提督は口を開きかけて止め、真剣に腕組みして考え出した。
龍田は会話を思い返し、そんなに真剣に考える事があったかなと首を傾げていた。
やがて提督はうむと頷くと、
「解った!じゃあちょっと買い出しに行ってくるよ!」
「・・は?」
「確か市役所の近くにスーパーあったよね。あ、外で物買った場合は領収書があれば良いの?」
「あ、あの、鎮守府名義のクレジットカードがあるけど・・」
「あのスーパーで使えるかな?」
「普通に食事の買い出しとかで使えてるけど・・えっ?」
「えっ?」
「・・どなたが買い出しに行かれるんですか?」
「私が」
「何を・・お求めに?」
「えっと、牛乳とバニラエッセンスと・・あぁプリンのセット買う方が失敗しないかな」
「は?」
「え?」
龍田は眉をひそめながら聞いた。
「あ、の・・司令官が、プリンのセットを、スーパーに買いに行かれるんですか?」
「そのつもりだよ?あ、ホットケーキの方が好き?」
龍田は目を瞑って一呼吸置いた後、こう言った。
「死にたい司令官はどこかしら~?」
提督はジト目になった。
「えー、ダメですかぁ?」
「さっきの話を聞いてなかったんですか~?」
「反対勢力が危ないって話かい?」
「そうですよ~」
「じゃあ定期船で届く以外の食材調達はどうしてるの?調味料とかさ」
「私達は武装してるから、普通に地元のスーパーで買ってますよ~」
「あ、じゃあ一緒に来てくれるかい?それなら良いんでしょ」
「ええと、あの」
「ん?」
「メモ頂けば買ってきますけど・・」
「んー、牛乳とかあるから重くなるよ?」
「・・一応、艦娘ですし」
「んー」
そういうと提督はメモをカリカリと書いて手渡した。
「それで解るかい?」
龍田はふんふんと頷くと、メモをポケットに仕舞った。
「良いですよ~」
「ありがとう。あ、これ、振舞うまで皆には内緒ね。器あるよね?」
「一応揃ってるとは思いますよ~」
「良かった」
龍田は窓の外を見ながら言った。
「じゃあそろそろ、鎮守府内を御案内しますね~」
「お願いします」
龍田はドアを開けつつ思った。
ここに居て話をするから訳の解らない事になるんだろう。
外に出れば大丈夫だ、きっと。
「ここが工廠で・・あ!工廠長さぁん」
龍田が声をかけると、工廠長が振り向いた。
「龍田か。ん、おや、見ない顔だの。どちらさんかな?」
「本日付でこちらに着任しました。以後よろしくお願いいたします」
工廠長はぎょっとした顔で頭を下げた提督を凝視した後、
「あ、あんたは新しい司令官なんだろ?」
「え?はい」
「司令官がそんなに簡単に頭を下げる物ではないぞ?」
「ここでは皆さんが私より先輩ですから、色々教わる立場としては当然です」
工廠長は困惑した顔で龍田を見た。
龍田が頷きながら肩をすくめたので、工廠長は苦笑を返した。
「言っとる事は・・まぁ・・間違いではないがの・・」
「はい」
「ただ、上には上の態度というのがある」
龍田は提督の背後で何度も頷いた。違和感はそれか!
「上の、態度ですか」
「うむ。上がふさわしい態度をする事で、部下は安心してついていけるという事だの」
「俺についてこい的な、どっしりした態度という事ですか?」
「要約すればそうだの」
提督は肩をすくめ、自らを指差してこう言った。
「これが何か言った所で安心してついてこられますか?」
工廠長もぎょっとして見返したが、それ以上に龍田は驚いた顔で提督を見た。
「・・なに?」
「私は皆で決めて、やった事の責任を引き受けるつもりです」
「皆で・・決める・・じゃと?」
「ええ。工廠の中の事は工廠長さんが一番よくご存じでしょう?」
「そうじゃが、せ、せめて敬語は止めてくれんかの。上下関係がおかしくなる」
「じゃあもう少し砕けましょうか。そして海の最前線は艦娘の子達が一番知ってるでしょ?」
振り向いた提督に龍田は苦笑を返した。
「まぁ、そうね」
提督は頷きつつ工廠長に向き直った。
「知ってる人が決めるのが、一番しっくりきませんかね?」
「現状を変える決断という物もあるぞ」
「もちろん。そういう決定は私がします。でも、箸の上げ下げまで私は関与しませんよ」
「任せる物は任せる、という事か」
「ええ。例えば資材の発注タイミングとかは工廠長さんに任せます。書類を頂けば判を押しますよ」
工廠長は苦笑した。
「・・ふん。ま、そういう事ならわしはやりやすくて良いがの」
「餅は餅屋ですよ」
「あー、あとな、司令官」
「はい」
「工廠長さんは止めてくれ。工廠長で良い」
提督はくすっと笑った。
「解りました。ではこれからよろしくお願いします、工廠長」
工廠長は差し出された手を握り返した。
提督の笑顔を見ながら工廠長は思った。
こいつ、今までの司令官達とは根本的に違う。
警戒していてもいつの間にか、しょうがないなと言って手を握ってしまう気がする。
工廠長はちらりと龍田を見た。
朝の様子に比べて、龍田は警戒を緩めたか。あと、戸惑いを隠しきれていないな。
5人の中では一番キレ者で慎重だが、それでも戸惑うか。まぁ解るが。
とりあえず警戒は解きつつお手並み拝見、と言った所かの。
龍田は提督に告げた。
「じゃあ帰るついでに食堂もご覧頂きますね」
提督はくるりと龍田に向くと、あとに続きながら聞いた。
「そうか!食堂はあるんだね!良かった。キッチンもそこかな?」
「そうなりますね~」
「じゃあキッチンは一通り見せて欲しいね。後で使うし」
龍田がピタリと止まった。
「・・・はい?」
「え?なんで?だめ?」
「・・だめというか・・前例が無いというか・・」
「禁止事項じゃないんでしょ。ほらほら、時間が押しちゃうよ!」
「司令官、押さないでくださ・・あっち!あっちですよ食堂は~!」
「おおすまんすまん!さっさと行こう!」
工廠長は見送りつつ肩をすくめた。
今までとは違う事になりそうだの。上手く行くかは知らんが。
「ほぉー!これは良い!綺麗で片付いてる!うん、良いね!」
キッチンを見て頷く提督を見て、龍田は頬を掻いた。
工廠や弾薬庫よりキッチンを見て興奮する司令官って一体・・
まぁ日頃の手入れを褒めてくれるのは嬉しいけれど・・
「冷蔵庫は業務用だね!中広いな!おっ!良いバター使ってるね!」
言ってる事は当たってるが、本当にこの先やっていけるのかしら・・心配。
そして夕食時。
鎮守府所属の叢雲、電、文月、天龍が揃ったので提督は簡単な自己紹介を行った後、食事となった。
今晩の食事は龍田が作ったので、
「御馳走様でした!」
という皆の声に、龍田が
「はぁい、お粗末様でした~」
そう返したのである。
だが、その直後、
「ね!皆!待って!ちょっと待っててくれ!」
キッチンに去っていく提督をなんだろうと目で追う4人とは対照的に、やれやれと肩をすくめる龍田。
天龍が龍田に訊ねた。
「おい、何か知ってるのか?」
「一応ね・・ただ口止めされてるからぁ・・」
「あの、龍田さん」
「なぁに、電ちゃん」
「司令官さんと一日居て、その、どんな人だと思いましたか?」
電の質問に叢雲がピクリと聞き耳を立てる。
「・・変わった人よ。とっても」
眉をひそめ、それだけじゃ何も解らないと叢雲が口を尖らしかけた時。
「ほいお待たせ!デザートだよー!」
全員が提督を振り返り、そのまま手元を見た。