砂浜に走ってきた龍驤は、集まっていたメンバーに声をかけた。
「皆ぁ、獲物は持って来たかなー?」
「いぇーい!」
「燃料は目一杯積んだかなー?」
「いぇーい!」
「修理は完璧かなー?」
「いぇーい!」
「ほな行くでー」
龍驤を先頭に、翔鶴、瑞鶴、千歳、千代田、そして隼鷹と飛鷹の7隻は、砂浜からひょいと海に出た。
それぞれの妖精達は投網を97艦攻の足に括り付ける作業で大忙しである。
「距離的にはどれくらいなのさ?」
隼鷹が龍驤に訊ねた。
「皆の速力やったら行きは1時間、帰りは2時間てとこやろなあ」
「何時まで許可取ってるのさ?」
「1900時やで」
「じゃあ現場では3時間てとこか」
「そうやね。1700時帰投開始や」
隼鷹はそもそもの疑問を口にした。
「なぁ、どうやって龍驤はこの事を知ったんだ?」
龍驤は帽子をくいっと被りなおしながら答えた。
「簡単な話や。遠征から帰ろ思て航行しとったらな」
「うん」
「居眠りして航路外れてしもたんよ」
途端に隼鷹がジト目になった。
「アンタ・・」
龍驤が両腕をバタバタさせた。
「80時間の遠征行ってきた帰りの最終盤やで!もうごっつしんどかったんや!」
「まぁ・・あの遠征は出撃よりしんどいけどさぁ」
「せやろせやろ?ちょーっち寝てしもうてもしゃあないやろ?」
「解った解った。で、現場の緯度経度は?」
「海図あるで。えーと、この辺りや」
隼鷹は海図を二度見した。
「・・おい、普通の航路から目一杯外れてるぜ?」
「2時間は寝とったからな」
「他の皆はどうして気付かなかったんだよ?」
「あー、うち、寝ぼけて用事があるとかなんとか適当な事を口走ったらしいんよ」
「怖ぇなぁ。もうちょっとで完璧行方不明じゃねぇか」
「あー、まぁ、そうとも言うなぁ」
「で、自力で戻ったのか?」
「せや。真夜中で星明かりだけを頼りにな。よう帰れたわ。うちの妖精さんは賢いで!」
「自慢にならねぇよ」
龍驤はバツが悪そうに頭を掻いた。
「あはははは・・おっ!見えてきたで!あれや!」
龍驤の指差す方へ、皆が一斉に向いた。
水平線上に小さな山が見えていた。
龍驤は素早く飛行甲板を展開した。
「よっしゃ。艦載機、発進!まずは偵察、特に敵勢力の確認や!御仕事御仕事!」
飛鷹はすすっと隼鷹の傍に行くと囁いた。
「龍驤の乗組員はしんどそうね」
隼鷹は苦笑を返した。
「まったくだ」
オオーン・・・
偵察に向かった艦載機が島の方から戻ってくると、龍驤は通信を受けた。
「ほう、ほう、なるほどなるほど・・いよっしゃ、誰も居らんで!」
翔鶴が頷いた。
「じゃあ近くに行きましょうか」
だが、龍驤が首を振った。
「あの辺りは海中に尖った岩や変な潮流があるんよ。下手に流されると艤装壊すで」
「じゃあどうするんだ?」
「せやから投網持ってこい言うたやんか」
隼鷹が眉をひそめた。
「・・網ですくうのか?」
龍驤がきょとんとした。
「ボーキサイトだけ拾うんよ?他に何もないやん」
飛鷹が眉をひそめた。
「救助待ちの乗組員が居るかもしれないじゃない!」
「せやから、誰も居らんて」
「航空機で上空から見ただけでしょ!」
「ほなどないするねんな」
隼鷹がとりなした。
「ま、ま、最終的には投網でもさ、アタシ達がちょっと行って様子見てくるよ。ちょっとだけ。な?」
龍驤が腕時計をチラリと見た。
「しゃあないなあ。30分で何とかしてや」
「よっし、偵察機で航路案内頼む」
龍驤から持ちかけられた話。
それは浅瀬に座礁し、倒れている船の脇にあるボーキサイトを失敬しようという話であった。
今日見せられたのは現場の航空写真であり、山のようなボーキサイトがしっかり写っていた。
さらに、船の警護をしている筈の艦娘や救助隊、資源狙いの深海棲艦達といったおなじみの面々が居ない。
どこの航路にも使われてないから、外から流れ着いて人知れず座礁したのだろうというのが龍驤の読みだった。
龍驤自身、たまたま居眠りして航路を外れたからこそ見つけたのであり、チャンスであると。
だが、隼鷹達が話に乗ったのは資源目当てではなく、乗組員の救助目的だった。
昔は貨客船だった身としては傷ついた民間船を捨て置けなかったのである。
航空機からの案内と水中ソナーを使い、隼鷹達は無事に船の傍に到着した。
今はもう見なくなった鉱石運搬船、それもかなり大きい方だ。
だが、船体は航空写真で見る以上に腐食が進んでおり、相当の領域が朽ちて原形を留めていなかった。
積み荷と思われるボーキサイトは朽ちた船体とは対照的に、流れ出た形のまま小山のように残っていた。
船を取り巻く浜は白く、海は透き通り、空は真っ青で、椰子の葉が風に優しく揺れていた。
そのあまりにも残酷な対比に、隼鷹はぎゅっと唇を噛んだ。
どのような経緯があるにせよ、積み荷を抱えたまま浜に打ち上げられる程の屈辱は無い。
この船の船魂はさぞ悔しかったであろう、と。
隼鷹は格納庫から日本酒の1升瓶を取り出した。
せめてもの供養だ。
栓を抜くと、ポン!という良い音がした。
普段なら酒席の始まりを告げる良い音だ。
だが今は・・
「アタシはあんたを弔う。成仏して、次の世で幸せに暮らせよな」
そして、船体に酒をかけようとしたその時。
「あなたたち、何してるの?」
船の中から声がしたのである。
飛鷹が慌てて隼鷹の傍に寄り、副砲を声の方に向けたのと、その子が出てきたのは同時だった。
「ってことは、アンタ一人だけにされたのか」
「うん。だって舵折れたし、そりゃもう酷い大波で転覆まっしぐらだったもん」
「そっか」
「脱出した乗組員が無事だったら良いんだけどねぇ」
鉱石運搬船から出てきたのは、この船の船魂だった。ずっとこの島に居たらしい。
隼鷹はそっと尋ねた。
「なんで、ここから逃げなかったんだ?船魂なら海を渡れただろ?」
だが、その子は肩をすくめた。
「このボーキサイトを見張ってたの。預かった荷物ですもの」
隼鷹はニッと笑って頷いた。
「だよな。荷物を無事届けるのがアタシらの矜持だもんな」
「そう・・なんだけどね」
「うん?」
その子はふっと笑った。
「正直、もう待ちくたびれちゃって。だって何十年もだーれも来ないし。」
飛鷹がそっと船体を撫でながら言った。
「船体がここまで痛むくらいだもんね・・」
「そう。で、ある日気づいたの。ここって割と快適だって」
「え?」
「だからここで気楽に住んでたっていう方が正しいわね。今となっては」
そう言ってその子はハハハと笑ったあと、すっと目を細めた。
「ところで、貴方達は軍艦でしょう?どうして荷物を届けるのが矜持だなんて言ったの?」
「アタシらは元々貨客船。そっちの思いを強く込めて作られたんだ」
「・・そっか」
「そういうこと」
「で、どうしてここに?」
「・・あー」
隼鷹は言いにくそうに頭をかくと
「仲間がさ、一昨日ここを通りがかってさ」
「えー、気付かなかったなあ。寝てたのかなあ」
「その・・ボーキサイトを譲ってもらえたら嬉しいんだけどさ、ダメかな?」
その子はしばらく腕組みをした後、
「そうね。遺失物だって1年も経てば拾い主のものだもんね」
「まぁ、そうなんだけどさ」
「なぁに?」
「見張ってたんだろ、これ。無理にとは言わないよ」
その子はくすくすと笑った。
「確かにそうだけど、別に祟ったりしないわよ。じゃあ私もお役御免ね」
「この後どうするんだ?造船所行くか?」
「ううん。なんか最近、海を変な物が泳いでるし」
「変な物?」
「貴方達とは姿形は全然違うよ。海の中から出てきて、なんか恨めし気なくら~い表情してる奴」
「アタシ達が戦ってる相手かもな」
「え?そうなの?」
「深海棲艦て呼んでるけどさ」
「あー、なんか言われるとイメージピッタリ」
「そうか」
「海も物騒になったわね。あれも武装してるの?」
「そうさ。だからアタシ達が頑張ってるわけ」
その子はしばらく考えていたが、
「こういう取引が通じるか解んないけどさ」
「うん?」
「あたしも貴方達みたいになれるかなあ?」
「わかんねぇけど、なんでだ?」
「そろそろ一人に飽きたし・・」
すいっと一升瓶を指差した。
「お酒好きなのよ」
飛鷹がくすくす笑い出した。
「良いんじゃない?隼鷹、良い飲み友達が出来そうじゃない」
「貴方達の拠点には飲み屋があるの?」
「あぁ。美味しい肴を出してくれる飲み屋があるぜ」
「じゃあ私をそこに連れてってくれるなら、このボーキサイトあげる」
隼鷹は飛鷹と顔を見合わせた。
提督は何て言うだろう・・・恐らく。
「工廠長が何とかしてくれそうだよね」
「そうでなくても東雲ちゃんいるし、提督なら置いてくれるわよ、きっと」
首を傾げるその子に向かって、隼鷹はニカッと笑って言った。
「良いよ!うちへおいでよ!」
その子が笑い返した時、龍驤が痺れを切らした声でインカムを鳴らしてきた。