翔鶴と廊下を歩きながら、赤城はふと気づいたようにくすっと笑った。
「どうされたんですか?」
「恐らくですけど、瑞鶴ちゃんと加賀さんは似てるのかもしれませんね」
「そうでしょうか?」
「二人とも不器用で、なかなか本心を言わなくて、意地っ張り」
翔鶴が苦笑した。
「加賀さんは解りませんが、瑞鶴はその通りですね」
「でしょー?二人とも素直になったらもっと可愛くなるのにね」
「そうですね。瑞鶴にはもう少し大人になって欲しいのですが・・」
赤城はふと、部屋の扉が少し開いてるのに気付いた。
おかしいですね。
私達はきちんと閉めましたし、加賀さんがこんな半端な事をする筈がありません。
そのまま入ろうとする翔鶴を、赤城はそっと制して自分が先に入った。
万が一があるかもしれないと。
「・・・」
「・・あー」
赤城と翔鶴は部屋に入った途端、何が起きているのかすぐに解った。
そして部屋の雰囲気に苦笑せざるを得なかった。
加賀は椅子に座ったまま、瑞鶴は入り口近くで立ったまま凍りついていたからである。
翔鶴は溜息を吐いた。
「瑞鶴は私が居ると思って飛び込みましたね」
赤城はやれやれと肩をすくめた。
「加賀さんは私達が帰ってきたと思って声をかけましたね」
二人は目だけ動かしてぎこちなく赤城達を見た。
頼むから助けてくれ、この場をどうにかしてくれというサインがありありと読み取れる。
だが、赤城はテーブルにティーポットとマグカップを置くと翔鶴に向かって言った。
「瑞鶴さんの分のケーキとカップを持ってきますので、すみませんが椅子を足しておいてください」
「は、はい」
スタスタと出ていく赤城を希望の灯が消えたような顔で見送り、がくりと俯く加賀。
ますますバツが悪そうな顔をする瑞鶴へ、翔鶴は加賀の正面に椅子を置くとポンと叩き、
「瑞鶴。さぁ、ここにお掛けなさい」
と促した。
マグカップとスプーンが当たって響くカチャカチャという音だけが部屋に響いた。
誰も一言も発しないので、赤城は苦笑しながら頬を掻いた。
一口目を食べる前に決着をつけたいですね。
こんな凍てつく雰囲気の中で食べても味なんて解りません。
赤城はチラリと翔鶴を見た。
赤城を見ていた翔鶴はこくりと頷くと、瑞鶴の方を向き直った。
「瑞鶴」
呼ばれた瑞鶴は肩をピクリと動かした。
「は、はい」
「最初に言う事がありますね?」
「・・」
「・・あります、ね?」
一段低い声になる翔鶴の声に、瑞鶴は渋々頷いた。
「は・・ぃ」
「まずはそれを、ちゃんと加賀さんを見て言いなさい」
ばっと顔を上げ、それだけは勘弁してくださいという必死の目で見返す瑞鶴を真剣な眼差しでまっすぐ見据える翔鶴。
容赦は一切ないと悟った瑞鶴は、膝の上に置いた手をぎゅっと握ると、口を開いた。
「わ、私・・最近の演習で、先制攻撃を浴びたり、攻撃に失敗する事が増えてたんです」
加賀がチラリと瑞鶴を見た。
「い、今までの手が通じなくて、でもどうして良いか解らなくて」
「・・」
「さ、さっき、加賀さんが置いて行ったテキストを見たら、その理由も対処法も書いてあって」
「・・」
「夢中で読んで、凄く納得して、解る事が面白くて、あっという間に全部読んじゃって」
赤城が驚いた顔をした。
「まぁ、テキストをもう読んでしまったんですか?」
「あ、あの、知りたくてたまらなかった事が、全部書いてあったから・・」
「ええ、それで?」
「い、一回読んだだけじゃ自分の身になってないけど、一気に霧が晴れた気がして、嬉しくて」
「・・」
「あ、あの、ええと・・か、加賀さん・・あ、ありがとうございます」
「・・」
翔鶴はまだ続きが無いかと待っていたが、瑞鶴はそれきり俯いてしまったので声をかけた。
「不合格です。ケーキはお預けですね」
瑞鶴は涙目でそりゃないよと翔鶴に訴えかけた。
こんなに一生懸命言ったのに!
「ふえええっ!?」
だが、翔鶴は静かに、しかしきっぱりと理由を告げた。
「貴方はその前に言うべき事があります。そこをきちんと言わなければなりません」
瑞鶴はおろおろして目を泳がせた。
姉が何を言いたいのかは明白だ。
なぜなら一番避けたかった事だから。
瑞鶴は赤城に視線を向けた。
それとなく目線を逸らしてる。
姉の指摘が合っていて、それを待ってるって事ね・・とほほほ。
最後にそっと加賀の方に目を向けると、加賀は素早く目を逸らした。
瑞鶴は奥歯を噛んだ。
くっ!
でも・・翔鶴姉ぇとこれ以上ケンカするのは嫌だ。
ここは我慢よ瑞鶴、あと少しだけ我慢するの!
「あ・・あの・・加賀さん」
加賀は目を逸らしたままだったが、直後に赤城から
「・・加賀、さん?」
という殺気を含んだ迫力ある一言にびくりとなりつつ、
「・・はぃ」
と、小さく返事して、そっと瑞鶴を見上げた。
「あの、その・・用意して来てくれたのに、わ、私を全て否定されるんじゃないかと怖くて」
「・・」
「よ、余計な事を言って、お、追い返してしまって、ご、ごご、ご、めん、な、さ、い・・・」
真っ赤になってプルプル震える瑞鶴に、赤城がにこりと微笑んだ。
「は~い、瑞鶴ちゃんは良く言えましたね~、ケーキ食べて良いですよ~」
翔鶴は妹の対応にいささか不満げだったが、赤城の台詞に不承不承納得したようだった。
瑞鶴の目には赤城が仏のように映り、思わず頭を下げた。
「あ、あの、あ、ああ、ありがとう・・ございます」
だが赤城は、その良い笑顔のまま言葉を続けた。
「さ、加賀さんも、瑞鶴ちゃんに言う事がありますよね?」
加賀がぎょっとした顔で赤城を見た。
赤城は笑顔のまま目を泳がせて動揺する加賀に近づいた。
「あ・り・ま・す・よ・ね?」
「ひ、ひいっ」
「・・ね?」
赤城の眼力に威圧され、がくりと肩を落とした加賀は、よろよろと瑞鶴に向き直ると、
「わ、わわ、私も、う、売り言葉に買い言葉で、酷い事を言ってしまったわ・・・ごめんなさいね」
と、ぽつりと言ったので、翔鶴がパンと手を打った。
「良かったわね瑞鶴!これで水に流せるわね?」
「ちょ!?えええっ!?」
瑞鶴は思わず翔鶴を見た。
自分が恥を忍んで言った事に比べて短すぎないか!?
だが、自分を見返す翔鶴の目は1ミリも笑っていなかった。
「違うとでも・・いうの?」
瑞鶴は一瞬で全身に鳥肌が立った。
最上級の怒りまで紙1枚の余裕もない!
もう一言くらい謝ってほしかったが、今の翔鶴姉ぇの迫力は凄すぎる。
本気で命の危機を覚えた瑞鶴はあっさり降伏した。
「すっぱり流します」
翔鶴がにこりと笑った。
「はい、良く言えました」
その機を逃さず、赤城が継いだ。
「じゃあ加賀さん、仲直りの握手をしてから頂きましょうね」
その時、そっと安堵の溜息を吐いていた加賀は息が引っ込んでしまった。
「・・えっ?」
「それまでみんなで待ってますから」
加賀がカタカタ震えながら目を上げて赤城を見たが、赤城は当然でしょという顔で見返している。
加賀はギギギと瑞鶴に向き直った。
瑞鶴は加賀にぎこちない笑顔を返した。
・・解ってるわね?
ええ。やるまで許してくれないわ。
そう、やるしかないの。
やるしか・・ないわね。
妙な共有意識を持った加賀と瑞鶴は目で会話し、互いに頷くと、そっと手を差し出した。
「・・ごめんなさい」
「ごめん・・なさい」
翔鶴と視線を交わした赤城はにこりと笑って頷くと、
「さぁさぁ、仲直りしたところで皆でケーキを頂きましょう!」
と言った。
瑞鶴はそっとケーキを口に運んで思った。なんて美味しい晩ご飯!生きてて良かった!
そして。
翔鶴が流しで食器を洗い、赤城が拭いて居る頃。
ぽつんと残された瑞鶴は、同じく残された加賀に言った。
「あ、あの、加賀さん」
「何かしら?」
「か、確認テストの答えを・・教えて欲しいんですけど」
「テストまでやったのですか?」
「う、うん」
加賀はガタリと席を立つと、もう1冊のテキストを手に戻ってきた。
「良いですよ。何章の確認テストですか?」
「あ、1章から順番に」
加賀はテキストから目をあげて言った。
「全章やってしまったのですか?」
瑞鶴は頬を染めながら言った。
「お、面白かったんだもん・・」
加賀は溜息を吐きつつ、その実くすっと微笑んだ。
「解りました。では1章のテストから答えを言ってください」