艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード13

 

電に指名された雷は1秒で答えた。

「暁はお子様だからレディの扱いをすると本人が困ると思うわよ?」

暁はキッと雷を睨んだ。

「んなっ!あたしのどこがお子様だっていうのよ!」

「ニンジン」

「うっ」

「ピーマン」

「ぐっ」

「辛いカレー」

「ふぐっ」

「・・食べられるかしら?」

「そっ!そんなの!そんなの・・食べられなくても・・ぐすっ・・レディ・・だもん」

あっという間に涙目ですすり泣き始める暁を見た提督は

「あーその、暁さん」

「ぐすっ・・なっ・・なによぅ」

「レディは人前で大泣きしないらしいよ。ぐっと我慢するんだって」

「!」

「暁お姉ちゃんはレディだもんな?」

「う・・うん」

「泣かないよね?」

「・・うん」

「よしよし、偉いね。さすが一人前のレディだね!」

「レディ?」

「レディ」

「そっ、そうよね!やっぱり私は一人前のレディよね!見てなさい!」

提督は雷を見て、意味を込めて頷いた。

雷は首を傾げながら肩をすくめた。

提督は靴紐を結ぶふりをしながら屈みこみ、傍らの電に向かって囁いた。

「こんな難問だとは知らなかった。すまん」

「解って頂けて嬉しいのです」

電と小さく頷きあった提督は立ち上がると

「よし!それじゃ堅い話はここまで!食事会で皆を歓迎したいと思いまーす!」

と大声を上げ、再び考え込む不知火を除く着任した艦娘達は拍手で応じたのである。

 

「チーズケーキって素敵ね!これこそレディに相応しいわ!」

「最後のフルーツタルトは渡さないのです!」

「もっと静かに食べられないのか・・ああっ!何をする!」

「へ?要らないんじゃないの?」

「食べる!食べるぅぅうぅう!」

「僕はやっぱり、ヨーグルトにフルーツを入れて食べるのが好きかな」

提督は歓迎会を開こうと言って、龍田だけでなく文月達にも買い出しの供を頼んだ。

結果、皆がここぞとばかりに大量のお菓子を買ってきた為、デザートバイキングの様相を呈したのである。

提督はラズベリーケーキを頬張りつつ、凄まじい争奪戦を苦笑しながら眺めていた。

そこに。

「失礼します、提督。よろしいでしょうか」

「お、不知火さん。どうした?」

「あの、先程の件ですが」

「ええと、ここの方針って事かな?」

「はい」

「うん。どうした?」

「なぜ提督は、我々兵器に配慮されるのですか?」

「ん?んー」

「我々は軍艦であり、兵器です。例えば銃とかと同じです」

「・・」

「確かに銃を丁寧に扱えば壊れにくくなりますが、だからと言って銃に意見を求めたりはしません」

「そうだね」

「ゆえに凄く違和感があるのですが」

デザート争奪戦に興じていた新入生の面々は緊迫した場面になるのかと思い、不知火を見ながらしんと静まった。

叢雲は黙々とチーズケーキを頬張りつつ思った。

納得するまで議論する姿勢は悪くないわ。

提督のやり方に向いてるかもね。

一方、眉をひそめた文月がゆらりと実弾を装填したのを、龍田はそっと肩に手を置いて囁いた。

「まずは提督のお手並みを拝見しましょう。いつでも撃てるのよ」

文月は不承不承といった様子で装填を解除した。

 

そんな事を知ってか知らずか、提督は隣の椅子を引きながら言った。

「まぁまぁ、座りなさい。コーヒーは?」

不知火はちょこんと腰掛けながら答えた。

「いえ、結構です」

「うん。じゃ、質問に対する答えは2つ。まず1つは、君達は軍艦そのものじゃない」

「え?」

「君達は艦娘。正確に言えば、君は駆逐艦不知火として作られた船に宿った魂だ」

「あ・・・はい」

「付喪神、という言葉を知ってるかな?」

「い、いえ。不勉強で申し訳ありません」

「知らない事を知らないと言えるのは良い事だ。謝る必要はないから覚えてくれるかい?」

「はい」

「思いを込めて作られた物を長く使えば神が宿ると言われている。それが付喪神だ」

「神・・」

「そう。軍艦という物はね、莫大な手間隙をかけて作られ、多くの人の様々な思いを込めて運用される」

「そう・・ですね」

「乗組員は攻撃や荒波を乗り越え、無事に帰るべく、軍艦に命を託すわけだ」

「・・」

「私は君達を軍艦に宿った付喪神であり、そうした乗組員の思いも内に秘めていると思う」

「・・」

「だから君達を粗末に扱うという事は、神を、そして乗組員の思いを粗末にする事だと思う」

「・・」

「そういう不敬をしたくない。だから君達の思いを尊重したいんだ」

不知火はしばらく、テーブルを見たままじっと動かなかった。

そしてゆっくりと向き直った不知火を見て、提督はぎょっとした。

もう泣き出す寸前だったからだ。

「えっ!?な、なんか気に障ったかい?」

「・・軍艦としての不知火は、今もシブヤンの水底に居ます」

「・・そうだね」

「戦って、戦って、戦い抜いた果てですから、そこに沈んだ事に悔いはありません」

「うん」

「ですが・・共に沈んだ乗組員は、帰して・・あげたかった」

「・・」

「軍艦といえど船は船。命を預けてくれた乗組員に、応えてあげられなかったのは、悔しい」

「・・」

不知火は目を真っ赤にしながらすすり泣き始めた。

「・・てっ・・提督に・・言われるまで・・不知火は・・そこを・・そこに・・」

「・・」

「思い・・至り・・ませんでした。そっ、その、落ち度を・・認め・・ます」

「・・」

「す・・すみません・・でした、提督。しっ、不知火は・・」

「うん」

「こっ、今度こそ、共に働いてくれる、よっ、妖精達を気遣い、共に、必ず、必ず帰って参ります」

「うん」

「・・それで、元の乗組員の方々は・・私を許してくれるでしょうか?」

提督はボロボロ泣きながら訊ねる不知火の頭を、ぽんぽんと撫でながら言った。

「付喪神はね、粗末にすれば災いをもたらすけど、大切にすれば幸をもたらすと言われているよ」

不知火は提督をじっと見続けた。

「・・」

「私も君達を大事にする。その思いも含めてね。だから君達も、君達自身を大事にして欲しい」

「・・」

「そうすればきっと、幸、つまり元の乗組員達も納得してくれると思うよ」

「・・」

「ね?」

不知火が堰を切ったように、わんわんと声をあげて泣き始めた。

神通は提督を見ながら、そっと呟いた。

「私は武勲艦と言われてますけど、沈む前に、乗っていた皆さんだけは逃がしてあげたかったです」

「・・」

「そうですね。私達は軍艦だけの、兵器だけの存在では、無いのですね」

「私は、そう思ってるよ。大本営や他の司令官は知らないけどね」

「よく、解りました。あ、あの、提督」

「うん?」

「大切な事を思い出せた気がします。ありがとうございます」

「納得してくれたらそれで良いよ。あ、ええとね、不知火」

「うっ・・ぐすっ・・な、なん・・でしょうか」

「きっとこの後も、色々な艦娘達がこの鎮守府に来てくれると思うんだよ」

「・・はい」

「その時、私の方針が腑に落ちない子が居たら、不知火から今の話を伝えてくれないかな」

「・・・」

不知火はすいっと右手を上げてビシリと敬礼し、

「この不知火、不肖ながら提督の為、誠心誠意努力いたします」

「ん。ありがとう。よろしく頼みます」

他の皆は何も言わなかった。

何も言わなかったが、涙ぐむ者、頷く者、笑みを浮かべる者、皆優しい表情をしていた。

提督は皆の方を向いて言った。

「よし、じゃあ残ってるデザートを食べ切っちゃって、歓迎会をおわら・・・あれ?」

提督はその時初めて、テーブルの上の皿がすっかり空になっている事に気付いた。

「・・うん、綺麗に食べてくれて嬉しいよ。よし!じゃあこれからよろしくね!」

「はい!」

叢雲はによによしながら何度も頷いていた。

提督も鎮守府の長として、ちょっとだけサマになってきたわね。

まったく、ほんと、手がかかるわね。

龍田は叢雲をそっとつつくと囁いた。

「もう奥さんを通り越して、お母さんの心境なのね~」

「はん。あんな手間のかかる息子要らないわ」

「じゃあ認めても良い位の息子にしないとね~」

「そうね・・って何言わせんのよ!」

龍田はくすくす笑った。

天龍が言うとおり、面倒臭いのは提督も叢雲もいい勝負だ、と。

 


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