元旦も休まず続けます。
翌日。
「・・それなら、ここから滑り降りるのはどうでしょう・・なぁんて」
そう言ったのは文月で、提督はぐきりと文月を見た。
「なに!?ちょっと待て!今なんて言った!」
「ふえっ!?」
「今!なんて!言った?」
「こ、ここから、滑り降りたら、どうかなって・・ご、ごめんなさい!」
提督は瞬きもせず岩の形を見ていたが、やがて文月の手を取ると
「お手柄だ文月!プランが整った!」
といってぶんぶん握手した。もちろん文月は
「ふっ?ふええ?ふえええ!?」
といって目を白黒させていた。
提督はその後、文月の頭をわしわしと撫でながら皆に説明した。
プランBは島の物陰を伝って移動するという点ではプランAと変わらない。
だが、崖の上から砲撃した後、なだらかに海に続く斜面まで徒歩で少々後退する。
そこから海に滑り落ちた後、洞穴等を伝って移動し、敵の背後から再度砲撃するというプランである。
メンバーはなるほどという目で見ていたが、頭を撫でられ続けた文月だけは顔を真っ赤にしていた。
それにようやく気付いた提督は
「あ!ああごめん!ずっと撫でちゃったね。ごめんね、大丈夫かい!?」
「あ、いえ、あの、頭撫でて貰った事無かったので・・」
「痛かった?」
「ぜんぜん・・全然、痛くないです!もっと撫でて欲しいです!」
「よし、お手柄の文月には大サービスだよ!」
「ふええ~」
ぽえんとした表情でわしわしと撫でられる文月を見て、
「・・ちょっと、うらやましいのです」
と、電が呟いた。
数日後。
皆で詳細を煮詰めたプランを手に、天龍は意気揚々と出撃していった。
それは例えば、電が
「だ、段ボールに紐を通した物を持って行くのです!でないと滑る時にお尻が痛くなるのです!」
と言った事に皆で頷いて採用した、という按配である。
「やっほーう!」
天龍達は攻撃を済ませると、段ボールを敷いて斜面を笑いながら滑り降りた。
バンジーに比べりゃこれくらい屁でもねぇ!
敵は天龍達の動きに最後まで翻弄され、背後からの第2回攻撃がとどめとなり全て轟沈した。
天龍達は数発の至近弾で軽傷、いわゆるS勝利という扱いであった。
「いよっしゃああ!あの憎ったらしい潜水艦が1発も撃ってこなかったぜ!」
「海中から見てるんだから地上の動きなんて解らないものね。ま、当然の結果よね」
「高い所から見ると潜水艦が解りやすいって初めて気づきました~」
だが、戻って来た面々の中で電が一人浮かない顔をしていたので、港で出迎えた龍田が訊ねた。
「どうしたの、電ちゃん」
「あ、いえ、お話する前に轟沈させて良かったのかなって・・」
「んー・・」
龍田はちょっと考えた後、言った。
「明らかに戦闘態勢で待ち構えている深海棲艦とは、やっぱり戦わないといけないんじゃないかなあ」
「提督さんは・・提督さんは何て言うか、聞いてみて良いですか?」
「ええ、もちろん」
「うん、撃って。相手が戦闘体制なら沈めるまでしっかり撃ちなさい」
戦果報告の最後で、そっと電は思いをぶつけた。
しかし、直後に提督がこう答えたので口をパクパクさせたが、言葉にならない。
提督は続けた。
「良いかい電。これは、私の、命令だ。戦いを仕掛けてきた深海棲艦は沈める事を目的として攻撃しなさい」
「な、なの、です」
「電の考えじゃない。私の、命令だ。いいね。私の、命令だよ」
龍田はチラリと提督を見て言った。
「電ちゃんにはそれだけじゃ伝わらないと思うわよ~?」
「そ、そうか?説明を頼めるかな」
電は涙目になって龍田を見た。
「あのね、電ちゃんは、深海棲艦を沈める事を自分で決めて攻撃してると思うと辛いでしょ~?」
「は、はいなのです」
「でもそれが、提督の命令に従っただけなら、少しは辛くないでしょ」
「え、ええと・・」
「だから電ちゃんが辛い気持ちになる事はない、提督が責めを負うよって言ってるのよ~」
「・・」
「何か補足はあるかしら?提督」
「合ってるよ。ええとね、電」
「はい」
「我々と深海棲艦は、平等に扱うべきだよね」
「な、なのです!」
「だとしたら、我々が話を聞けるのは、相手が話そうという意思がある時だけだよね」
「あ・・」
「そしたら少なくとも、砲門をこちらに向け、殺そうとしてくる相手に話す意思はないと解るよね」
「はい・・」
「だけどね、電」
「?」
「移動中とかの非戦闘時に遭遇して、攻撃態勢に入らない相手が居たら、この限りではないよ」
「あ・・」
「戦わずに済む方法があるかどうかはとても重要な課題だ。けれど、君達の命はもっと重要だ」
「・・」
「だから君や、仲間の命の危険がある戦闘時は、その命を護る為に戦闘に徹して欲しい」
「・・なのです」
「逆に、そうでない時、あるいは戦意を喪失してる相手に対して、話しかけるのは許可するよ」
「!」
「あくまで、電や、仲間達の安全が確保されたうえで、だ。守れるかな?」
「はいなのです!」
「よし。いずれにしても、今日の戦果は非常に素晴らしい。皆良くやってくれた、お疲れ様!」
「はい!」
「あ、そうそう。損傷確認を工廠で行い、1でもダメージを負っていれば入渠してね」
天龍が眉をひそめた。
「・・は?」
「ん?なんだい?」
「い・・1でも、入渠、するのか?」
「当たり前だ。損傷をなめるなよ?」
「せ、せめて小破以上で良いんじゃねぇか?」
「いや。1でも回復してもらうよ。それは」
「それは?」
「私の趣味だ」
ずずっとつんのめる天龍に
「まぁまぁ、そういう事で頼むよ!じゃ、龍田、夕食の支度を頼む!皆は工廠に行ってくれ!」
そういうと、提督は書類仕事に戻ってしまったのである。
「ああん!?ダメージ2だと!?ちっくしょー、入渠かよ。ドックで報告書書いちまうかなぁ」
天龍がぶつぶつ言いながらドックに入って行った後、最後に診断を受けた叢雲は
「叢雲さんはノーダメージですよ~」
と、一人だけ言われたのである。
「あっそう。じゃ、私は先に戻るわね」
叢雲はドックの中の面々にそう声をかけると、工廠を後にした。
コンコンコン。
「はいどうぞ~」
提督の呼びかけにガチャリとドアを開けたのは、叢雲だった。
「おや、ドックの順番待ちかい?」
「いいえ、ノーダメージだったの」
「それは良かったね。それで、どうしたんだい?」
叢雲はとことこと提督の横まで歩いてくると、
「一つ、謝っておかなければならない事があるわ」
「あ!私が取っておいたヨーグルト食べたの叢雲か?」
「そんな事しないわよ!」
「え?じゃあえっと・・あとなんかあったっけ?」
叢雲はぎゅっと服の端を握った後しばらく黙り、やがて意を決したように
「あ、あの、む、昔からの秘書艦は・・私なの」
と言ったのだが、
「あぁ、引継書類に書いてあったね」
提督はあっさりと返した。
「う、嘘ついて、ごめんなさい」
「なんで?今は龍田が秘書艦やってくれてるよ。あ、それとも陰で叢雲がやってるの?」
「いいえ、今は全部龍田がやってるわ」
「別に、私の代からは龍田が秘書艦と皆で決めたのなら、それで構わないけど?」
「そ、そう、なの?」
「龍田は初めて会った時、今は私が秘書艦だと言ったんだ」
「・・」
「だからそういうもんかって思ってたよ」
「あ、あんただって希望出したんでしょう?」
「別にわざわざ変えなくて良いよって答えただけで、代わるなら代わって良いよ?」
「・・」
「もしかして、秘書艦やりたい?結構大変そうだよ?」
「・・あのね、提督」
「うん」
「私はもう、二度と、秘書艦をやりたくないって思ってた」
「何故・・というのを聞いても良いかな?」
「良いけど、後にして」
「うん。聞こう」
「けっ、けどね、今なら、あ、あんたなら、や、やってあげても良いわよって、思ってるわ」
「・・そっか」