叢雲は言った。

「ま、それくらい、その情報の取り扱いは慎重になさいって事」

「お、おう」

「じゃ、墓前に報告に行きましょうか。龍田達にも声をかけておくわ」

提督達についていきながら天龍は思った。

良かった。

なんとかチビらずに済んだ。

 

 


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