艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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船魂の矜持(4)

「はぁい、次は右奥持ってって~」

投網を付けた艦載機が少しずつボーキサイトの山をすくっては空母へと帰投していく。

その空母では妖精が走り回っていた。

なにせ格納庫では全く足りず、ついには飛行甲板の上にまで積み上げる有様であった。

その子は飛んで来る艦載機に、次はどこからピックアップすれば良いかをテキパキと指示していた。

隼鷹は唸った。

「さすがだなあ」

その子はニッと笑った。

「本職だもん・・あ、次は左手前の山だよー」

こうして効率良く積載作業は進んでいき。

「これで終わりだねぇ」

隼鷹が訊ねた。

「えっと、海の上での動き方は覚えてる?」

「大丈夫大丈夫。毎日散歩行ってたし」

「じゃ、皆の所に行こうぜ!」

 

「なるほどなぁ、荷捌きが上手い筈やわ」

「い、いえ、それほどでも」

「おかげで作業時間は早う終わったし、1回で全部積んで帰れるわ。おおきにな」

「こちらこそ、連れてってもらえて嬉しいです」

龍驤達の所に戻った隼鷹達は、龍驤達にその子を紹介。

今は並んで鎮守府に向かって航行中である。

翔鶴がその子に訊ねる。

「それにしても、貴方一人で何十年も待ってたのですか?」

「うん」

「そんな長い間一人なんて・・可哀想に・・」

「もうお酒飲みたくて飲みたくて」

龍驤がよろけた。

「そっちかいな。ま、鳳翔さん所ならごっつ旨い酒や肴があるで!」

「楽しみ~」

「い、一応、提督には報告して、保護する許可を頂きませんと」

そこで龍驤はガリガリと頭を掻いた。

「今日は難海域での操船訓練って、許可貰ったんだよね・・あはははは」

隼鷹が訊ねた。

「海域は嘘言ってないな?」

「言ってへんで」

「ちょっと許可書見せな」

「これやで」

隼鷹は一通り読んだ後、ニッと笑った。

「よし。アタシ達が上手く説明しとく。荷物もないし丁度良いだろ?」

龍驤がホッと息を吐いた。

「ほな任せるわ。その間にウチらは貯蔵庫にボーキサイト入れとくから」

「いや、工廠側の砂浜に積んでおいてくれ」

「なんでや?」

「この子の手土産だからだよ」

龍驤はじっと、その子を見た。

「あー、そういう事か。解った。提督室から見える所に積み上げとくわ」

「頼むぜ」

「じゃあウチらは回り込んで下ろすから急ぐで。あんたらはこのまま砂浜からゆっくり移動してや」

「解った。そっちは任せたぜ龍驤」

「ウチらの事も上手に頼むで?」

「任せとけって」

 

「・・・ええと、じゃあその大きな鉱石運搬船の船魂が、その子って事なの?」

「そういう事」

提督はその子に目を向けた。

「ええと、お名前は?」

「船に名前はありましたけど、私は・・」

「船の名前は?」

「ムーンクリスタリー号です」

「綺麗な名前だねえ」

「あ、あの、私も気に入ってました」

「んー・・」

提督はしばらく考えた後、

「晶月・・でどうかなあ」

「しょう・・げつ?」

「うん、結晶の晶に、月で、しょうげつ」

「しょうげつ・・しょうげつ・・うん、呼びやすくて良いですね」

「そうか。じゃあ改めて。晶月さん、貴方は民間船の船魂だけど、うちの鎮守府で個別雇用しようと思う」

「い、良いんですか?」

「うん。見てくれたら解るけど、うちの鎮守府では鋼材やボーキサイト、燃料を大量に取り扱ってる」

「はい」

「それらは毎日膨大な量が届くし、膨大に消費しているけれど、今は専属の管理担当が居ないんだ」

「なるほど」

「だからその仕事を受けてくれたら、工廠の皆が喜ぶと思うんだよ。どうかな?」

晶月はにこっと笑った。

「荷物の管理なら任せてください!」

「うん、じゃあ工廠長と会ってもらおうかな。私も行くよ」

 

工廠近くの浜が見え始めた所で、隼鷹は切り出した。

「提督、晶月の手土産があるんだけど」

「なに?」

「あれ、さ」

提督は隼鷹の指差す方を見て、かくんと顎が下がった。

「・・あれ、何?」

晶月がにこっと笑った。

「ボーキサイトです。少なくとも50年以上前に預かったものですが、もう時効かと思います」

「何トンくらいあるの?」

「お預かりしたのは11万3800トンですけど、風化して減ってるから10万トン位だと思います」

「てことは・・うちの鎮守府のボーキサイト在庫は1万5千から一気に11万5千になるの?」

隼鷹が肩をすくめた。

「一応、ね。龍驤達皆で運んだから、分け前は欲しがるだろうけど」

その時、砂浜に居た龍驤達が気付いて寄ってきた。

ボーキサイトの山の近くには東雲組や工廠長も見える。

「て、提督・・あのな」

「いやぁ、良く運んで来たねえ。お疲れ様!」

「へ?」

「分け前はどれくらい欲しい?ボーキサイトが良いか?デザートとかのチケットでも良いぞ!」

てっきり怒られるかと思っていた龍驤達は戸惑いながらも

「ボーキサイトおやつ・・じゅ、10kgとか・・あはははは」

「そんなんで良いの?」

「え?そんなんて・・」

「だってこれだけ運んで来たんでしょ?」

瑞鶴が素早く龍驤に耳打ちした。

「よ、よし!ほなボーキサイトおやつ一人30kg!」

「他の皆もそれで良い?」

そっと頷く面々に、提督はニコッと笑い、

「ん、じゃあ後で秘書艦にチケット持って行かせるよ。あ!工廠長!」

「提督か・・一体なんじゃこのボーキサイトの山は?」

「晶月の贈り物ですよ」

「はて・・晶月とは?」

「この子です」

そういって提督は、工廠長に晶月を紹介した。

「昔座礁した民間船の船魂なんですけど、うちに来たいと言うので。晶月、この人が工廠長だよ」

「ほう。めんこい子だの。わしが工廠をまとめとるよ。よろしくな」

晶月はぺこりと頭を下げた。

「は、初めまして」

「うん?まだ実体はないのかの?」

「じ、実体ですか?私は船魂なので・・」

「それじゃご飯も食べられんからつまらんじゃろ。艦娘化してやるから、ちょっとじっとしときなさい」

工廠長が長い呪文を唱えると、晶月の体がぼうっと光り、それが消えるとはっきり見えるようになった。

「やぁ、実体になると可愛いらしさが一段と増すね。よろしく。晶月さん」

提督が差し出した手に晶月はそっと触れ、きゅっと握手した。

「手が・・触れる・・」

「兵装が積める船ではないけど、扱いとしては艦娘と一緒で良いんですかね、工廠長?」

「そうじゃの。船という意味では艦娘と同じじゃからな」

「あ、あの、供えてもらわなくても、自分でお酒を飲んだり、ご飯を食べられるんですか?」

「出来るよ。海も渡れる。他にも色々聞きたいだろうから、詳しくは周りの子達に聞くと良い」

「解りました!」

感慨深げに握手を続ける晶月と手を繋いだまま、提督は工廠長に話しかけた。

「で、晶月の仕事なんですが、在庫管理をお願いしようかと思うんです」

「そりゃ助かるが・・かなり色々な人とやり取りするし、なかなか忙しいぞい?」

晶月は工廠長の方を向いてにこっと笑った。

「今まで一人で寂しかったので、丁度良いです」

提督は頷いた。

「慣れるまでは工廠の妖精さんにも手助けして欲しいのですが」

「慣れるまでというか、専属要員はそのまま残すよ。わしの分だけでもそれなりにあるからの」

「あ、あの、よろしくお願いします」

「住まいはどこにするんじゃ?」

「寮を考えてますが・・どこが空いてるかな、赤城」

赤城はペラペラと書類をめくって調べた後、答えた。

「空母寮なら余裕がありますよ」

隼鷹が頷いた。

「アタシ達の隣の部屋が空いてるよ。ここに慣れるまでアタシが面倒見るよ」

晶月がほっとした顔をしたので、提督も頷いた。

「そうだね。ちょっとの時間でも知ってる人が案内した方が安心だろうからね」

「はい!」

「じゃあ明日からここで、工廠長の下で働いてね。部屋は隼鷹、飛鷹、案内してあげてくれ」

「任せとけ!布団とかも用意してやるからな!」

「はい、ありがとうございます」

「工廠長、明日は何時に来てもらえば良い?」

「0900時で良いよ。まずは説明から始めんとな」

「解った。隼鷹、すまないが」

「0900時にここまで送ってくれば良いんだな?」

「そうだ」

「大丈夫。ちゃんとやるよ」

提督は隼鷹をじっと見た。

「・・ん?なに?提督」

「いや、嬉しそうだなぁと思ってさ」

隼鷹は照れ笑いをした。

「アタシも元貨客船だからさ、仲間が増えて嬉しいなってさ」

「そうだね。じゃあよろしく頼むよ」

「よっし!晶月!飛鷹!行くぜ!」

「はい!」

「そんなに張り切ると転ぶわよ~?」

提督は3人を見送りながら、赤城に言った。

「なんだか隼鷹に妹が出来たみたいだな」

「そうですね。それに、寂しい思いをしていた民間船を救えたのが嬉しかったんじゃないでしょうか」

「何十年も一人ぼっちだったんだもんね・・」

「私も同じ空母寮ですから、気にかけておきますね」

「そうしてくれ。出来れば空母の皆には紹介してやってほしいな」

「ええ。今夜にでも」

「よろしく頼む」

「お任せください」

「じゃ、戻ろうか」

去ろうとする提督に、工廠長が声をかけた。

「ところで、このボーキサイト、どこに仕舞うんじゃ?」

提督がピタリと足を止めると、恐る恐る振り向いた。

「ええと・・」

「言っとくが今の貯蔵庫は3万しか入らんぞ?」

「だいぶ足りないですね」

「およそ8万程な」

「・・・・ど、どこにしましょう、ね」

「さぁてな。わしは知らん。提督室にでも置いたらどうじゃ?」

「工廠長ぉ~」

「よ、寄るな気色悪い!涙目で揺さぶられてもどうしようもないわい!工廠を見れば解るじゃろ!」

「そんな冷たい事言わないで、なんとかしてくださ~い!」

その時、赤城が言った。

「入らない分は私が頂きましょうか?」

提督と工廠長がギッと赤城を見た。

「本当に食べつくしそうだからダメ!」

「御茶目なジョークじゃないですか~」

「食うなよ?絶対食うなよ?!」

「毎日計量しとかんといかんな!明日から晶月に頑張ってもらわんと!」

「じゃあ今夜の内に・・」

「何か言ったか赤城さん?」

「い、いいええ」

「・・龍田を呼ぶよ?」

「神に誓って手を出しません!」

「よし」

辺りはすでに、夜の帳が下りていた。

 

ガコォオン!

「カンパーイ!」

おちょこを手にしたまま、隼鷹が苦笑しつつ言った。

「晶ちゃん、ほんと飲みたかったんだねぇ・・」

「何十年ぶりのお酒よ!五臓六腑に沁み渡るったら!」

「高雄が飲み比べで負けて潰れて尚、平気で飲んでるもんなあ」

「もう1杯飲んで良い?」

「大ジョッキ開けるの早過ぎ!もうちょっとペース落せ!セーブ!セーブ!」

「じゃあ日本酒にするよー」

「・・おちょこで?」

「コップで!」

隼鷹はやれやれという表情になった。

こりゃあ次のバイトは晶月も引っ張っていかねぇとなあ。

とっくりから注ぐ手がピタリと止まる。

ん?晶月は開発出来んのか?

・・まぁ良いや、その時はその時だ!

「足柄!呑んでるか!」

「飲んでるわよぅ!」

「晶ちゃんは・・あー、とっくりから直に飲むなー」

「おかわりぃ」

「うー」

「高雄、起きたか?」

「頭ガンガンするー・・晶ちゃんはー?」

「まだ飲んでるぜ」

「うぇっふ・・完全に負けたわ。トイレ行ってくる」

「あいよぅ、いってらっしゃーい」

その時、鳳翔が肴の皿を運んで来た。

「晶月さんは美味しそうに飲まれますね」

「もう嬉しくて嬉しくて!」

「好みのお酒だったんですか?」

「・・えっと、それだけじゃなくて」

晶月は周囲にくるりと視線を回すと、

「こんなに大勢の人と、楽しくお酒が飲めて嬉しいなって」

鳳翔はにこりと微笑んだ。

「じゃあこの1杯はサービスにしますね。あと、串焼き盛り合わせ、お待たせしました」

「待ってました!晶ちゃん、これ旨いんだぜ~」

「美味しく頂いてまひゅ!」

「あ!うずら!うずらだけはアタシが貰う!」

鳳翔は厨房に入る前にそっと振り返った。

隼鷹さん、本当に嬉しそうですね。

 

そして、その夜遅く。

 

「はーい」

ノックする音に飛鷹は返事をした。

「こんばんは、飛鷹さん」

「あら赤城さん」

「提督の指示でボーキサイトおやつのチケットお持ちしましたよ~」

赤城から封筒を2つ受け取りながら、飛鷹は答えた。

「ありがとうございます。あ、山分け分は取りました?」

「ええ。皆さんから3kg分ずつ頂きました。隼鷹さんにも伝えて頂けますか?」

「あれ?それだと少なくない?山分けで良いですよ?」

「チケットが10枚で3kgなので、それで良いです」

飛鷹はへぇと思った。大好物なのに珍しい。

その視線に気づいたのか、赤城は照れ笑いをしながら言った。

「最後には提督にもバレて、特にお咎めも無かったですしね」

「そもそも許可が得られなかったら行けなかったわよ?」

「龍驤さんとの契約には、お咎めの時のとりなし分も入ってましたから。では!」

閉まる扉を見つつ、飛鷹は苦笑した。

龍驤ってば、叱られた場合の援護まで赤城に頼んでいたの?

頼む龍驤も龍驤だが、引き受ける赤城もお人好しだ。

「みんな、お人好しよね」

飛鷹は窓の外を見上げた。

外は満天の星空だった。

 




終了です。ちょっと短編集にしては長めですかね。
本当は上中下位にまとめたいんですけど、シナリオ優先という事で。

私の隼鷹、飛鷹に対する解釈はこんな感じです。
お国の都合で軍艦になったからと言って、魂まですんなり変われない。
だから一生懸命折り合いをつけて生きている。泣く時は影で人知れず。
そんな気がするのです。

誤字の修正を行いました。
ご指摘、毎度ありがとうございます。

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