叢雲の耳元で、提督は囁いた。
「・・同情なんて何の役にも立たない事は解ってる」
「・・」
提督は鼻水を啜りながら言った。
「だが、だが・・こんなに大変な仕事をしてくれる部下に向かって、その二人は幾らなんでも酷すぎる」
「・・」
提督はぐいっと叢雲の後頭部に手をやり、叢雲の頭を自分の肩に乗せた。
「一体どれだけ辛い思いをしてきたか私はまだ知らないが、いつでも聞く用意はある」
「・・」
「約束するよ。私は決して君達を卑下しない。心を通わせるべき大切な部下なんだ」
「・・」
「もう1つ。優しかろうと一人で抱え込めばロクな事にならん。それは私でも、君でも、誰でもだ」
「・・」
「だから一緒に考えよう。思いを伝えてくれ。手が要るなら助けてくれと言ってくれ」
「・・」
「一人では膝が震えて立てなくても、二人なら、皆と一緒なら、きっと乗り越えられる」
「・・」
「叢雲、いつか話せる時が来たら、今までの事を全部聞かせてくれ」
「・・」
「嬉しかった事、悲しかった事、辛かった事、なんでも、全部。思い出した時、話したい時で良い」
「・・」
「私は傍に居る。ずっと、傍に居る。君達の話を聞く為に。より良い明日の為に、一緒に考えよう」
叢雲はぎゅうっと、提督の肩口に目と口を押しつけた。
涙が止まらないし、嗚咽も聞かれたくないから。
それでもひっくひっくと体が震えるのは止められなかったし、提督はずっと、叢雲をぎゅっと抱いていた。
その時、バンジー台からものすごい形相をした天龍が飛び降りた。
龍田は天龍の表情をカメラに収めていた。
「いやぁ、今日はバンジーだけで終わったね~」
「施設から作ったしね」
「あの、それで、どうやってあの海域を攻略するのです?」
食後のデザートとして出されたババロアを食べつつ、文月は上目遣いに提督を見た。
「明日もう一度会議して決めようと思うんだけど、やっぱり島を横断する方向になると思うよ」
「こ、攻撃は飛び込んだ後に行うのですか?」
「いや、飛び込むのは敵に予想外の形でばれたとか、やむを得ずっていう場合にしたいね」
ほっとする文月を横目に、天龍が口を尖らせた。
「って事は今日やった事はなんだったんだよ?」
「落ちるってのはああいう感覚だって理解出来たでしょ。本番の時に困らないじゃない」
「・・そんな事態にならねぇよう必死で気を付けるようにはなると思うけどよ」
「知っておくのは良い事だし、必要な事には慣れておくべきだね」
「えっ?」
「毎日とは言わないけど、慣れるまで何回か訓練しておこうよ。あぁ、えっと、私も付き合うからさ」
「なんでだよ」
「だってそんな訓練してる艦娘居ないだろ?」
「たりめーだ!」
「だから艦娘同士の戦闘や、艦娘の戦い方を知ってる深海棲艦には100%予想外だろ」
「・・う」
「だからさ、いざという時に使えるようにしとこうよ」
天龍は微妙な顔をしていたが、
「まぁ・・他の演習の合間にな」
と、返事をしたので、
「それで良いよ。あぁそうだ、天龍」
「なんだよ?」
「皆の演習メニュー考えてくれないか?こういう事は経験豊富な水雷戦隊の旗艦に任せたいんだよ」
天龍の頭の艤装がピコンと立ったので、龍田は溜息を吐いた。
ちょっとおだてられるとすぐ乗っちゃうんだから・・・
「よっしゃ!任せとけ!」
「任せたよ天龍さん!」
龍田はずずーっと茶を啜っていたが、提督は小声で言った。
「あ、龍田さん」
「はーい?」
「お姉さんのブレーキ役、任せたよ」
龍田はじとりと提督を見たが、提督は小首を傾げ、当然要るよねという顔で見返している。
龍田は溜息を吐いた。その通りだからだ。
「解ったわよ~」
その夜。
コンコンコン。
「はいよー、どうぞー」
「お邪魔します」
「おや龍田さん、どうした、こんな夜更けに」
「それは私の台詞よ~。提督室に侵入者かと思って撃退しに来たんだけど?」
「そりゃすまなかったね」
龍田はチラリと机の上を見た。
「・・海域の攻略法は、皆で考えるんじゃなかったんですか~?」
「痛いとこ突くね」
「やっぱり私達じゃ心配ですか?」
「いや、議論するにも、草案は必要なんだよ」
「草案・・」
「うん。艤装は飛び降りても壊れない事は解ったけどさ、皆がしばらく動けなくなる事も解った」
「そうね~」
「実はね、皆がすぐ動けるなら、この崖を使おうと思ってたんだよ」
そういうと提督は、島にある1つの崖を指差した。
龍田は立体図全体をじっと見ていたが、ポンと手を打つと指を指しながら言った。
「ここから入って、こう移動して、この崖から飛び込むのね~?」
「そういう事だ。だとすれば岩陰と松林で君達の姿は敵から見えないだろう?」
「完璧に敵の懐に不意打ちで飛び込めるわね~」
「だが、崖から飛び込んで、着水したらすぐ移動しないといけないんだ」
「行先は、この横穴ね~?」
「そうだ。撃ったらこの穴を抜けて、こう行って、こう。で、こうだ」
「あはははっ!面白い位脱出ルートになってるわね~」
「これなら我々は攻撃した後、敵から見えないルートで消える事が出来る」
「そうね~、間抜けな敵ならここまで逃げた後にこっちからも撃てそうね~」
「そう、なんだけどね」
「飛び降りた後にすぐ動きながら撃てないようじゃ、ここで集中砲火されて御仕舞ね」
「そういうこと。だからプランAは消えたんだよ」
「・・ねぇ提督」
「ん?」
「だったら降りた後、動けるように訓練したら?」
「それもあって天龍に水を向けた。ただ、あまり性急にやれば皆のトラウマになる」
「でも、この海域はさっさと攻略したいわね。シーレーン確保には重要な場所だから」
「その通り。だからプランBを考えてるんだけど、なかなか無いんだよ、これが」
「これだけ狭いエリアだから無理も無いわね」
「きっかけだけでもと悩んでももうこんな夜更けだ。な、一人の頭脳なんて所詮こんなもんなんだよ」
だが龍田はくすりと笑うと、
「一生懸命考えてくれる姿は嫌いじゃないけどね~」
「えっ?」
「でも、目の下にクマを作ってなかなか起きない提督なんて格好悪いから見たくないわ~」
「へうっ」
「だから今日はもうおしまい。さっさと部屋で寝てくださいな~」
「解りましたよ。じゃ、お休み」
「お休みなさーい」
パタン。
提督がドアを閉めた時、龍田は肩をすくめた。
寝る前にもう1度マップを見て案を考えようと思って来たのだが、提督も同じ思いだった、か。
「・・まだ、全部認めた訳じゃないけどね~」
龍田は指先で提督のペンをついっと突いて、ふふっと笑った。
最初の司令官は優しかったが、作戦に関しては一言も相談してくれなかった。
現地がどういう状況だったかという質問も無かった。
だから言いたい事が沢山あったけど我慢していた。
二人目の司令官には言いたくも無かったし、三人目はあっという間に居なくなってしまった。
「今度は、信じて良いのかなぁ」
龍田は小さく溜息を吐くと、そっと部屋の電気を消して立ち去った。
これにて本年の営業は終了とさせて頂きます。
皆様、良いお年をお迎えくださいませ。