艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード05

叢雲が沈黙したので、電がそっと訊ねた。

「あ、あの、司令官さん」

「なんだい?」

「司令官さんは、その、深海棲艦は、全て沈めるべきだと思いますか?」

「・・・」

提督はしばらく腕を組んで考えていたが、真っ直ぐ電を向いて話し始めた。

「少し答と違うかもしれないけど、人間同士のたとえ話をするね」

「はい」

「色々な欲が絡んだ結果、A国とB国が戦争を始めたとするよね」

「はい」

「でも、兵士も含めて、A国の全員がA国を正しいと信じ、B国を憎んでるわけでもない」

「はい」

「そしてA国の国民全員がB国の文化や国民性を知ってるわけじゃない」

「はい」

「でも、戦争ってのは、その1人1人を見ずに、全てどの国の制服を着てるかで区別する」

電は悲しげに目を伏せた。

「・・はい」

「そして、軍は、敵国の服を着てる軍人を見たら無力化せよって部下に命ずるんだ」

「・・はい」

「でもね」

電はそっと提督を見上げた。

「?」

「戦争の最中にだって、敵国と通じる組織があったり、民間は意外と普通に商売してたりする」

「・・」

「私は正直、深海棲艦が何なのか解らない。だから、1つだけ言える事がある」

「?」

「深海棲艦に対する関心を失ってはいけない、という事だ」

「関心?」

「そうだよ。愛の反対は憎悪ではなく、無関心だ」

「・・」

「たとえば道端のビニール袋を踏み潰すのは誰も罪悪感は湧かないだろう?」

「は、はい」

「でもその中に友達のメガネが入ってると知ってたら踏み潰さないよね?」

「!」

「だから、関心を、知ろうとする努力を、するべきだと思う」

「はい」

「もし話せる相手が居るのなら聞いてみたい事が沢山あるし、手を結べる可能性もあるかもしれない」

「はい」

「・・答になったかな?」

電はにこっと笑った。

「はいなのです!」

やり取りを聞いていた叢雲は、はぁ、と深い溜息を吐き、頭を抱えつつポツリとつぶやいた。

「あんたは司令官っぽくないわ」

「そうだね。司令官のしの字も知らないしね」

「うーん・・」

叢雲はゆっくりと頭を起こし、少し考えた後、

「あんたを司令官と呼ぶのは違和感があるわ」

提督は叢雲の目を見つつ肩をすくめた。

「気が合うね。私も私一人で決めるかのような司令官という呼び名は好かない。何て呼びたい?」

叢雲はジト目で提督を見たあと、ふんと鼻を鳴らして答えた。

「・・・そうね。提督って呼ぶわ」

「そうか。じゃあ皆も提督って呼んでくれないかな?」

提督の呼びかけに対し、残る面々は

「賛成なのです!」

「別に良いけどよ・・」

「提督、ですか?」

「はぁい」

「よし、じゃあ私が居る部屋も提督室って呼んでくれ!」

こうして、提督は提督と呼ばれるようになったのである。

 

それから2週間が過ぎた、ある日。

 

「何言ってんのよ!島の左のあの岩場を回るからクソムカつく潜水艦に狙われるのよ!」

「右から回り込んだら敵艦隊と丁字不利の姿勢になってしまいます!絶対左!」

叢雲と文月が数cmまで顔を寄せあって睨みあっている。

ここは提督室の応接スペースであり、只今全員で作戦会議中である。

 

前の日。

秘書艦の龍田を除く4人が出撃した海域で、あと少しという所で戦略的撤退を余儀なくされた。

悔しがる天龍を前に、提督が全て形にしようと言いだし、話を聞きながら海域の立体図を作った。

そしてどこから撃たれ、どこに被弾し、気付いた事は無かったか等を徹底的に聞き出した。

それらを付箋に全部書き出し、次々と立体図に貼っていったのである。

今は次回どうすれば良いか、つまり対策を話し合う段階だった。

だが、そう簡単に対策なんて出ないし、それぞれに思いもあるから口論になりやすい。

とはいえ、最初の数日間のように水を打ったように静まりかえるよりは前進と言えた。

作戦会議をするようになってから、次第に艦娘達は提督と話す事、思いを口にする事に慣れ始めていた。

提督は一人一人の様子に応じてさん付けを止めたり、砕けた口調に変えていった。

艦娘達の方も提督の変化について、艦娘寮で寝る前に集まっては話しあっていた。

少なくとも今までの司令官達とは明らかに違うという事だけは、全員一致した意見だった。

 

提督はドーナツを齧りつつ、睨みあう二人の間にひょいとプレッツェルの皿を差し出した。

「ほれ糖分。補給は大事だよ~」

叢雲と文月はギリッと提督を睨んだが、そのままプレッツェルの皿に視線を移し、

「・・頂きます」

「・・はい」

渋々プレッツェルをつまんで口に入れたが、その途端

「あっ!旨っ!何これ!」

「イチゴ・・イチゴの味がするのです!」

といって2つ3つと手を出し始めた。

提督はガツガツ食べ始めた二人の間にそっと皿を置くと、腕を組んでふうむと唸った。

「何とかこう、相手の意表を突きたいよね」

電が苦笑して言った。

「ここの砂浜を突っ切るならともかく、海路としてはどっちかしかないのです」

提督は口に運びかけたマグカップをそのままに、電を見た。

「・・それだ」

「なのです?」

「真ん中の島を徒歩で突っ切ろう」

叢雲と文月がお前の気は確かかという顔で提督を見た。

「あんたね・・」

「なに?」

「あたし達は軍艦よ?軍艦が砂浜歩いて良い訳無いでしょ?何考えてんのよ?」

「プレッツェル美味しいですって食べてるのに?」

「そっ、それとこれとは違うのよ」

「それにさ、演習では艤装を装備して陸上を移動した後、そのまま撃ってるじゃない」

「射撃演習の事言ってるの?」

「そうそう。ほら、波止場に並んで海上の標的撃ってるでしょ」

「そ、そりゃそうだけど、あれは演習で」

「でも実弾使ってるでしょ?使えるって事じゃない」

叢雲が段々混乱してきた。

「そ・・え・・あれ?あれ?」

文月はぷるぷると首を振った。

「撃てますけど、陸上での移動速度は人と同じレベルですから、狙われたら回避出来ません」

「なるほど。それは問題だね。じゃあ狙われないように島をどう移動するか考えてみようか」

「へ?」

「君達や装備してる艤装は、何メートルの高さから海に飛び込んでも大丈夫なの?」

電が首を傾げた。

「計った事が無いのです・・・」

「そうか・・」

天龍はニヤリと笑って言った。

「2階の窓から海に飛びこんだ時は平気だったぜ?」

龍田が微笑みつつ天龍を見た。ただし、目は笑っていない。

「天龍ちゃん、それはどんな時にそんな事やったのかな~?」

「うぇっ!?」

ヤバい。遊んでて出撃に遅刻しそうになったからなんて答えたら酷いおしおきが待っている。

提督は顎に手を当てて言った。

「ふむ。じゃあ実際に検証してみようか」

全員が一斉に提督を見た。

 

「よーし!最初は叢雲からだ!準備良いか~?」

「かっ!風っ!高っ!こわっ!」

工廠長はジト目で提督達の成り行きを眺めていた。

まったく、何をしとるんじゃか・・

 

「クレーンで平らな板を吊り上げてくれませんか?」

提督がそう言ってきたのは2時間ほど前の事だ。

「クレーンって・・あの海に面してる大型クレーンかの?」

「そうです。艦娘の子達に乗ってもらうんで、なるべく揺らさないように」

「は?何故じゃ?」

「どの高さから落ちると艤装に影響があるかを知りたいんですが、もしやご存知ですか?」

「単純に艤装の規格という意味では、高波から落ちても大丈夫なようになっとるよ?」

「高波って言うと・・」

「ええと・・潜水艦、駆逐艦、軽巡、軽空母は15mまで、それ以外は20mまでじゃの」

「凄いですね」

「うむ」

「でも・・」

そう言って提督は艦娘達に振り返った。

「15mの高さから落ちた事ある?大体5階位の高さだけど」

叢雲が噛みつかんばかりの勢いで返事した。

「あるわけないでしょ!」

「だよねぇ・・では、工廠長」

「なんじゃ?」

「すいませんが、バンジージャンプの施設を作ってください」

「・・は?」

「飛び込み台は艤装が耐えられる高さで、最も重い艦娘が艤装込で使っても良いようにお願いします」

工廠長はジト目になって返事をした。

「15mと20m・・という意味かの?」

「限界よりは若干少なめ、余裕を持った高さで良いですけど、そうなりますね」

「それが必要なのかの?」

「今度の作戦で必要になりそうなので」

工廠長は龍田にこの命令を聞いても良いのかと問いかけるような目で見た。

龍田は肩をすくめてこくりと頷いた。

「まぁ・・作れるとは思うがの」

「あ、一人でも操作出来るようにお願いします」

「さらっと面倒な事を言いおって・・仕方ないのぅ」

工廠長はガタリと席を立ち、工廠の傍の崖を利用してバンジーの設備をこしらえたのである。

 


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