艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード16

 

数日後。

 

「お父さぁん!」

にこにこして入ってきた文月を待っていたのは提督の機嫌の良い返事ではなく、

「部屋に入るときはノック!それとちゃんと提督って呼びなさい!」

と、いう、叢雲の尖った声だった。

「はぅぅ・・」

提督は腰に手を当て、頭から湯気を立てる叢雲をなだめにかかった。

「ま、まぁまぁ叢雲。呼び方については私が許可してるから」

叢雲は提督をギヌロと睨んだ。

「その呼び方については制限した筈だけど、約束を守れないのかしら?」

そこに文月が恐る恐る反論した。

「い、一応部屋の中でお父さんって言ったけど・・」

叢雲がゆらりと笑った。

「秘書艦の私が居ると解ってて・・無視して提督に直接呼びかけたって事かしら?」

「ひぃいいぃいい」

だが、叢雲は内心溜息をついていた。

 

あの日を境に、文月は何かしらの用事を見つけては提督に会いに来るようになった。

叢雲は秘書艦であり、秘書艦は交渉や何かしらの用があれば部屋を空ける。

なので帰ってみると文月が提督の膝の上に座っているという事が頻発。

提督が文月とお喋りし過ぎて仕事が滞るようになった時、ついに叢雲の堪忍袋の緒が切れた。

「幾らなんでも風紀を乱してるって事ぐらい・・解るわよね?」

どす黒い殺気を漂わせ、腕組みして見下ろす叢雲に、提督と文月は涙目で頷く他に無く。

 

 お父さん呼びは提督室で、提督と文月が二人っきりの時に限る事

 

という約束を(強制的に)させられたのである。

だが、と叢雲は思った。

こっちを制限しておくべきだったかしら。失敗したわ。

そう。

文月が膝の上に座る事を制限する方を忘れてしまったのである。

だから今、文月は提督の膝の上に当然のように座っており、提督は文月の頭を撫でている。

なんというか、仲良し親子を邪魔している叢雲という構図になるので実に居心地が悪いのだ。

だから叢雲は溜息を吐きつつ秘書艦席に戻るのである。

一方。

文月の方もミスを繰り返すような子ではない。

どうしたら現状維持、いや、改善に持っていけるかと必死に考えた。

その結果が、

「あ、お父・・提督、その書類は先月と一緒なので、差分の集計を報告すれば良いんですよ」

「ほうほう、そうか。あれと一緒か」

「です」

「うん、ありがとう文月」

「はい!」

という具合に、文月は大本営からの書類の捌き方を教える事にした。

そして提督とびったり引っ付いているので、

「それはお父・・提督的にはNOですよね?」

「おお、よく解るね。ここまで遠距離の出撃はちょっとまだ控えたいね」

「だとすると、受諾する出撃範囲は・・この海域の辺り・・ここまでですね?」

「そうだね・・うん、それで良いね。文月が居るとはかどるよ~」

「えへへ~」

といった具合に、提督の判断についてもするすると吸収して行ったのである。

叢雲は秘書艦席に座って事務作業をしつつ、イラッとしていた。

どうしてイラッとするのか解っており、それが故に言いに行くのは躊躇われた。

なぜって、

「わ、私も膝の上に座らせなさい!」

とは、この状況において到底言い出せなかったのである。

叢雲はそっと天井を睨んだ。

「お目付け役のポジションは失敗だったわね・・」

最初の間は提督とくっついてあれこれ会話出来たのだが、提督が覚えてしまえばそれきりである。

「文月は上手いポジションを見つけたわよね・・」

そう。

提督と戦略を一緒に考えるというのは、提督がその為に勤務している以上永続的である。

そして傍から見ても仲睦まじい親子にしか見えないほど親密な関係ゆえ、提督も気兼ねせず相談出来る。

叢雲は提督との関係を教える人と教わる人というポジションにしてしまった。

ゆえにそこにあるのは親密さではなく畏敬というか、畏怖の念である。

「はぁーあ・・」

叢雲はへちゃりと秘書艦机に伏した。

「あいつが天然だって事は解ってたし、龍田にTPO弁えろって言われたからよね・・」

そうだ。

このポジションを龍田が今も握っていれば、自分は・・・

いや、と叢雲は眉をひそめる。

文月ほど懐深く飛び込み、屈託の無い笑顔で甘える事が出来るだろうか。

・・到底無理だ。

叢雲が何度目かの深い溜息を吐いた時、提督室のドアがノックされた。

「・・どうぞ」

遠征の帰りにしては早過ぎる気がするわねと思いつつ、叢雲は開いてくるドアに目を向けた。

「あ!」

叢雲の驚いた声を聞いて、提督と文月は棚の影から顔を覗かせた。

「おーい叢雲さん、どうし・・・おや?」

「あ!摩耶さん!」

そこには書類を手に、提督を疑いの目で見る摩耶の姿があったのである。

 

「・・そうか。技術教育を受けてたんだね」

「お、おう」

摩耶が戸惑いつつも返事を返したとき、

「上官に向かって生返事しないの」

と、叢雲が溜息を吐きつつ告げると、

「わ、わりぃ・・出張先でも言われたけどさ、結局直らねぇまま終わっちまった」

摩耶は苦笑しながら返事を返した。

 

技術教育。

 

新米の司令官の支援や特殊な技能を訓練する為の艦娘交流を技術教育、または単に教育という。

メジャーなものは費用負荷軽減の為に大本営にて行い、遠征メニューとして申請する。

摩耶の場合は対空攻撃訓練の為、最初の司令官が熟練鎮守府に頼んで長期出張扱いで行かせたのである。

その為、摩耶は天龍と同じ頃に着任していたが、今日までこの鎮守府に起きた事を知らなかった。

 

叢雲、文月、そして提督から今までの成り行きを全部聞かされた摩耶は机を睨みつけていた。

「あいつ・・だからそんなに抱えたら体壊すぞって言ったのに・・」

叢雲は頷いた。摩耶は口は悪いが面倒見が良く気配り屋だ。

司令官の過労も当然見抜いていたし、お節介を焼いていた事を思い出したのだ。

「・・それに、二人目、三人目の司令官は何なんだよ?ふざけやがって」

提督が継いだ。

「私も仔細は今初めて聞いた部分がある。大本営に伝わってる以上に酷いね」

そういうと、提督は叢雲の頭をそっと撫でた。

「本当に、良く我慢してきたね。よくやった。よくやったよ」

叢雲が感極まって提督にすがり付いて泣き出したので、提督室を静寂が支配した。

摩耶は出された茶を啜りながら、叢雲と文月の二人を交互に見ていたが、やがてポツリと言った。

「なぁ、文月」

「なんですか?」

「最初の司令官や轟沈した艦娘達に・・線香の1本でもやれねぇかな」

その時、すうっと部屋の中に冷たい風が流れた事に摩耶は気がついた。

ふと見ると、文月の目が光を失い、ぼうっとした顔で話し始めた。

「慰霊碑が・・ありますよ」

提督が驚いた様子で文月に問い返した。

「えっ?もうあるのかい?てっきり無いのかと思って、落ち着いたら作ろうかと思ってたんだけど」

「あり・・ますよ」

摩耶は文月の表情に違和感を覚えた。なんていうか、なんかに操られてるような・・・

提督が頷いた。

「よし、それも検討課題としよう。いずれにせよまずは摩耶の帰還を祝わないとね!」

摩耶はぎょっとした顔で提督を見た。

「は?祝い?」

「そうだよ。遠征組は来られないけど、龍田に頼んで美味しい物を作ってもらおう。摩耶、何が良い?」

「あ、アタシはエビフライが・・好きだ」

「よし、じゃあエビフライをメインにしてもらおう。叢雲、伝えてくれるかい?」

「解ったわ」

摩耶が文月に視線を戻すと、いつの間にか文月はうつらうつらと寝入っていた。

摩耶は首を傾げた。さっきのは眠かっただけか?

食堂に向かう途中、叢雲がそっと摩耶に近づいて囁いた。

「あんたにはもう少し説明しておくわ。今夜、寮で」

「え?提督に言わなくていいのか?」

叢雲は目を背けた。

「言えない、のよ。でもアンタには聞く権利があると思うから」

摩耶は黙って頷いた。

 

その晩、歓迎会の席で摩耶の配属は2班と決まった。

摩耶は決定のプロセスをその目で見て唖然としていた。

配属理由は「天龍と仲良しだから」であり、承認時点まで提督は一言も口を挟まなかったからである。

そしてその理由で承認してしまったのである。

摩耶は頬を掻いた。

箸の上げ下げまでガタガタ言わない、か。こんなやり方聞いた事もねぇよ。

 

 


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