艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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喋らせてほしいというリクエストにお応えして。
この4人のお話を致します。



一と五(1)

「ええっと、5章の問3は右回りに反転・・よね?」

瑞鶴は上目遣いに、そうっと加賀を見た。

加賀は眉一つ動かさずに答えた。

「違います」

「えー、じゃあ答えは何ですか?」

加賀の声色が1段低くなる。

「自ら考えて導いてください。合っていれば正解と言いますので」

対する瑞鶴はギリッと奥歯を噛みしめた。

あぁもう、ケーキの味がまだ口の中に残ってる内から!

 

 

以前、大本営の雷から艦娘を辞める条件として、

 

「運用に支障が出ないように後任を作りなさい」

 

と宣告された加賀は、赤城と自分達の後任について話し合った。

大鳳は装甲空母で同型艦が居ないという事もあるが、性格的に色々不安という事で却下。

蒼龍と飛龍は性格も良く練度も高いが、搭載数に差があり過ぎるという事で保留。

そして翔鶴と瑞鶴が俎上に上った時、赤城は

「あの子達をきちんと育て、高Lvにしたらきっと私達以上の器になるわ」

と言って強く推したが、加賀は

「能力的には否定しませんが、代わりが務まるとは・・」

と、非常に渋い顔をした。

だが赤城はニコニコ笑いながら

「加賀さんの心配性も、この際直しますか」

「誰が心配性ですか。そもそも、あのかしましい方とはウマが合わないだけです」

「瑞鶴ちゃんの事だなんて一言も言ってないですけど?」

「ぐっ」

「きちんと私達の技術を継承すれば、大丈夫ですよ」

「そうでしょうか」

「やってみる前から色々言ってても仕方ないですよ」

「やらなくても解る事もあります」

「まぁまぁ。じゃあ私は翔鶴ちゃんに教えますから、加賀さんは瑞鶴ちゃんを」

加賀が無表情になった。かなり本気で怒っている証拠である。

「お断りします」

「当番表の空き時間を考えるとそれしかありませんよ?」

加賀はささっと4人が都合の付く時間を表から抜き出すと、渋い顔になった。

「なんですか、この嫌がらせみたいな空き時間の組み合わせは」

「では、私から翔鶴ちゃんに説明しておきますね」

「ま、待ってください。次回の班当番編成の時からで良いではないですか」

「次回編成変更は半年先ですよ?先日変わったばかりですから」

「ぐっ」

「その間に提督が何かの理由で引退されたら・・」

「く、うううっ・・・」

赤城は加賀の目を覗き込んだ。

「どうします?」

覗きこまれた加賀は数分後、苦渋の決断を下した。

「・・解りました」

「じゃ、言ってきますね」

部屋に残された加賀は重い溜息を吐いた。

悪い子ではないのは、解っている。

実弾演習にも参加し、仮想訓練でも良く見かける。実戦も出ており、順調にLvも上げている。

だが、先程自ら言った通り、ウマが合わない。

右と言えば左、上と言えば下、ツーと言えばツーと返される。

話し出すと短時間でお互いにカッチーンと来て口喧嘩になるので、なるべく会わないようにしている。

それが加賀と瑞鶴の現在の関係であった。

「五航戦の子なんかと一緒にしないで」

加賀がそう言うのは、もちろん瑞鶴の事を指している。

それは嫌いというよりは平和に過ごしたいから本当に勘弁してくれというお願いに近い。

あらゆる意味でウマが合わないのに、あの子が私の理論や話なんて聞いてくれる筈がありません。

どうすれば技術継承など出来るというのでしょうか。

加賀は再び重い溜息を吐いた。

 

時は流れ、加賀と瑞鶴の第1回勉強会は僅か2分17秒で終わった。

テキストを開くどころか、火蓋は加賀が扉を開けた挨拶の瞬間から切って落とされた。

そして最後は加賀が部屋の扉を乱暴に閉じて出て行ったのである。

加賀はどすどすと大股に歩き、自室にまっすぐ帰るとベッドに突っ伏した。

「・・・やってしまいました」

喧嘩はしないで行こうと思ったのに。仲良くするきっかけを掴もうと思ったのに。

「あーら、一航戦の仏頂面の方の」

扉を開けた瞬間からそれはないでしょう?

だから嫌だと言ったのに!

 

一方。

瑞鶴はしびれきった足をそっと組み直しながら言った。

「翔鶴姉ぇ、そんなに何度も言わなくても解ってるってば・・」

「いいえ、解ってません。何度言えば解るのですか、瑞鶴」

少し前。

遠征を終えて帰ってきた翔鶴は、部屋の隅で頬を膨らませている瑞鶴を見てすぐに状況を理解した。

そして机の上に置かれた見慣れない紙の束に気付き、手に取った。

「これは・・」

瑞鶴が自分をチラチラと見る視線には気付いていたが、翔鶴はそのまま中身を読み進めた。

それは加賀が、空母の船としての航行特性や離発着時の波のいなし方等、事細かに記したテキストだった。

章の終わりには確認テストまでつけられている。

最後に改めて1ページ目を見て、頷いた。

 

パタン。

 

翔鶴はテキストを閉じて目を瞑った。

記された内容の濃さと多さに、加賀がどのような覚悟でこの部屋に来たかが溢れていた。

決して適当に済ませようという雑な思いでは無い。

まして、子供のような言い争いで踏みにじってはならないものだ。

翔鶴はゆっくりと瑞鶴に向き直ると、言った。

「瑞鶴、そこに座りなさい。お話があります」

 

加賀がもう良いですと言って出て行った時、瑞鶴は窓から外を見つつ頭のてっぺんまで怒っていた。

なんでああ嫌味ったらしいのか。どうしてああ事細かにつついてくるのか。

自分が感じるままに動かすのが一番良い結果をもたらしてきた。

理詰めであれこれ考えていては、考えてる間に避けられる空爆にまで当たってしまう。

妖精達とも別に仲が悪い訳ではない。ちゃんと回してるのだから余計な事を言わないで欲しい。

・・・だが。

Lvが上がるにつれ、他鎮守府の強豪と演習をするようになって気付いていた。

経験が物を言う場面がある、という事を。

場数を踏んだ艦娘の予想を超えた戦い方に太刀打ち出来ない瞬間がある事を。

それが敵との戦闘時であれば、間違いなく怪我を負う問題だという事を。

このままで良いとは、言い切れなくなっていた。

瑞鶴はちらりと机の上のテキストを振り返った。

あれの中に、答えがある。

加賀はきっと、対抗策を知っている。

瑞鶴の勘はそう告げていた。

でも今までの戦い方を、操船を、全て否定されるのは嫌だ。きっと言われるに決まっている。

自分を全否定してまでして勝ちたいとは思わない。それなら今のままで良い。

再びちらりとテキストを見る。

あれを用意するの、どれくらい時間がかかったのかな。

瑞鶴の良心に、トゲのようにちくちくとした痛みが広がっていた時、翔鶴が戻ってきた。

とっさに瑞鶴はぷいと窓を向き、そしてその行動を痛烈に後悔した。

まるで自分が後ろめたい事がありますと言ってるような物じゃない!

翔鶴がテキストを手に取り、熱心に読み進めるに従い、瑞鶴は居心地の悪さを感じた。

ペラ、ペラ、ペラ・・パタン。

静かな部屋の中で紙をめくる音だけが響き、それが終わると予想通りの一言が飛んで来た。

「瑞鶴、そこに座りなさい。お話があります」

瑞鶴は諦めて、翔鶴とちゃぶ台を挟んだ反対側にちょこんと座った。

ちらりと時計を見る。

あぁ、夕食抜きでお説教決定だ。

翔鶴姉ぇがきっちり正座してお説教する時はいつも長いんだもん。

 

瑞鶴の予想通り。

夕食時間がもうまもなく終わろうという時になったが、翔鶴の説教は静かに続いていた。

瑞鶴は空腹を押さえながら翔鶴に抗っていた。

幾ら言われても譲れない事があるから。

「・・だって」

「だってじゃありません。瑞鶴、貴方も今のやり方でいつまでも通じるとは思わないでしょう?」

「翔鶴姉ぇ・・」

だが、加賀との戦いと違うのは、翔鶴はここで軽く微笑んで、こういうのである。

「貴方は何を心配してるのです?本当に言いたい事をお姉ちゃんに言ってご覧なさい」

瑞鶴は図星を指され、ぐっと言葉に詰まる。

キョロキョロと落ち着かない視線をあちこちにやる瑞鶴を前に、翔鶴はにこにこと笑って待つ。

瑞鶴が大変な恥ずかしがり屋である事を良く知っているからだ。

 

 




以前の繰り返しになりますが、定着している固定概念に挑む場合は、まずそれを認める所から始めねばなりません。
必ず認めた後のところまで書き切りますから、ご覧頂ければと思います。


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