こうして、総勢20名となった鎮守府は、歓迎会の翌日から動き出した。
まず食堂に集まった皆は、運用方法について相談した。
そこで出撃する単位の「艦隊」とは別に、訓練や行動を共にする「班」という概念を作る事になった。
龍田、不知火、文月、叢雲という1班。
天龍、暁、雷、電という2班。
神通、如月、長月、三日月、皐月、菊月という3班。
球磨、多摩、霰、時雨、敷波、初雪という4班。
4名と6名の班があるのはこなしたい遠征の制約に対応した為である。
提督は頷いた。
「ん、班編成で任務にばらつきがあるから、一定期間ごとに変えて行こうか」
「どれくらいにゃ?」
「そうだね。3ヶ月とか半年とか・・どっちが良い?」
「半年はちょっと長いにゃ」
「じゃあ3ヶ月おきにしようか。半年おきが良い人?・・よし。じゃ、次回からは期間と編成結果だけ報告して」
「どういう事にゃ?」
「期間も編成結果も君達が好きに決めて良いって事。私がここに居ると何か皆堅苦しくなってるでしょ」
「い・・良いのかにゃ?」
「もうちょっと増えたら球磨と多摩を分けてもう1班増やしても良いし、そうだね、班の数も任せるよ」
「そこまで任せるクマ!?」
「実際出るのは君達だから、変な班構成にしたら自分が困るでしょ」
「そ、そうだけど・・良いのかクマ?」
「良いよ。私は箸の上げ下げまでガタガタ言わないよ」
「箸の上げ下げどころか晩御飯のメニューから全部お任せって感じだクマ」
「あーそうね。うん。その位まで任せても良いと思うよ」
「な、なんでだクマ?」
「仕事して、遠征して、演習を重ねてLVをあげるんだ。どうせなら楽しんで欲しいからね」
「とっても不安だクマ」
「じゃあ球磨さんや」
「何だクマ?」
「私が後ろ向いてあみだクジで決めるのとどっちが良い?」
「何でアミダなんだクマ!」
「現場を見てない私が独断で決めりゃアミダだって考えたって似たようなもんだよ?」
「もう少し!もう少し希望を持たせてほしいクマ!」
「希望って?」
「提督に任せておけば安心だって思えるような希望だクマ」
「ごめん。そういうのここにはない」
「即答!?」
「いや、いつかバレるなら最初から白状しておいた方が良いでしょ」
涙目になる球磨を見つつ、神通は苦笑しながら天龍に囁いた。
「これは相当、私達が頑張らないとダメそうですね・・」
「あぁ。今のやり取りで今までもやもやしてたのがハッキリ解ったぜ」
「なんですか?」
「提督は自由にやらせてくれるが、軍の指導者としては全く頼りにならねぇって事」
神通はがくりと頭を垂れた。本当にここは軍隊なの?
「だが、したり顔で訳の分からねえ特攻命令を出す司令官より1億倍マシだ」
神通はそっと顔を上げた。
「俺達が怪我をしねえように、日頃から訓練して、話しあって、鍛えていきゃ良いんだからな」
「そ、それはそうですが・・」
「自分の為の訓練なら、訳のわかんねぇ事やらされるより身が入るぜ」
「でも、その訓練メニューは提督がお決めになるんですよね?」
「あ、言って無かったか。訓練内容は俺に任されてるぜ」
「は?」
「だから鍛えたい事を相談してくれりゃ俺がメニュー書き換えてくから、なんでも言ってくれ」
神通はふと思った疑問を口にした。
「えっと、提督さん」
「ふわい?」
提督はドーナツを咥えたまま神通に返事を返し、叢雲から片手チョップを食らった。
「げふっ」
「行儀の悪い事しない!」
「すみません。で、なに?」
「あ、あの、提督さんはこの後、何をされるんですか?」
途端に提督の表情が曇った。
「・・勉強です」
「はい?」
「叢雲さんに、みっちり、日がな一日、提督としての心得を教わる事になってます」
叢雲が腕組みして深く頷いたのを見て、神通は絶句した。
どうやら本当の事らしい。
「が、頑張って・・くださいね」
「おう」
再び叢雲から片手チョップが飛んだ。
「だらしない返事しない!」
「すいません!」
神通は天を仰いだ。ああ神様、ここは本当に鎮守府なのでしょうか?
別の意味で全く安心出来ないのですけれど!
「油断しましたね、次発装填済です」
神通は海の上では人が変わる。
程なく班員達からそう言われるようになった。
鎮守府の中では丁寧な物腰と大丈夫かなと心配になるくらい気弱な所がある。
だが、海の上に出ると、
「神通、いきます」
と出発する辺りから顔つきが変わり、キッと水平線を見つめるようになる。
最初こそ不安定な成果だったが、
「練度が足りません。皆さん、もう少し訓練に励みましょう」
と班員に提案。班員が頷くと、
「良かった。そう仰ってくれると思って、メニューはこういう形にして頂きました」
といって、皆の顔色が変わるような過酷なメニューを提示した。
だがそれは、班員自身に課された練習ではなく、神通がこなす練習量を見たからである。
おかげで現在、神通率いる第3班は驚異的な速度で成長を遂げていた。
今日は鎮守府内実弾演習の日である。
神通達の相手役を引き受けた天龍は、練度の低い暁と雷を左右のやや後方に従えた。
神通達が双眼鏡で粒のように見えたとき、天龍は迷わず二人に発射命令を下した。
「ってー!」
「暁!お前は敵速度を速く計算しがちだから抑えろ!二人はもう1回撃て!」
「解ってるわよ!やあっ!」
そして天龍は、そっとインカムをつまんだ。
天龍達からの魚雷が長月に着弾し、大破判定が出た時、神通は悔しさに顔を歪めた。
敵は3人しか見えなかったのに、なぜか最初に2発魚雷が来た後、遅れて2発来た。
後から来るのは1発だと思い、最後の1発への対応が遅れたのだ。
「長月、ごめんなさい。仇は討ちます」
神通の傍に居た菊月はぞくりとした。
言葉遣いこそ丁寧なままだが、その目は明らかに殺気立っていたからだ。
「こちらも雷撃で行きます。時間差応戦開始!」
「げっ・・ちっ、いい腕じゃねぇか、褒めてやるよ」
天龍は慎重に魚雷を避け続けていたが、変則的な魚雷攻撃をかわし切れず中破判定が出た。
日は暮れ始め、まもなく水平線に日が沈むところだった。
「ね、ねぇ、私達はもう魚雷を使いきったわよ、後は主砲が2発だけよ」
暁は不安げにそういったが、天龍は言った。
「奴らを料理するのは俺達じゃねぇ。ほら、しっかり4隻に見えるように航行し続けろ」
「・・・・」
電はそっと手元の時計を見た。
打ち合わせた時刻になった。
見つからない為にここに潜んでいたが蚊がうっとうしい。
出られて嬉しいのです。
電はそっと岩陰から双眼鏡を構えた。まさに計画通りの位置だ。
電はくすくす笑った。
「電の本気を、見るのです」
「んなっ!?」
大破、そして停船命令を受けた神通は、大混乱に陥っていた。
天龍達とはT字戦、それもこちらが有利な形を追撃の果てにようやく取った所だった。
そして次発装填済の魚雷を狙い澄まして撃ちこもうとした瞬間、被弾。
大破判定を受けてしまった以上、指示も出来ず沈黙するしかない。
同じように大混乱の中で次々無力化していく如月達を見て、神通は悔し涙をこぼすばかりだった。
なぜだ。敵は4隻とも右側面に居るはずなのに!
「えっと、神通さん達第3班は4人大破、2人が小破」
「・・・」
「天龍ちゃん達は天龍ちゃんだけ中破、他は無傷ね~」
「おい、今、だけってのを妙に強調しただろ」
「気のせいよ~」
提督と叢雲は、天龍と龍田のやり取りをへっと笑いながら聞いていた。
もう慣れっこだからである。
誤字訂正しました。ご指摘ありがとうございます。