艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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一と五(4)

その頃、流しでは翔鶴が赤城に頭を下げていた。

「赤城さん、色々本当にありがとうございました」

「あれで加賀さんと瑞鶴ちゃんが手を携えてくれたら良いんですけどね」

「私の方でも瑞鶴にはよく言い聞かせておきますので」

「あまり瑞鶴ちゃんだけ責めてはいけませんよ。加賀さんも子供っぽい所があるので」

「はい、解りました」

赤城達がニコニコ笑いながら部屋の扉を開けた途端。

 

「なんでよ!教えてくれたっていいじゃない!」

 

瑞鶴の怒鳴り声が飛んで来たのである。

加賀は瑞鶴の肩越しに赤城達の姿を認めたが、眉一つ動かさずに応戦した。

今度こそ正義は我にあり。

「その答えをどう導くかが重要なのです。答えだけ合えば良いというものではありません」

冷たい加賀の答えに、入口に背を向けて座っていた瑞鶴はますますヒートアップして答えた。

「ケッチー!ケチケチケチー!」

 

 カッチーン!

 

加賀の眉がハの字に歪んだ。

「なんですかその言い草は。正解ならば正解と教えると言っているのです」

「正解を知って考えるプロセスに立ち返る方法だってあるでしょー!」

「正解を先に知ったらそこで安心して考えなくなり、応用が出来なくなるのです」

「私は違うもん!ちゃんと考えるもん!加賀さんと違って!」

ゴン!

瑞鶴は突如襲われた激痛に泣きそうになりながら振り向いた。

「い、痛ったぁ・・あ、翔鶴姉ぇ・・何するのぉ?」

翔鶴は妹の頭頂部に落とした拳を静かに引きつつ言った。

「何するの、じゃありません。加賀さんの仰る通りです。またそうやってズルしようとして」

「うぐ」

「ちゃんと考えて、適切な答えを見つけたら加賀さんに訊ねなさい」

「・・うぅ・・解りました」

加賀はその様子を見てにふんと笑っていたが、

ゴン!

「・・んな!何をするのです赤城さん」

「ざまを見ろなどと邪な事を考えているからです」

「よっ!?」

「・・考えてなかったとでも?」

「・・考えてました」

翔鶴は両手を腰に当てた。

「もう!瑞鶴はちょっと目を離したらすぐ喧嘩して!」

だが、赤城はふっと笑うと、

「似た物同士、喧嘩する程仲が良いって事ですね?」

加賀と瑞鶴が音速で赤城に振り向きつつ、

「ちょっ!赤城さん!ない!それは!それだけは無いです!」

「全くです!赤城さん、言うに事欠いてなんという事を!誰がこのかしましい方と似てると!?」

「そうよね!一航戦の仏頂面の方と似てる筈ないですっ!」

翔鶴はとっさに平手を構えたが、赤城は涼しい顔で

「あらあら、こんな所に鏡があるのね?」

と、加賀と瑞鶴の間を指差した。

意味を理解し、ムッとした二人が

「もぅ!赤城さぁん!」

とハモったので、翔鶴と赤城は二人を指差してくすくす笑った。

 

「へぇ、翔鶴と赤城、瑞鶴と加賀が組んで仮想演習で対戦してるってのかい?」

「ええ」

提督に近況を尋ねられた赤城はこう答えた。

「言っちゃなんだが、瑞鶴と加賀は上手くやれてるのか?」

「最初はかなりギスギスしてましたけど、喧嘩の矛先を認識してもらったんです」

「矛先?」

「ええ。お互いに売り言葉に買い言葉が続くのは、思考が同じだからだって」

「似た物同士喧嘩するって奴か」

「ええ。傍から見てるとちっとも変わんないですもの」

「冷静な加賀、奔放な瑞鶴って印象だけどなあ」

「加賀さんは子供っぽい所がありますし、瑞鶴ちゃんも賢いですから」

「まぁ頭が良くなければ空母なんて上手に運用出来ないからね」

「・・あら、なんですか?褒めても何も出ませんよ?」

「そのまま言っただけだよ。君達は動く空軍基地で、君と加賀はその最高峰なんだから」

赤城はポッと頬を赤らめると

「しょうがないですねぇ、じゃあ今日は私がハンコ押しましょう」

「ほんと?いや助かるなあ。さすが赤城さん!」

「さ、始めますよ!」

 

その頃、瑞鶴の部屋では加賀が瑞鶴を相手に攻撃手順の解説をしていた。

「そこで太陽を背にして、こう・・攻撃機を急降下させるわけです」

「その時敵船が・・ここから、こう・・回避運動を取ったら?」

加賀は瑞鶴の指摘に渋い顔をした。

「・・攻撃は失敗しますね」

「やっぱりそうなんだ」

加賀は図面を見ながらうんうんと頷く瑞鶴を見て思った。

この子の成長速度は自分の予想を遙かに超えている。

運頼みの運用を改め、理論武装した上で適宜変えていくスタイルは敵が予測しにくいものだ。

大鳳が常々口癖のように

「いかにして敵が撃てない状況に持ち込むか、敵の予想をどう裏切るかが鍵よ」

と言っている通り、予測されにくい運用は有効な防衛手段だ。

加賀はきちんと手順を組んで動くのは得意だが、不定期に戦法を変えるのは苦手だ。

それは性格だから仕方のない事なのだが、瑞鶴はそれが出来る。

このまま行って、同Lvになったら・・勝てないかもしれませんね。

加賀は考え込む瑞鶴を見ながら寂しげに笑った。

いつまでも頂点に居る事は出来ない。それは解っている。

自分より新しく適切な設計で作られた艤装は、無理を重ねた自分のそれでは不可能な事を可能にする。

いつか追い落とされる恐怖。正確には、追い落とされた後の自分がどうなるかという恐怖。

それがウマが合わないと言って嫌っていた本当の理由かもしれませんね。

瑞鶴はふと加賀を見て言った。

「加賀さんてすっごいですね」

加賀は思考中だったので反応が遅れた。

「・・えっ?」

「この場面なら心理的に当たる方へ舵を切っちゃいますもんね!」

「え、ええ・・」

瑞鶴は再び図面に目を落としながら言った。

「敵の心理的要素まで理論的に考えて策を作ってあるんだぁ・・凄いなぁ」

瑞鶴の真っ直ぐで敬意のこもった声に、加賀はすいっと視線を逸らしながら

「私はきちんと考えておかないと動けません・・貴方は咄嗟に対応出来てうらやましいけれど」

瑞鶴は思わず図面から顔を上げ、耳を疑った。

加賀が今言った事って、私を評価してくれてるって事?

「あ、あの・・」

恐る恐る聞き返そうとする瑞鶴を遮るように加賀は咳払いを1つすると、

「では瑞鶴さんの言った通りに敵が動いた後はどう応じますか?これを本日の宿題とします」

「いへっ?」

「では、勉強会はこれで終わります。お疲れ様でした」

「あ、あの、ありがとう・・ございました・・」

一人残った瑞鶴は、加賀が立ち去った扉を見たままぽかんとしていた。

確かに2回目の勉強会以降、自分も気を付けてはいるが、加賀は喧嘩を売ってこない。

喧嘩せず純粋に正規空母の先輩として見れば、加賀は凄まじい努力家で、頭の回転も速い。

提督が加賀に厚い信頼を置いているのも当然だと思う。

それは例えば、操船手順にどのような理由があるかを訊ねてみれば解る。

どんな状況を訊ねても淀みなく理由と答えが返ってくる事に、瑞鶴は舌を巻いていた。

更に、この数ヶ月で学んだ一部を演習に適用すれば、面白いくらい攻撃も回避も決まるようになった。

演習相手から「強くなったわね!」と面と向かって言われた事もある。

実戦でも無傷で帰れるようになった。

でも、と瑞鶴は目線を落とした。

今は加賀の言うままに動いているだけで、自分の物になっていない。

そんなたどたどしい状況でもハッキリ成果に出るのだから、加賀の理論は凄まじい。

その加賀に認められれば、きっと自分は加賀の後を継げるだろう。

・・後を、継ぐ?

瑞鶴はふと、加賀の居なくなった鎮守府を想像した。

自分が正規空母最強と言われ、無数の状況の中で常に勝つ為の理論を答えねばならない世界を。

今は自分達が困っても、「赤城か加賀に聞きましょう」と言っている。

どんな状況でも望みのある答えを返してくれるから。

その期待がそのまま自分にのしかかる。

瑞鶴はぞくりとした。

そんな未来は来てほしくない。

導き出せなければ泣いてしまうだろうから。

赤城と加賀が居て、自分達が支える。

その方がずっと自分に合ってる気がする。

「・・でも、なぁ」

瑞鶴は加賀が暇さえあれば左手に収まる指輪を嬉しそうに眺めている事に気付いていた。

あれだけ慕っているのなら、引退する提督についていくと言うなら笑顔で見送らねばならない。

 

 後は、心配しないでください。

 

そう言える事こそ、今まで自分達を護ってくれた一航戦への最大の返礼になるだろうから。

でも、その後は。

 

 提督も加賀も、居ない。

 長門も、文月も、扶桑も、大鳳も、日向も、龍田も。

 もしかしたら、その姉妹達も。

 そうだ。

 「一航戦」と言った以上は赤城も居なくなるのだろう。

 安心して聞ける人が、誰も居なくなってしまう。

 

瑞鶴は溜息を吐いた。

「提督さん、ずっと引退しないで欲しいなぁ・・」

その時、瑞鶴はハッと我に返った。

「あれ・・加賀さんが考えた操船術の問題に対応するって・・うそ、宿題キツくない?!」

瑞鶴はテーブルにへちゃりと伏した。

遠い未来なんか考えてる場合じゃなかった。

今日の宿題どうしよう。

 

加賀はコツコツと廊下を歩きながら思いを戻した。

そろそろ、現実を受け入れる時期なのかもしれない。

いや、受け入れたから、瑞鶴との剣呑な状況が変わったのだろう。

受け入れられたのは提督のおかげだ。

提督は私が戦力にならなくても、役立たずだのお役御免だのと罵る事は無いと思うから。

いつかその日が来ても怖く無いと気付いたから。

加賀は左手の指輪を見た。これが何よりの証拠。大切な大切な証。

最強の正規空母という二つ名より大事な事は、提督の傍に居る事。

「ここは、譲れません」

加賀は窓の外を見た。

 

外はいつの間にか夕日になっていた。

雲が綺麗に焼けた、美しい夕日だった。

 

 




終了です。

私が赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴の解釈をするとこんな感じです。
加賀の有名な「五航戦の子なんかと一緒にしないで」という一言。
彼女が何を思って言っているのか丁寧に深掘りしてみました。

赤城は加賀を知ってるからこそ、他の艦娘に対峙するよりも深いところまで突っ込んでいく。
加賀の方も赤城が自分を解っていると知っているから、甘えたりする。

翔鶴と瑞鶴は凛とした姉と甘えん坊の妹という、艦これの世界では珍しく「普通の」姉妹関係です。
他では長門と陸奥くらいでしょうか。

皆様如何でしたでしょうか。

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