艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

466 / 526
エピソード12

 

工廠長は訂正された指令書を受け取りつつ、呆気にとられた。

「そ・・それで、良いのかの」

「何がです?」

「わしらの都合で、提督の予定は2日ずれた訳じゃが」

「今回は別に今日や明日に無ければ鎮守府が滅亡するという訳でもありませんし」

「・・好きにせい、か」

「はい」

工廠長はふっと笑うと、指令書を脇に抱えた。

「解った。なるべく気の良さそうな子を揃えておくぞい」

「お願いします。工廠長が頼りですので」

「ふん。おだてても何も出んぞ」

「では、明後日の・・何時位ですかね?」

「午後には揃えておくよ」

「では夕方、1700時頃に」

「うむ。それで良い。任せておけ」

提督達の後姿を見ながら、工廠長は腕を組んで考えた。

司令官が調整の現場まで足を運ぶ事も異例なら、工廠側の希望で自ら発した指令を曲げるのも異例だ。

いや、異例どころか今まで1度も経験した事が無い。

工廠長は元々は建造妖精だが、様々な鎮守府を渡り歩くうちに交渉役とまとめ役をやるようになった。

体が小さいとやりにくいので、術を使って人間と同じ大きさに化けている。

攻め滅ぼされた鎮守府、取り潰された鎮守府、吸収合併された鎮守府。

鎮守府を離れた理由は様々だったが、1つだけ共通している事があった。

それは司令官が滅亡に導いた、という事である。

この鎮守府も最初は良かったが、後の2人は立て続けに阿呆だったのであっという間に傾いた。

だからそろそろ店仕舞いかと思っていたが、提督のような司令官は見た事が無かった。

「面白くなる、かものう」

ふふっと笑った工廠長は、建造ドックで妖精達を呼んだ。

妖精達はなんだなんだという顔で集まって来た。

 

こうして、2日が過ぎ。

 

「おー、見事!」

そう言ったのは提督だが、

「へぇ・・懐かしい顔が居るじゃねーか!」

天龍もそう言って、目を細めたのである。

 

刻限までに工廠で建造された艦娘は

駆逐艦が不知火、暁、雷、霰、敷波、如月、皐月、菊月、三日月、長月、時雨、初雪の12人、

軽巡が神通、球磨、そして多摩の3人であった。

重なった子が居なかったので叢雲がちょっぴりがっかりしていたのはここだけの話である。

 

提督室では入りきらず、食堂に招いた提督は皆を前に言った。

「皆さんようこそ!」

「うちの鎮守府はここに居る5人しか居ない小さな鎮守府でした」

「しかし皆さんが来てくれた事で総勢20名となりました」

「ただ、これからも規模を拡大しつつ、鎮守府を不満が無いよう運営し、戦っていくのは大変な事です」

「ですから私は、私の独断で物事を決めるのではなく、皆さんと知恵を絞りたい」

ここで不知火がピクリと眉をひそめたが、提督はそのまま話し続けた。

「皆さんも私だけでなくメンバー同士とも話し、より良くする為に力を貸してください」

「よろしくお願いします」

すっと頭を下げた提督に皆は動揺の色を隠せなかったが、

「・・お断りします」

そう言ったのは不知火で、やっぱりという顔で頷いたのは天龍だった。

一方で提督は

「良いね!意見第1号は不知火さんか!」

と、返したのである。

 

不知火は目を見開いて提督を見返した。

喧嘩上等、解体上等、鉄火場上等と密かに鼻息も荒く言い放ったのに。

なんか思い切り肩すかし食らって自分からどぶに足を突っ込んだようなこの感覚はなんなんだ。

「え・・あの」

「うん!話し合いでは自分の立場を示す事が何より大事だ。皆も言いたい事は言ってね!」

「はい!」

え、ちょっと待って。私は断ると言ってるんだけど、なにこの綺麗なまとまり方。

「ち、ちょっと待ってください!不知火はお断りしますと申し上げたのです!」

だが提督はニコニコして訊ねた。

「理由があるよね?」

「えっ?あ、その、は、はい」

「よし!聞こう!皆静かに!」

 

しーん。

 

不知火はごくりと唾を飲みつつ目をせわしなく左右に送った。

全員が、自分が何を言うんだろうという興味津々の表情でこちらを見てる。

くっ、しっ、不知火に落ち度は無かった筈です。

どうしてここまで追い込まれたのですか?!

叢雲はにふんと笑った。

さて、建造したての身で提督の術にいつまで抗えるかしら?

ま、せいぜい頑張りなさい。

 

不知火は伏し目がちに答えた。

「し、司令官は・・指令を検討して発する方と、伺っています」

提督は小首を傾げながら返した。

「誰から?」

あまりにも予想外の返事に不知火は素で答えてしまった。

「へ?あ、け、建造される間に読んだ、大本営のマニュアルに書いてありました」

「そうか。予習して来てくれたんだ。ありがとう」

再び予想外の返事が来た事で不知火は明らかに動揺し始めた。

「えっ?い、いえ。でっ、ですから軍人として私達は軍務に徹し、余計な思念は捨てるべきだと思います」

「そうか。なるほど。うん、軍人として非常に正しい答だね」

提督が認めてくれたので、不知火は更なる肩透かし感と、安堵の混ざった溜息を吐いた。

龍田は不知火に同情の目を向けた。

勇気は認めるけど論戦を挑むにしては脇が甘すぎるわね。

提督はにこにこ笑ったまま続けた。

「でもそれは、人間の、軍人に限った話でね」

不知火はぎょっとして提督を見た。

「は?」

「君達艦娘は、艦、つまり船魂が実体化してくれた存在で、専用の契約を海軍と結んでいるんだよ」

「あ・・はい」

「契約にはね、海軍は艦娘に対し、出撃、遠征、演習、近代化改修、解体、改造を命令出来る、とある」

「そ、そうです、ね」

「そう。それだけなんだよ」

「へ?」

「作戦立案を君がやっちゃいけない、ましてや思念を捨てろなんて恐ろしい事、どこに書いてある?」

「あ、え、ええと・・」

「更に言えば、ここには司令官は居ないんだ」

「え?え?し、司令官が・・居ない?ではここの長は」

「私がこの鎮守府の長だけど、提督って呼んでもらってるよ」

「そ、それでは貴方が司令官では」

「いや、私は提督だよ」

誰の目にも不知火が目をくるくる回してるのが明らかになった後、

「不知火さん」

「は、はい」

「私は人間で、貴方は艦娘。だけど、こうして意思疎通が出来る」

「はい」

「同じように喜怒哀楽の感情を持ち、言葉を発し、深海棲艦を減らす為に手を貸してくれる仲間なんだ」

「・・」

「だから私は、貴方達の思いを無視したくない。一緒に考えて、皆で納得してやっていきたい」

「・・」

「戸惑うのは解る。海軍のマニュアルにそんな事は一言も書いてないからね」

「は、はい」

「でも私はそうやって行きたい。間違った方向に進みたくない。だから力を貸してくれないかな?」

一本。天龍は心の中で思った。

畳み込むまで一切淀みねぇな提督。叢雲の仕込みは伊達じゃねぇ。

不知火はたっぷり1分はのけぞって歯を食いしばっていたが、

「わ・・解りました」

と、がくりと肩を落としながら頷いたのである。

提督は皆に言った。

「えっと、今のはあまり良い例では無いのだけど、とにかく一方的な命令はしたくないんだ」

「だから皆、私の話だろうと、先輩の話だろうと、何か気になったら言ってほしい」

「ちゃんと伝えて、話しあって、何の為に何をするのか納得してから動いて欲しい」

「・・いいかな?」

暁がニコッと笑った。

「解ったわ!じゃあ私の事は一人前のレディとして扱ってよね!」

「ふむ。えっと、暁は・・おお、そうか。電のお姉ちゃんか」

電はぎくりとした様子で提督に向き直った。

「え、あ、は、はいなのです」

「電」

「なのです?」

「暁の言った通りにして良いかな?」

提督はすぐ頷くと思って軽く聞いたのだが、電は長い事腕を組んだまま身じろぎ1つしない。

「え・・あれ?電・・さん?」

困り果てた電はキッと雷の方を向くと言い放った。

「電は、この判断を雷に委任するのです!」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。