艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード10

「・・・・・」

「あ、あー、えっと、い、頂きます」

「頂きまーす!」

夕食はカレーだったので、皆は嬉々としてスプーンを動かしていく。

だが、叢雲は席にこそ座っているが、真っ赤になった顔を両手で押さえたままピクリとも動かない。

提督は1皿目を平らげ、龍田に空の皿を渡した後、

「む、叢雲、さん」

「・・・」

「ほ、ほら、龍田が作ってくれたカレー、美味しいよ?」

「・・・」

「す、好き嫌い言う子はデザートあげないぞー・・なんちゃって・・」

だが、その言葉に反応したのは叢雲ではなく、

「あらぁ、提督を好きって言うとデザート貰えなくなるのかしら~」

と、ニコニコしたままお代わりを盛り付ける龍田であった。

既に真っ赤な顔をしていた叢雲が耳まで赤くなったのは言うまでもない。

提督は腕をぶんぶん振って龍田に抗議した。

「ちょっ!ちがっ!たっ!龍田さん!茶化さないで!」

「茶化してなんかないわよ~、はいお代わり」

「おっ、ありがとう・・はっ!いや違う!絶対違うでしょ!」

そこで電が

「お、大人な関係は甘くないのです?」

と言った。

叢雲は頭のてっぺんまで真っ赤になった後、

「だあー!いーわよいーわよ!なんか悪い!悪い?悪い?」

と、16ビートも真っ青の勢いでテーブルを両手の拳で叩きつつ言った。

「ちょ!こら叢雲、テーブル壊れる壊れる!」

「うるっさいうるっさい!皆で馬鹿にしてぇぇぇええ!もおー!」

そこで顔を上げたのは天龍だった。

「いーんじゃねーの?」

叢雲はギッと天龍に向き直った。

「・・は?何?何がよ天龍!かかってくんならきなさいよ!」

「んだからさ、別に提督を気に入ったんならそれでいーじゃねーか」

「う・・」

天龍はぐっとコップに入った水を飲み干すと、続けた。

「さっきはいきなりアレだったからビックリしちまったけどよ」

「・・・」

「提督が着任してからまだちょっとしか経ってねぇけど、確実に良い方向に向いてる気がするぜ」

天龍の言葉に文月と電が頷く。

「俺達がこうなりゃ良い、ああなりゃ良いってダベってた事のほとんどが実現しちまった」

「・・」

「それに、歴代の司令官に一番振り回されてたのは叢雲だろ」

「・・」

「だからまともな奴が来て、一番嬉しいのも無理はねぇさ」

「・・」

「提督が最初に言った通り、俺達と海軍で取り交わした契約はシンプルなもんさ」

「・・」

「そこには別に、俺達を気遣ってくれる奴を気に入ったら罰せられるなんて書いてねぇ」

「・・」

「だからさ、叢雲、俺は叢雲が提督を気に入ったんならそれでいいと思うぜ」

「・・」

「けどさ、好きなのか、気に入ったのか、そこはちゃんと考えろよ。間違えんなよ?」

「・・アタシは」

叢雲がついに口を開いたので、天龍は叢雲に耳を傾けた。

「おう」

「アンタの言う通り、段々悪くなる司令官に辟易してきたわ」

「俺達も、だけどな」

「そうね。皆でうんざりしてた。だから提督が本当に違うのか疑ってもいた」

「おう」

「今日の話を聞いて腑に落ちたし、一方で、ほんっと面倒くさい奴だって事も解った」

「・・・え?」

「そんな年で未だに綺麗事を言うなんて信じられないわよ」

「え?」

「人間だろうが艦娘だろうが玉石混在が当たり前でしょ。性悪の艦娘だって居るのよ」

「まぁ・・な・・」

「けど、そんな提督だからこそ、嫌いじゃないわ」

「・・」

「だから、しょ、しょうがないから、アタシが傍に居て、面倒見てあげるわよ」

「あー・・」

天龍はポリポリと頬を掻いた。めんどくせぇのは提督も叢雲もどっこいだと思うんだが。

「でもね!」

叢雲はズビシっと提督を指差した。

提督は急に振られたので目を白黒させた。

「はい!?」

「面倒見るってのは護ってあげるだけじゃないわよ!ビッシバシ鍛えるから覚悟なさい!」

「何を!?」

「あんたはもう分析官じゃなくてこの鎮守府の長なの!だから相応しい知識と態度をみっちり教えるわよ!」

「え・・ええと・・」

「例えば!」

「はい」

「就業中に詰襟のホック外さない!だらしない恰好をしない!」

「あぁ忘れてた。これ、一回外すと・・あ、ほら、上手く入らないんだよ・・」

「ガタガタ言わないで直す!」

「あいよ」

「それからねえ!」

水を得た魚のように次々と指摘を繰り出す叢雲と、はいはいと言いながら直していく提督。

二人のやり取りを他の面々は微笑ましく見ていた。

「色んな意味でごちそうさまねー、真冬なのにあっついわねー」

「なのです」

「でも、叢雲が元通りになって良かったぜ」

「元通り?」

「ほら、最初の司令官が来た最初の頃はさ、こんな奴だったじゃんか」

「そうでしたねー」

「うふふ、あれこれ言うのはとっても気になるって事の裏返しだものねー」

叢雲が龍田の一言にピタリと口をつぐみ、じとりと見つめた。

「・・何が言いたいのかしら?龍田」

「叢雲ちゃんが~、提督の事好きで好きでしょうがないって事~」

「んなっ!?」

「でなければ知識や態度なんて教える必要ないものね~、勝手に恥かいてれば良いんだし~」

「うぐうっ!?」

「提督~?」

「はいよ?」

「叢雲ちゃんは物知りだし、聞いていて損は無いと思うわ~」

「・・そうだね。そうするよ」

「でも~」

「?」

「イチャイチャするのを見るのは死ぬほどウザいから、TPOちゃんと考えてね~」

「以後気をつけます」

「破ったら切り落としますからね~」

「何を!?ねぇ何を!?」

「うふふふふ~」

提督はふと、叢雲の言った性悪の艦娘ってまさかと思ったが、

「何考えてるんですか~提督~?」

「何にも考えてません!」

「あらー、嘘は良くないわよぉ」

提督は助けてくれという視線を叢雲に送ったが、叢雲はいつの間にか淡々とカレーを食べていた。

提督は二度見したが、叢雲とて命は惜しいのである。

 

翌朝。

 

コンコンコン。

 

「はいよ~、おはよぅ」

提督は自室で返事をした。

制服を着て身支度も整えていたが、龍田が迎えに来るまでは自室に居る。

そうするよう言われた訳ではなかったが、いつの間にか習慣となっていた。

ついでに言えばまだ眠いので、敷いたままの布団の上にあぐらをかいて座っているのである。

だが。

「アンタ!酸素魚雷食らわせるわよ!」

いつもと違う声が飛んで来た事にびくりとした提督は、ぎょっとして入口を見た。

そこには仁王立ちする叢雲が立っていたのである。

「あれっ!?」

「あれっ、じゃないわよ!何時まで寝てるのよ!」

「いやほら、朝ご飯が出来るまで」

「ほらさっさと起きる!顔は洗ったの!?」

「身支度は整えてるし、制服も着てますよ?」

「襟のホックが片側外れてる!ちゃんとする!」

提督はとほほと思いつつ鏡を見ながら直した。これが龍田なら、

「しょうがないな~、ちょっとじっとしてて~」

といってちょいちょいと直してくれたのだが。

そこでふと思い当たる。

「あの、叢雲さん」

「終わったの?」

「終わったんだけどさ、龍田さんどうしたの?風邪かなにか?」

「今日からアタシが秘書艦として世話してあげるわよ。なに?不満なの?」

「・・んー」

提督はポンと手を叩くと

「あれだ、えっと、通い妻!」

ボンと音がする位一瞬で真っ赤になった叢雲は

「ふ、ふ、ふ、ふざけてんじゃないわよ!ほら用意出来たらさっさと行くわよ!」

「あ、ちょ!叢雲さん待って!」

こうして、提督の秘書艦は龍田から叢雲に「戻った」のである。

 

 


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