艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード09

叢雲は提督の反応を伺ったが、ぽかんとするだけなので次第に顔を真っ赤にしながら言った。

「・・あーもう!こっちこそ気を利かせなさいよ!」

「ん?え、えーと、あぁ、な、なんでそう思うのかなー?」

「超棒読みじゃない!まったく!」

「慣れてないんだよこういう事」

「何言ってるのよ。あ、あんな事した癖に」

「あんな事?」

更にきょとんとする提督を見て叢雲は眉をひそめた。あ、こいつ天然かも。

「もう良いわ。とにかく、歴代の司令官は私達に命令する一方だった」

「端々を聞くだけでも容易に想像がつくね」

「それでもちゃんと戦果を上げて、私達が帰って来られるならよしと思ってたわ」

「最初の司令官は戦果を上げてたんでしょ?」

「まぁね。新米だったから陣形の意味も掴み切れてなかったけど」

「おやおや、データがちゃんと頭に入ってないのなら、皆に任せるべきだったね」

「だから、今までの司令官達にそういう発想は無かったのよ」

「そうか。司令官が自爆するのは知った事じゃないが、とばっちりを食う君達が可哀想だな」

叢雲は眉をひそめた。

「同じ人間の事より、貴方は私達を優先するの?」

「んー、私が君達の失敗学の研究をするようになったのはね」

「ええ」

「人間が大嫌いなんだよ」

叢雲は息を飲んだ。

 

「ちょっと、格好を崩して話すよ」

提督はそういうと帽子を取り、詰襟のホックを外した。

「私は大本営の内部でずっと働いてたけど、大本営ってのは海軍のアタマなんだ」

「ええ、そうね」

「だからアタマが「あれやれ!これやれ!」って言えば実際に仕事が発生し、色々な物が動く」

「色々な物って?」

「ヒト、モノ、カネだね」

「あ・・」

「だから右へ1回動かせば良いのに、左に動かして、前に動かして、右に2回動かして、後ろに動かす」

「・・」

「するとより多くの人に、より多くの物と、より多くのカネが行き渡る。勿論無駄なんだけどね」

「・・」

「だから大本営には、あっちからもこっちからも俺にもくれって連中が寄ってくるんだよ」

「・・」

「そういう光景を十年以上見続けたら、心底人間って存在が大嫌いになったんだよ」

「・・」

「丁度その頃、君達艦娘の痛ましい事故を反省し、防いでいこうという珍しく綺麗な案件が出たんだ」

「・・」

「それは中将殿が考えた案だったが、カネ儲けにならないからと誰も見向きもしなかった」

「・・」

「だから私は中将に直談判して、117研究室を作ってもらった」

「・・」

「そこで部下を4名付けてもらい、事故原因を考えた。対策の一部はマニュアルにも反映されたよ」

「・・原因、は?」

「ほとんどはね、司令官が独断と思い込みで間違った指示を出したってケースだよ」

「・・」

「そんなのが見えた頃、中将がこの鎮守府の後任が居なくて困ってるっていうんで引き受けたんだ」

「・・なんで?」

「司令官が全部決めるより君達と決める方が良いと思うけど、誰も聞こうとしなかったからね」

「・・」

「もちろん中将のように真剣に未来を案じて動く人間も居るから、全ての人間がダメとは言わないが」

「・・だから」

「ん?」

「だから、アンタは、他の人間と違うのね」

「どう違う?」

「アンタの視線は、私達と同じ高さなのよ」

「んー」

「私達を見下す視線じゃない。私と同じ目の高さで物を見てる」

「あぁ、それはそうだね」

「えっ?」

「君達は素晴らしい能力を有している」

「え・・」

「私はたかだか1人の人間だが、立場上、君と同じ視線になろうと頑張ってるよ」

「・・アンタもアンタで、手がかかりそうね」

「そう?」

「不必要な自己卑下は同情を買おうとしてるように見えるから止めなさい」

「そんなつもりは」

「無いってのは解るけど、そう聞こえるから」

「・・解った」

「あと、間違っても人間が嫌いって話、他でしちゃダメよ?」

「叢雲さんだから話してるんだけどなぁ」

「・・なんでよ?」

「最初の司令官が唯一君の評価を残していてね」

「え・・」

「口が堅く、情に厚く、然るべき時に叱る事ができ、人間より信頼に足る艦娘である、とね」

「・・うっ」

提督は続きを言いかけた口を閉じた。

叢雲がボロボロと涙をこぼし始めたからだ。

 

「・・ごめ、なさい」

「落ち着くまでゆっくり座っていると良いよ」

提督は応接スペースに叢雲を案内すると、椅子に座らせた。

叢雲はそっと提督の服の端を掴んで、静かに泣き続けた。

やがて叢雲がしゃくりあげながらも服を離した時、提督は箱ティッシュを持って帰ってきた。

「ほら」

「う・・あ、ありがと」

「そっか。最初の司令官ともそういう話をした事は無かったのかい?」

「面と向かっては、無かったわ。あの人は無口で、私達と明らかに線を引いてたから」

「私とは違うね」

「そうね。正反対だったわ。若くて、ハンサムだったし」

「えー、傷つくなぁ」

「・・本気で言ってる?」

「いや、冗談という事にしておいてください」

「話は最後まで聞きなさい」

「はい」

「でもね、アタシは」

「?」

「アンタの方が、良いわ、よ」

「オッサン趣味?」

「主砲撃つわよ?」

「止めてください部屋ごと吹っ飛びます」

「そうじゃなくて、さっきも言ったでしょ。目線の話」

「あぁ。最初の司令官も同じ高さじゃなかったのか」

「そうよ。彼は作戦立案は全て自分の仕事だと固く信じてたわ」

「んー」

「だから私達の話は聞かずに、結果だけ見て次を考えてたわ」

「えっ?戦況についてとか、どこで被弾したとかも聞かなかったの?」

「そうよ」

「へー・・それはなんというか、無茶するなあ」

「だから今の方が、同じ失敗を繰り返さない、対策は打ってあるって思うから、その」

「うん」

「あ、安心して、出撃、出来るのよ」

「まぁそうだよね。失敗するのが解ってるのに同じ命令出されたら嫌になるよね」

「んもう!違うわよ!」

「へ?」

「あーもう!わざとやってんじゃないでしょうね!」

「なにが!?本気でさっぱり解らないよ?」

「~~~~~!!」

叢雲はギッと提督を睨みながらぼそぼそと呟いた。

「あ、ああ、アンタの方が安心出来るから好きって言ってるのよ」

提督はぽかんとした後、

「え、あ、えーと、そういう経験0に近いんでアレなんだけどさ」

提督は溶岩と見まごうくらい真っ赤になったままの叢雲に言った。

「その、その好きって言うのは、ラブって事?」

「ふざけんじゃないわよ!そんなこと言わせないで!」

「あ、えと、ごめん、えっと、あー、その、どうしたら良いんだこういう時」

おろおろする提督に叢雲はそっと近づくと

「・・ぎゅ、ぎゅっと、しなさい」

提督は叢雲の背中をそっと抱きしめた。

「お、あ、ええと、これで良いのかな?」

「あと、頭をナデナデしなさい」

「こ、こう?」

「そのまま続けなさい」

「・・あ、叢雲さん」

「黙ってやる!」

「は、はいよ・・・でもね叢雲さん」

「あーもう!良いから!ちょっとで良いから黙ってやる!」

「・・・はい」

たっぷり3分はそうした後、提督はぎこちなく言った。

「と、ところでね、叢雲さん」

「一体なによ」

「さっきから、その、皆が見てるんだけど」

がばりと振り返った叢雲を

「お、大人の関係なのです」

「抜け駆けはダメですよ~」

「お夕飯よって呼びに来たんだけど~、これなら白米だけあれば良いかしらね~」

「・・・」

真っ赤になって目を逸らしている天龍を除き、一同がドアの陰から興味津々の目で見ていたのである。

「・・・・・」

そっと見上げる提督を横目に、叢雲は見る間に真っ赤になると、

「いゃぁあぁぁああぁぁあああ」

と、絹を裂くような悲鳴を上げたのである。

 

 


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