艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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第2章 ソロルでの日々
file01:艦娘ノ転職


4月13日夕方、教室棟内

 

「そうか、今日で1年経ったのね」

足柄は書類の束を閉じると、ぐいっと腕を上げて背伸びをした。

窓から少しずつ西日が入ってくる時間。

今日の授業はすべて終わり、教室には足柄が一人残っていた。

艦娘達の大移動の果てにこの島に鎮守府が完成してから、今日で1年。

妙高型4姉妹にとって、この1年は「大騒動」の一言であった。

 

引っ越しのドタバタもまだ落ち着かぬ中、提督から突然、教材を作るよう指示された。

4姉妹は今まで新入生に対して口伝でバラバラに伝えられていた諸事を聴き取り、まとめる事にした。

手始めに自分達重巡に取り掛かると、4姉妹に共通認識があった事もあって比較的短期間でまとめられた。

しかし、他の艦種に入った途端頓挫したのである。

例えば駆逐艦に、新入生に魚雷の撃ち方をどう伝えるかと聞いて来れば、

「電ちゃんは真下に落とす感じって言ってたわよ?」

「えと、あの、時雨ちゃんはモーターに点火してからそっと押して放すって言ってました・・・」

「島風は振りかぶって、一気にぶん投げると言ってたぞ?」

というように回答に一貫性が無く、まとまらなくなってしまったのである。

 

元々、妙高、那智、羽黒の3人は超が付く程の真面目である。

そのせいで足柄は傍から見れば至極常識人なのに、姉妹の中ではお転婆呼ばわりされている。

そんな4姉妹が納得出来る完璧な物を作ろうとしても、情報源がこれではどうにもならない。

足柄が姉妹の窮状を提督に相談した所、提督は姉妹全員を呼んで、こう言った。

「君達で全部判断するのは辛かろうよ。皆に聞いて、実際にやらせて、一番気に入った物を記録すれば良い」

結局、今までの分を白紙に戻し、以下の手法を取る事にした。

まず教室に後輩達を艦種別に集め、そこにその日空いている先輩艦娘を呼び、4姉妹の一人が付き添った。

こうして1教室を作り、先輩から後輩達に説明してもらい、そのまま後輩に実践させた。

1日が終わった時点で後輩達が有用だと答えた内容を4姉妹が1つ1つまとめていったのである。

非常に時間のかかる作業だったが、後輩達と話しながら楽しみながら進めていった。

秋が訪れる頃、最初に教えるべき基礎的な内容がまとまった。

これを提督に成果として報告すると、

「ふむ。こういうポイントを知りたいのか。なるほど、秀逸な教材だ。よく頑張った!これは良いね!」

といいながら、全員の頭を撫でてくれた。

撫でられ慣れている妙高や足柄は普通に反応したが、羽黒と那智は真っ赤になって固まっていた。

 

この作業方法だと、後輩達は毎日講義ばかり聞かされるのでは可哀想と思うかもしれない。

しかし、さにあらず。

先輩艦娘といえど年頃の女の子であり、本職の先生ではない。

よって、時間の半数以上を噂話等に費やし、たまに真面目な顔をしたと思ったら、

「相手を鉤爪でガッと掴んで至近距離で数発食らわせれば12cmでも致命傷だにゃ。潜水艦なんて怖くないにゃ」

といった、提督が聞けば真っ青になるような話題にすっ飛んで行く。

面白い話題ほど後輩達は真剣にメモを取るがそれでは勉強にならないので、妙高4姉妹の主たる任務は、

「先輩艦娘が後輩達と雑談をする場になる事をくい止める役」

というポジションが定番となりつつあった。

今から考えると超真面目揃いの妙高型を指定した提督は先見の明がある。

金剛型とかに任せていたら収拾がつかなくなっていただろう。

ちなみに重巡の後輩達には4姉妹が説明すれば良いので、ゴシップエンターテイナーの青葉は1度も呼んだ事が無い。

何度か「青葉の出番はいつですか?2~3日は話せる位の面白ネタがありますよ!」と言われているが黙殺している。

お昼のバラエティではないのである。

こういう形で矢のように時間が過ぎて、現在に至る。

すっかり妙高型4姉妹は後輩達から「先生」と呼ばれるようになっていた。

足柄が今週まとめているのは軽巡が海上戦闘時にいかにして魚雷を回避するかについてであった。

 

「足柄、ここに居たのね」

「妙高姉さん、どうしたの?」

入ってきた妙高も大きな書類の束を手にしていた。

「今日の分が終わったから、様子を見に来たの」

そういうと足柄の近くの椅子に腰を下ろす。

「私の方も今日の分は終わったわ。ちょっと思い出してたの」

「あら、何を?」

「この1年の事」

「・・・あ、そうか、今日で1年ね。怒涛のようだったわね」

姉が同じような感想を持っていると知り、足柄はちょっと嬉しかった。

「そうよね、凄まじい1年だったわ」

「しかも、忙しい理由が戦闘でも遠征でも演習でもないのよね」

「事務や司会にもLVがあるなら確実にケッコンカッコカリ出来るわよね」

「提督は足柄の指輪の好みを知ってるかしらね?」

「へひょっ!?」

足柄は変な声を上げてしまった。提督に悪くない感情を持ってる事はまだ言ってなかったはずだ。

「あら、違ったかしら」

「は、ちょ、ち、違うわよ。誰があんなオジサマ」

「あら、そう、ごめんなさいね」

妙高がくすくす笑っている。

外からの評価は超真面目となっているが、しっかり付き合うとお茶目成分が多い事に気付く。

「ところで、聞きたい事があるのだけど」

妙高がきちんと居住まいを正して話し始める。

「足柄は、教育専従班が創設されたらやってみたいかしら?」

足柄も気になっていた事だ。

提督は1年様子を見て決めると言っていたので、そろそろ専従組織を考えるだろう。

専従となれば実弾演習等を除いて砲撃も疎遠になる。艤装も付けない日が増える。

艦娘にとって転職並みの大転換である。

1年前、事務方があっさり専従化したと聞いた時は深く考えなかった。

しかし、その後文月達が身軽な格好でトテトテ走っている姿を見ると、艦娘として少し複雑な心境になる。

本懐を遂げられない状態で毎日を過ごして本当に楽しいのだろうか、と。

長考に入った足柄に、妙高は助け舟を出した。

「まだ結論は出ていないのね。提督からはまだ何も聞かれてないから、今のうちにしっかり考えてね」

「あ、うん・・・・あの、姉さん」

「どうしたの?」

「姉さんは、教育専従班に行くの?私は、迷ってるわ」

妙高は首を少し傾げた後、ぽんと手を叩いて言った。

「そうね。じゃあ、先輩に聞いてみましょう!」

「先輩?」

「そう、先輩」

 

「何ですか?珍しいですね」

教室棟の外をたまたま通りがかった不知火を妙高が呼び止め、そのまま教室に来てもらったのである。

「明後日の講義の調整でしょうか?」

「いえ、違うの。不知火さんは専従化して1年近いでしょう?」

「そうですね」

「現在までを振り返って、どうだったのかを聞きたいなと思って」

「・・・あぁ、今日は完成式から1年でしたね。私とした事が忘れていました」

「不知火さんにとって、この1年はやはり怒涛のようなものだったのかしら?」

「怒涛・・・怒涛といいますか、毎日が楽しくてあっという間でした」

「事務方が、楽しい?」

「はい。戦闘や演習も決して悪く無かったのですが、事務方は、なんというか」

「なんというか?」

「自分が努力すれば、例えば予算内で収支報告を迎えられるといった形で実を結びます」

「実を、結ぶ・・・」

「戦闘で相手を討ち滅ぼすのも大切な成果です。しかし、不知火には今の方が性に合ってます」

足柄が思わず聞いた。

「砲雷撃戦や水雷戦が出来なくても寂しくない?近代化改修と無縁になっても?」

不知火はきょとんとした顔になると、

「あぁ、そういうのもありましたね。忘れてました」

と答え、続けて、

「パソコン操作の近代化改修があったらしたいですね」

と、真面目な顔で言った。

「じゃあ、専従化から外れる気は全然ない?」

「全くありません」

「艤装に未練は・・・」

「今更つけるのは嫌です。しんどいです」

これには足柄も妙高も目を見開いた。

「ええっ!?しんどい!?」

「非装着が当たり前になると、狭い所を通るのに艤装を気にしなきゃいけないのが面倒で」

「そ、そう・・」

「まぁ私は艦娘ですから着けてしばらくすれば戻るとは思いますが、戻りたくはないですね」

「じゃあ、専従化には・・」

「満足しています。提督からも良く褒めてもらえますし」

ぴくん。

足柄の肩が一瞬だけ上がった。

妙高は不知火に丁寧に礼を言い、冷蔵庫から取り出したジュースを手渡した。

不知火は嬉しそうに教室を後にした。

妙高は足柄に声をかけた。

「先輩の話はどう?参考になった?」

「姉さん、私、専従で頑張る」

「えっ!?もう決めたの!?」

「褒めてもらえるし」

「あ、あのね、今の役割を仕事として取り組むとして満足出来るかが大事なのよ?」

「後輩達と教室で座学したり、仮想演習とかで試してみる毎日は楽しいわ!」

「それは確かにそうよ、そうだけど・・・」

「それで褒めてもらえるんだから美味しいじゃない!」

「だから、褒めてもらえるかどうかを主として考えちゃだめよ?」

「ええ!やる気出てきたわ!漲ってきたわ!」

なんだかダメな予感しかしないと妙高は思った。足柄が何を考えてるかダダ漏れだ。

砲雷撃戦と近代化改修をこよなく愛する足柄が、本当に切り替えられるのかしら?

 

 




作者「ええと、全力でソロル鎮守府セットを作ったら2日で完成・公開となりました。」
天龍「あれだけ悩んでたのはナンだったんだよ。さっさと作れば良かったじゃん」
作者「というわけで、次シナリオに入ります」
天龍「これなら普通に章を分けますとだけ告知すりゃ良かったじゃん」
作者「面目次第もございません」
天龍「で?」
作者「で、とは?」
天龍「折角だから公開したソロル鎮守府のURL位貼っとけよ」
作者「これです」

http://www.nicovideo.jp/watch/sm23161552

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