艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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日曜ですが、始めますよ?




文月と白雪(1)

「はーい、決裁済書類持って来たよー」

「あ、ありがとうござい・・ます」

白雪はひきつりながら、敷波が手渡したずしりと重い紙の束を受け取った。

 

経理方。

 

元天龍組の白雪と川内、そして響の3人で回している部署である。

年中快適な温度に保たれた事務棟の一角で、毎日過ごす専属職。

日焼けが嫌だと嘆く艦娘達からはズルイと言われる事もある。

しかし。

「・・・」

白雪は書類の山を誰に渡すか捌きつつ紙の束をジト目で見た。

当初の目論見は完全に外れてしまった。

通常の鎮守府では、経理作業は秘書艦が対応する。

逆に言えば出撃の合間に片手仕事で済むボリュームが普通なのである。

しかしここは、艦娘が会社を経営していたり、バイトしていたり、出先機関まである。

その違いを白雪は少し甘く見過ぎていた。

白雪は普通の鎮守府よりは多少多いだろうが、自分達なら余裕だと考えた。

上手く行けば毎日午前中だけ仕事すれば良いくらいじゃないかと。

もちろん早く済んだ後は一目散にバンジー場へ向かう予定だった。

だからこそ

「仕事が滞らない事を条件として、勤務と休暇は全て自己裁量」

と契約したのである。

 

しかし。

 

毎日来る書類の量は数cmに達する。100枚どころじゃない。

なぜか。

ソロルでは本来の鎮守府的な機能は徹底的に効率化されており、手間がかからないようになっている。

一方で各種専属方、子会社、特命等、不定形で金銭の動きが激しい特殊な要因が莫大にある。

ゆえに毎朝手渡される書類分でさえ、3人で頑張っても定時には到底終わらないのである。

そこに

「えっと・・ええっと・・ご相談・・良いですか?」

と、もじもじした弥生が宝石工房の経理書類を手に現れた日には深夜残業確定である。

クリスティンでの落札値が予想外だったので予算を修正したい、といった内容である。

昔は起票内容そのものの問題だったが、今起きている事は遙かに高次元で複雑だ。

仕事の特性上の問題であり、陸奥や弥生が悪い訳ではない。

だが、本土の会計事務所や税理士に電話すると開口一番、

「あぁ、またクリスティン絡みですか?大変ですねぇ」

と返されるようになった。

悩みの種はそれだけではない。

「やぁ、お邪魔するよ。ちょっと値の張る機材を手配する必要があってね」

そう言いながら最上と三隈が来ると、最近は頭痛がするようになった。

特命事項だから全面拒否する訳にもいかないが、予算なんかとうの昔に使い切ってる。

だから自分達が帳面合わせの為にうんうん唸って捻出方法を考えないといけない。

たまにしか来ないが、来たら自分がかかりきりになってしまうので響達が過負荷になる。

残業代を出してくれるからありがたいが、疲れる事に変わりはない。

最近は経理方の入り口に向かって誰が歩いてきてるのか足音で解るようになった。

それはつまり、自らに向けられた銃の撃鉄をゆっくりと起こされるような物で。

・・・胃が痛い。

「はぁ~あ」

白雪は窓から外を見た。

遠くに白星食品の看板が見える。

そう。

白星食品、古鷹達の造船所、鳳翔や潮の店、日向の基地はまともな書類をくれるのが救いだ。

もし全部が陸奥の工房みたいな変則性を持ってたら、大本営へ帰っても良いかもしれない。

改めて思う。

こんな手広く仕事してる鎮守府なんて世界中のどこにもない。

そもそも軍隊の仕事ですらない。

平日は忙殺状態、土曜日と祝日は突っ伏して寝てるので記憶無し。

だから日曜は日の出前から深夜まで、これでもかとバンジー台から飛び降りている。

「はぁ~あ」

白雪は再び大きな溜息を吐いた。

「どうしたの?具合悪いの?」

ぼうっと手を止めている白雪に近寄って声をかけてきたのは川内である。

「あ、ううん。忙しいなあって思ってただけです」

途端に響がこちらを向いてバツの悪そうな顔をすると

「私が騙されたせいで迷惑をかけてしまったね。すまない」

と言った。

だが、白雪はひらひらと手を振り、

「違います。私の見込み違いというか見積もり違いです」

「でも」

「響さんが騙されなくても、遅かれ早かれ我々に回ってきたものです。御気になさらず」

響はじっと白雪を見つつ、

「ありがとう。でも、相当疲れてるんじゃないかい?大丈夫かい?」

「んー、まぁ、疲れてはいますけど、いつもの事なので」

川内が困った顔で笑った。

「祥鳳の後釜を、そろそろ頼んでも良いんじゃないかなあ」

白雪はハッとして、川内をじっと見返した。

・・そうか。

経理方を始めた時は猛烈に仕事が出来る祥鳳が居た事をすっかり忘れていた。

だからボリュームの目論見外れにも割と楽観的でいられたのだ。

だが、途中で祥鳳が大鳳組に移籍し、4人が3人になった上に仕事は増加する一方だ。

引き出しを開け、当初の計画書を見る。

想定していた引き受けられる限界ポイントなんてとうの昔に越えていた。

これはもう、提督に救難信号を出して良いレベルだ。

白雪は川内に微笑んで立ち上がった。

「・・そうですね。ちょっと提督に相談してみましょうか」

響が立ち上がった。

「私達も一緒に行くよ。ね、川内?」

「もちろん!」

 

コンコンコン。

 

「どうぞ」

扶桑の声に応じて白雪達は提督室のドアを開けた。

「おや、白雪じゃないか。月次報告以外で来るのは珍しいね」

「すみません。本日は少々ご相談がありまして」

「良いから入りなさい。あ、扶桑、皆にお茶を頼む」

「えっと・・」

扶桑はちらりと白雪を見ると提督に向き直った。

「確か美味しい酒饅頭がありましたが、お出ししてもよろしいですか?」

「ん?そうだな。よし、扶桑も一緒にどうだ?小休止という事で」

扶桑はくすくす笑いながらはいと返し、白雪とすれ違いざま、

「早く席にお掛けなさい。疲れているのでしょう?」

と、囁いた。

白雪は苦笑した。

ここ最近の秘書艦達の勘の鋭さ、観察眼の鋭さは大本営のトップクラスに匹敵する勢いだ。

なにより・・

「おや、随分疲れた顔をしているね。可哀想に・・・そうか、増員の相談かな?」

提督からして一目自分を見てこれである。

どうしてこの提督が艦娘達の恋愛感情にトコトン鈍感なのか本当に解らない。

わざととも思えない。

世界の七不思議ですねと、白雪は思いつつ答えた。

「・・はい、そうして頂けると助かります」

「解った。じゃあ詳細を相談しよっか」

最初から言いづらい部分が終わったので、応接セットに座った白雪達は安心して酒饅頭を頬張った。

提督は酒饅頭を飲み込むと言った。

「んー、増員は2~3名って所かな?」

「・・確かに理想は3名増員ですが、1名でも大助かりです」

「最初4人スタートだったからね。ただ、それなりに計算とか事務仕事向きの子が良いよね」

「はい」

「候補は居る?」

白雪はうーんと唸ったが、

「1人・・いや、2人居るよ」

そう返したのは響であった。

「よし、教えてくれるかな?」

提督が水を向けると、響はこくんと頷いて答えた。

「電と陽炎だよ」

提督はふむと言いつつ自分の顎を撫でた。

「なるほどね。あの二人なら信用が置ける。でも・・」

「なんだい?」

「スネるんじゃない?暁お姉ちゃん」

響がしまったという顔になった。

「あー」

「・・かといって暁お姉ちゃんが経理・・な・・」

「う、うーん」

「何かしたい仕事があるかなぁ・・」

「ただ、電が経理方に来るなら、絶対一緒に来ると思う」

「だろうね」

 

 




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