艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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さあ、この方の登場ですよ。



あの日、大本営で(1)

「おはようございます!」

大和は執務室のドアを開けつつ言うが、いつも通り誰も居ない。

時は0530時。

夜組との交代が終わるかどうかの時間ゆえ、中将が居ないのは別におかしな事ではない。

本来はもっと後に来ても良いのだが、

 

 邪魔されずに仕事出来る時間

 

というのは大本営に居ると、特に昼間は少ないのである。

夜更かしして取り戻そうとすると際限なく居残ってしまう。

体調管理面から考えると深夜残業は危険なのである。

ゆえに、朝早く来て片付ける事にしている。

だが。

大和は書類を自分の机に置くと、きょろきょろと周囲を見回した。

誰も居ない事は解ってるのだけど。

 

トコトコトコと中将の席に近寄り、椅子を引き、そっと腰かける。

日課としている、朝の小さな楽しみ。

椅子の肘掛をそっと撫でながら、大和の頬が緩んだ。

・・えへへへへ。

中将が五十鈴に告白して以来、二人はアツアツになる一方で、自分はもうダメだと思っていた。

だが、あの日を境に芽はちょっとずつ出てきた。ちょっとずつ。

 

そう。

あの日。

 

いつもの通り、通信準備が出来たと事務員からコールサインを受けた大和は中将に言った。

「では、定例報告を聞いてきます」

「うむ、よろしくな」

パタン。

ドアを閉じた大和は大きな溜息を吐いた。

朝から帰るまで、中将の隣には五十鈴がぴったりくっついている。

最近は机まで隣に並べ、椅子をぴったりくっつけて仕事している有様だ。

五十鈴はもはやLv200に手が届く。

敵潜水艦は恐れをなしたのか、とんと姿を見せなくなった。

中将と五十鈴。

大本営内で最も上手く行ったケッコンカッコカリとして、この二人の事は知られている。

中将が長い間一人で五十鈴を看病し続けた事も知られており、寛容な声が支配的だ。

 

艦娘の強化手段として881研究班がケッコンカッコカリを発表した時は懐疑的な見方が多かった。

そもそも、881研究班の言う事なんて胡散臭いという声、

そんな手を使ってまでして強化させたいのかという声、

司令官から命じられてと言うのは艦娘が可哀想ではないかという声、

司令官が艦娘を大事にし過ぎて出撃させなくなるのではと心配する声などがあった。

結局当時の中将、今の大将が、

「ならば私が最初の実験台になろう。雷と仲良くしたいからな」

と言ったので、雷はきょとんとした後、

「そう。じゃあこれからは旦那様って呼べば良いのかしら?それともご主人様が良いかしら?」

と、ニヤッと笑って返した。

以降、大将と雷は懸念された問題を起こさなかったので、最終的に全鎮守府に通知されたのである。

だが、大和は小さく首を振った。

皆が懸念した問題も大事な事かもしれない。

けれど、今なにより不満なのは

 

 「好きな人がいちゃいちゃしてるのを間近で見ながら仕事するってストレス溜まるのよね・・」

 

大和は再び大きな溜息を吐きながら、通信室のドアを開けた。

今日は南方ブロックの報告を聞く日か。ソロル鎮守府も入ってるわね。

長門に愚痴聞いてもらおうかなあ。

 

そしてソロル鎮守府の番になり。

 

「・・えっと、あと、補給に関しても問題は起きてないわね?」

「ああ、問題無いぞ」

「書面上は以上だけど、その他に報告事項とかあるかしら?」

大和はいつも通り、無いという即答を予想していたのだが、

「1点、ある。ええと、一応、だが」

という返答に、おやっと思った。

いつもの長門らしくない、歯切れの悪い言い方だったからだ。

大和は室内を見まわしつつ返した。

「ええっと・・今、周りには誰も居ないわ。安心して」

「あ、いや、別にマズい話ではないのだが・・うん?マズいのか?」

「まぁ話してみなさいよ。マズければ報告しないから」

「すまぬ。ええとな、大和」

「ええ」

「・・提督なんだが」

「また脱走でもしたの?」

「違う。その・・」

「?」

「不老長寿になった」

大和は聞き間違いかと思って必死に類義語を探した。

「え?ええと、あの、不労所得?」

「違う。例の881研究班がやってるという、不老長寿だ」

大和は眉をひそめつつ答えた。

「ヤバイ研がやってる不老長寿化はまだチーズがカビない程度で、マウスでも失敗レベルよ?」

「そうなのか?881研究班の進捗は知らぬが、雷が提督を放り込むと宣言したと聞いたのだ」

「まぁ雷さんとうちの中将は物凄く期待してるからねぇ」

「だが、あの881研究班の作った機械に提督を放り込むなんて真っ平御免だ」

「ハエになりましたとか平然と言いそうだものね」

「そうだ。だからうちの睦月と東雲に装置を作らせた」

大和は額に手を当てつつ答えた。

作りたいから作った?・・頭痛がしてくるわね。

「あのね・・12.7mm機銃作るのとは訳が違うんだけど?」

「勿論だ」

「どうやって作ったのよそんなもの・・」

「龍田が指揮したんだが、まず、無人島に建造工廠を作った」

「ちょっと待って。どうして建造工廠が作れるのよ」

「瑞鳳が兵装開発で間違って引き当てた」

「建造工廠って開発で引き当てられる物なの!?」

「だから、間違って引き当てたと言っている」

大和はペンを握りなおした。手がじわりと汗をかいて滑るからだ。

「・・それで?」

「次にその工廠を、睦月と東雲が不老長寿施設に改造した」

「いや、待って待って待って長門」

「うん?」

「ホットケーキ作るような口調で気安く言わないで。どういう理屈なのよ!?」

「ん、私は細かい事は解らぬ。少し待ってくれるか?」

「ええ。いいわよ」

オフラインになった事を確認して、大和はヘッドホンを外すと首を振った。

やはりソロル鎮守府と話すと異次元へ連れて行かれる気がする。

 

5分ほどして、再び通信がオンラインになった。

「ソロル鎮守府の長門だ。大和、聞こえるか?」

「・・ええ。聞こえるわよ」

「元気が無いな?どうした?」

「あのねぇ・・まぁ良いわ。で、どういう理屈なの?」

「それについては東雲が説明する」

そういうと、やや向こうでガサガサという音が聞こえた後、耳慣れない声がした。

「東雲、です。初めまして」

「あ、はい。初めまして。大本営の大和と申します」

「えっと、司令官の不老長寿化の理屈は、解体の逆です」

「解体の、逆?」

「艤装を解体する手順の中で、船魂が希望する場合、艦娘から人間に実体を変化させます」

「そうね」

「その、艦娘から人間という流れを、人間から艦娘とします」

「えっと、でも、艦娘なら憑依先の艤装が要るんじゃない?」

「その通りです。ゆえに艤装の代わりとして、無線機に憑依してもらってます」

「無線機?」

「インカム、ですね」

大和は目を瞑って考えた。

ちょっと待って。今なんか物凄い事をさらっと聞いてる気がする。

「ええと、整理していい?」

「はい」

「つまり、司令官を、インカムに憑依した艦娘として実体を変化させた」

「はい」

「艦娘とする事で不老長寿化するって事は、修理や疲労回復も・・」

「艦娘と同じく、ドックで行えます」

「海に浮いたり、兵装を使うのは出来ないわよね。無線機だものね」

「はい。仰る通りです」

大和は腑に落ちた自分に眉をひそめた。

え、あれ?

なんか納得しちゃったけど、だって881研究班はまだチーズの不老化しか成功してなくて・・

「あ、その、東雲さん」

「はい」

「その方法って、提督専用なのかしら?」

「いえ、普通の人間であれば、老若男女問いません」

大和はパタリとペンを取り落すと、

「・・ちょ、ちょっと待ってて、ちょっとだけ、ちょっとだけ待ってて!」

そういうと勢いよくヘッドホンをむしり取った。

 

バタン!

ガン!

ゴン!

 

通信室のドアを開け放った瞬間、何かに当たってドアが跳ね返った。

予想外の動きに大和はドアに頭をぶつけてしまった。

額を押さえてうずくまる大和。

「い、いった~」

その大和の前に立ち、肩をぽんぽんと叩きながら、

「ごめんなさいね!でもいきなり勢いよく開けるのは危ないわよ?」

大和はハッとして見上げた。

果たしてそこには雷が立っていたのである。

 

 


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