艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード18

バツの悪そうな目を向ける天龍に、五十鈴は続けた。

「今回の件、一切表沙汰には出来ないの。司令官を挿げ替える事も、20名も轟沈した事もね」

「えっ?」

「だから、次の司令官には、最初から居なかったと伝えてある」

「・・・」

「貴方達の記憶やLVに対する初期化作業もしないわ」

「・・俺達だけで、20人も弔えって言うのかよ」

「そうよ。それとも記憶を失ってLV1になるほうが楽ならそうするけど」

「いや、俺は死ぬまであいつらを忘れねぇ。忘れたくねぇ」

五十鈴は叢雲達を見たが、その目の色を見て更に訊ねる事はしなかった。

「叢雲秘書艦」

「・・ええ」

「3人目の司令官は10日後に着任です。それまでに準備を終えてください」

叢雲は五十鈴を見た。

「・・10日後?」

「ええ、通常は3日後だけど、これは大本営の都合よ。時間があいてしまう事は詫びるわ」

叢雲がすぐに意図に気付いて頭を下げたので、五十鈴は頷きながら続けた。

「あと、中将から預かり物があるわ」

「・・中将から?」

「ええ。この場で読んで、燃やしてくれるかしら?」

叢雲は封を受け取ると、中の便箋を取り出した。

 

 叢雲秘書艦、鎮守府の艦娘諸君

 海軍を代表し、司令官の愚行と、多数の犠牲者を出した事を深くお詫び申し上げる。

 本来ならば大将と共に参上し、皆に伏して詫びねばならない事態である。

 しかしながら諸事情により、この紙に全てを託さねばならない事を許して欲しい。

 同封したのは私と大将からの花代である。せめて一花、献上させて頂きたい。

 

封筒には分厚い札束が入っていた。

「龍田達に手紙を見せても良いかしら?」

「ええ」

叢雲は封筒の中を見ながら呟いた。

「・・とっても不毛な話だけど」

五十鈴は叢雲に向きつつ答えた

「ええ」

「・・このお金を返すから、あの子達を返して欲しいわ」

「そうね。あの男を司令官として任命したのも、ここに送ったのも、私達大本営」

「・・」

「中将も大将も許されるとは思ってないし、そういう意味のお金ではない事は解ってあげて」

「解ってるわ・・解ってる。けれど、あの子達はもう帰ってこない」

「そうね」

しばらくの沈黙ののち、最後に手紙を読んだ文月から返された叢雲は五十鈴を見据えて言った。

「今度の司令官は、大丈夫なんでしょうね」

五十鈴は悲しげに目を伏せた。

「二人目だって、私達は慎重に検討したわ。だから、もう・・約束できない」

「・・正直ね」

五十鈴がぽたぽたと涙をこぼしながら言った。

「私だって・・私だって、こんな事、こっ、こんなふざけた事、許されて良い筈が無いと思う」

「・・」

「皆返してあげたい。司令官は殺しても飽き足らない。なのに皆は沈み、司令官は異動するだけ」

「・・」

「中将も今回の事件には椅子を蹴飛ばす位怒ってた。だけど、だけど、これしかなかった」

「・・」

「ごめん、なさい・・ごめんなさい・・」

叢雲は静かに手紙に火をつけると、灰皿に落とした。

天龍は天井を睨んでいた。

なぁ、人間は確かに俺達軍艦を作ってくれたが、救う価値があるのか?

誰か教えてくれよ。

 

過去の出来事を頭を振って追い出した天龍は、あくびを噛み殺しながら考え込んだ。

あの日の事が妙に鮮明に思い出される。

なんか遠征から帰って来て以来、眠いのにもやもやして眠れない。

もやもやが次第に大きくなる気がする。

「・・あーもう!ウダウダしててもしょうがねぇや!聞いてくっか!」

そういって提督棟に歩いていった。

 

だが、天龍は提督室の前でしばらく躊躇していた。

暁達が増えて出撃や遠征の報告は頻繁にしているが、個人的な相談は初めてだからだ。

ぎゅっと目を瞑り、意を決してノックする。

「どうぞ」

叢雲の声に、天龍はそっとドアを開けた。

「あー叢雲、・・・提督、居るか?」

「居るわよ」

「叢雲、提督、邪魔するぜ」

ひょいと顔を覗かせた提督は意外そうな顔をした。

「良いけど・・今は徹夜明けだろ?寝なくて良いのかい?」

そう。

予実表と同じ物が提督室の壁にも掲げられており、叢雲が更新している。

天龍は部屋に入りつつ思った。

全く同じ部屋なのに、中に誰が居るかで全然印象が違うもんだな、と。

「あぁ。ちょっと聞きたい事があってよ」

提督は再び書類に目を落とし、応接コーナーを指差しながら言った。

「そうか。じゃあそっちにかけてなさい。あ、叢雲、お茶を」

天龍は目を剥いた。

「・・は?」

「これを判断したらすぐ行くよ、そんなに待たせないから」

天龍は提督の机の前まで来た後、少し動揺しながら言った。

「い、いや、ここで話すぜ?」

提督はひょいと書類から目をあげると

「なんで?立って話せるような短い用件なの?」

 

 報告事項がある場合は、司令官の前で直立不動の姿にて話すべし

 

それが当たり前だと過去三人の司令官は言ってたんだけど・・そっか。

今はもう、あいつらは居ねぇからな。

怪訝な顔になる提督に天龍は手を振ると、

「あ、いや、それなりにかかるから、座っとくぜ」

そう言ってどっかりと腰を掛けた天龍の後頭部に激痛が走った。

「痛ってぇ!」

振り向くと湯飲みが3つ乗った盆を持った叢雲がジト目で見ていた。

「な、なにすんだよ!今わざと盆ぶつけただろ!?」

天龍の抗議に叢雲は涼しい顔で答えた。

「いくら座って待てと言われようと、みっともない座り方は止めなさい」

「ぐ・・」

渋々膝を揃えて座りなおす天龍を横目に、やってきた提督は叢雲に言った。

「まぁまぁ、叢雲さん。今日はその辺で」

「ふん。甘すぎるとつけ上がられるわよ?」

「心しておくよ。で、話ってのは何だい?」

天龍はすっと息を吸い、まっすぐ提督を見た。

だが、数秒ですぐに目を伏せると、はぁと息も吐いてしまった。

「・・どうしたの?」

首を傾げる提督を上目遣いでそっと見上げた天龍は、

「あ、あの、さ、提督」

「ほいよん?」

ゴン!

空の盆の角が提督の頭に直撃した。

勿論叢雲が持っている。

「い・・ったい・・です・・叢雲さん」

「間抜けな返事をしない」

「す、すいま・・せん」

天龍は呆気にとられた。完璧に叢雲の方が支配的立場だ。

だから思わず天龍は言葉にしてしまった。

「提督は、ここで20人も沈められたって事、知ってるか?」

その途端、叢雲は無言ながら殺意を持った目で天龍を睨みつけた。

 

天龍!あんた極秘事項なのに口を滑らせたわね!?

 

だが、提督は頷くと、

「・・ああ。ボイコットの本当の理由だったそうだね」

と言ったので、叢雲はぐきりと提督に振り返った。

「な、何でその事を知ってるのよ!この前の説明からも省いたのに!」

「赴任前、中将から極秘事項として聞いたからね」

天龍は机に目を落とした。

「そう、か」

「だから君達が、私を信じて良いか物凄く迷うのも無理は無いと思うんだよ」

「・・ごめんな、提督。俺はさ、提督が凄く良くしてくれてるのも解ってるんだ」

「・・」

「だから・・だからこそ、怖いんだよ」

「怖い、か・・」

「俺がこうして夜通し遠征して来てあくびしててもさ、皆仕方ねぇって目で頷いてくれる」

「そりゃそうだ。徹夜明けなんだから」

「でも今までの司令官は予実表なんて作ってくれなかったし、あくびしただけで処罰されたんだ」

「生理現象にあれこれ言っても仕方ないだろうに」

天龍は俯いたままこくんと頷いた。

「当たり前の事を当たり前に言えるってだけでも、すげぇ進歩なんだよ」

「・・」

「俺達は、いや、俺は、立て続けに2人の司令官に裏切られたって、思ってる」

「実際そうだと思うよ?」

天龍はそっと窺うように提督を見た。

段々強くなるもやもやのせいで意識が飛びそうだ。

くそ、何言いたかったか解んなくなってきたぜ。

 




解り難かったので2箇所訂正しました。
すいません。

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