艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード06

 

叢雲は、バンジーなどした事がなかった。

だが、出来上がったバンジーの施設を誰から使うかと提督が問うた時、元秘書艦としての責任感と物珍しさで立候補したのである。

とはいえ、ハーネスをつけ、ロープを取り付け、崖上に続く小道を上る頃にはすっかり怖くなっており、挙手しなきゃ良かった、いや、でもいつかやるんだからと言い聞かせていた。

飛び込み台に叢雲を見つけた提督は、目を離さずに皆に話しかけた。

「よし皆!さっき言った通り、声を合わせてくれ!」

「はーい」

「なのです」

天龍は叢雲を見上げながら言った。

「う~わ、叢雲ちっちゃ・・」

天龍の声を聞いて、龍田はぽつりと言った。

「高波って、垂直に落ちる訳じゃなくて滑り降りるって意味なんだけどねー」

天龍はぎょっとしつつ龍田に向き直った。

「え?それ、大事なことじゃ…」

「まぁ激突はしないみたいだし~」

提督は旗を振り上げつつ言った。

「よし行くぞ!5!4!」

叢雲は飛び込み台の先端に立ち、歯を食いしばってカウントダウンを聞いていた。

何度もロープの固定具合は確かめた。

工廠長は信用してる…してるけど!

でも心拍数はうなぎ登りだし冷や汗が止まらない。

こ、ここ、こんな事、軍艦時代にだって経験した事無いし!

「3!2!1!」

手は後頭部。

前に倒れ込むようにそっと落ちる。

ロープは握りたくても握っちゃダメ!

だ、だだ、ダメなのよ叢雲!

「バンジー!」

叢雲はカッと目を見開くと

「いやぁああぁぁああああ!」

と大絶叫しながら飛び込んだ。恥も外聞もあるか!

足場を離れた瞬間、艤装が墜落警報を激しく鳴らし始めたが、もう聞こえない。

ドクン、ドクン、ドクン。

自分の心臓が耳元にあるのかというほどうるさく聞こえる。

ドクン、ドクン、ドクン。

ちょっと!も、もう地面が!地面が近いわよ!ロープ何やってるの仕事しなさいよ!

ドクン、ドクン、ドクン。

足の先から頭のてっぺんに向かって泡立ってくる恐怖の感覚。

ドクン、ドクン、ドクン。

ロープが切れたに違いないと思う位、永遠に落下する感覚。

ドクン、ドクン、ドクン。

声にならない叫び。げ、激突する、激突するぅうぅううう!

ぐいーん。

急激に落下速度が緩まり、地上に近い空中の1点で一瞬止まる。

追いついたかのように、叢雲の耳に急速に音が蘇ってくる。

だが。

「!?」

勢いよく空高く引き戻されていく。

「にゃぁああぁあぁぁぁあああ!?」

2回目、3回目の上下運動の後、ロープがするすると伸びてエアクッションにボフンと着地した。

「・・・・・」

エアクッションの感覚を全身で感じながら、荒い息をしつつ、ぐったりと横たわった叢雲は思った。

生きてるって素晴らしいわ。

あと、残りの人生は地面でも水でも良いから何かに足をつけていたいわ。

ハリケーンの日には出撃を勧めないって書いてあったのは実に正しいわね。

 

「お、おい、叢雲・・大丈夫か?」

ハッとして焦点を合わせると、提督が心配そうな顔で覗き込んでいた。

「あぁ良かった。呼んでもぼーっとしてるから・・気持ち悪いとか無いか?大丈夫か?」

「へっ・・平気!平気に決まってるでしょ!」

「受け答えはいつも通りだけど・・よし、一応工廠長に診てもらいなさい」

「ん・・」

身を起こした叢雲は工廠長に連れられてドックに向かった。

「艤装の性能とその子の精神的限界は違うよね。やっぱりやっておいて良かったよ」

天龍がジト目で提督を見た。

「たりめーだろ。俺達は艦載機でも砲弾でもねぇんだぜ」

「そうだね。でも、こういう所を見落とすと大失敗に繋がるんだよ」

「どういうことだよ?」

「艤装は15mの落下に耐えられ、崖の高さは7m。だから飛び降りて攻撃しろと命じたとする」

「あ」

「結果は艦娘が着地後に放心状態となり、そのまま集中砲撃されました、ってね」

「・・・」

「だからバンジーで先にやって良かったよ。うん。ちょっと困った状況だけどね」

龍田がそっと、提督の肩に手を置いた。

「当然ですけど、提督もなさるんですよね?」

「へ?」

「バンジー」

「・・・えっと」

提督は龍田に振り向いて納得した。

うん、やらなきゃ殺すって顔に書いてある。断れませんね。

「・・じゃ、ハーネス貸して」

「はぁい」

 

「せ、せめて掛け声!掛け声くらい送ってくれー!」

「提督はもちろん20mよね~?」

「いへっ!?」

「そこ15mですよ~?」

「え、あ、あの」

「皆さーん。せーの!」

「にっじゅう!にっじゅう!にっじゅう!」

「そういう掛け声は要らないよ・・・とほほ・・・」

提督は仕方なく20mの台に向かって登り始めたが、その様子は下から見て解る位のへっぴり腰である。

天龍がニヤリと笑いながら龍田に囁いた。

「なぁ、俺は提督が降りられない方に100コイン」

「レートは良いけど賭けは不成立ね~」

「んだよ、龍田も降りられない方かよ。なぁ、誰か降りる方に賭けねぇ?」

文月がこくりと頷いた。

「じゃあ私、降りる方に200コイン」

「まだ叢雲は帰って来てないか。電はどうする?」

「不謹慎なのです!パスなのです!」

「ちぇ。んじゃ、龍田と俺は降りられない方に100コイン、文月が降りる方に200コインな」

だが、再び上を見上げた天龍は

「げ!」

と言い、文月と電もつられて20mの飛び込み台を見た。

だがそこに提督の姿は無く、

「うわぁああああああぁあああああ!」

と、絶叫して落ちてくる姿が迫りつつあったのである。

 

「少なくともバンジーの掛け声かけるまで降りてこねぇかと思ったけどよ、すげぇな提督!」

天龍は、エアクッションの上で呆然とする提督に興奮した様子で話しかけていた。

提督は弱々しく頷いた。

「あ、ああいうのは早く済ませた方が良いからね。あ、あはははは」

「いやぁ、でも見直したぜ提督!てっきり口先だけの事務屋だと思ってたのによ!」

「そ、そうじゃないよ・・ちゃんとやったよ・・あはは」

だがずっと提督から目を離さなかった龍田は、提督の耳元で小さく囁いた。

「様子を見ようとしたら風で煽られて落ちちゃった、なんて言えないですよね~」

ぎくりとした提督は涙目で龍田を見たが、

「他の子には内緒ね~、解ってますよ~、うふふ~」

そう言いながら片目を瞑ったのである。

提督は肩を落とした。これは龍田に思い切り弱みを握られたなあ。

 

こうして、すっかり提督が自ら飛び降りたと信じ込んだ天龍は文月を連れて登って行った。

「おい!あの提督だって20m飛んだんだぜ!艦娘として負けてられねぇだろ!次はお前らな!」

龍田達にそう言い残して。

提督は地面に胡坐をかきつつ複雑な表情で見守っていた。よほど低評価だったのね、私。

そして。

「どこも異常なかったわよ・・って、何この状況」

「あぁ叢雲、良かったね。いや、叢雲の後、私が20mからバンジーしてね」

「は?」

「叢雲が放心状態になったのが良く解ったよ。一瞬走馬燈まで見えたよ」

「・・なんで提督が飛ばなきゃならないのよ?」

「龍田さんに命令されたんでね」

叢雲は溜息を吐いた。

まったく・・この提督は。

「本当に艦娘の言う事聞くのね」

「必要ならね。別に人間でも、艦娘でも、妖精でも、言う事にフィルタ掛ける必要はないでしょ?」

叢雲は涙目で飛び込む文月を見ながら言った。

「・・あんたが来る前の司令官はね」

「うん」

「深海棲艦なんて気色悪い物は化け物同士で戦ってろって言い放ったわ」

「・・」

「その前の司令官は、たかが艦娘が人間様と同じ飯を食うのかって笑ったわ」

「・・」

「最初の司令官は真面目で私達の事も気にかけてくれたけど、ある朝机に突っ伏して死んでたわ」

「・・」

「アタシ達を気にする優しい司令官は死んじゃって、ムカつく連中は生き残った」

「・・」

「あんたもアタシ達に構い過ぎない事ね。でないと早死・・きゃっ!?」

提督は叢雲をぎゅうっと抱きしめた。

事態が飲み込めない叢雲は慌てて聞いた。

「ちょっ!なっ!何してるのよ!」

 


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