艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

438 / 526
短編集を書いていこうかと思います。
本編を大きく動かすような話ではなく、以前書いた「響の遠征」のような軽いスピンオフ系とお考えください。

次章については基本構成を検討中ですが、固まりつつある方向を考えると短編集と並行、あるいは短編集の後でも良いかなと思ってます。

なので短編集を一応4章と呼び、新章は5章とします。

短編集は基本1話完結を目指しますが、長文になった場合は分けるかもしれません。



第4章 短編集
桔梗色の空


「あ・・・ふわぁぁ・・むにゅ」

昼食直後の午後の時間。

提督は手で口を隠しながらも大きな欠伸をした。

のろのろと机の上の書類箱に目を向けると、本日分はまだ1/3ほど残っている。

やろうと思えば2時間まではかからない位か。

あ、でも文月の付箋紙が幾つか見える。2時間は要るな。

いずれにせよ、今からやれば1530時には終わる。

きっとそれぐらいになると誰かが相談事を抱えて部屋の戸を叩くだろう。

その差配が終われば夕食、食後に誰も来なければ、めでたく本日閉店デンデンだ。

だが。

 

 非常にやる気が起きない。

 

参った。かつてない程やる気が無い。手足が重い。

うーん、不老長寿化による影響なのだろうか。

理屈的に色々無理があるからなぁ。

書棚の陰からそっと秘書艦席を見ると、サクサクと仕事を進める加賀がいる。

このままでは1500時少し前に加賀が様子を見に来て仰天する事になるから可哀想だ。

よし、少し歩いて来よう。

ガタリと席を立つと、加賀が振り向いた。

「資料なら取りますよ?」

「あ、いや、すまん。眠くて仕方ない。ちょっと体を動かしてくる。1時間以内に戻るよ」

加賀はくすっと微笑んだ。

「解りました。急ぎの用事の際はインカムでお知らせします」

「ありがとう。じゃ、行ってくるよ」

 

提督は階段を降りながらインカムの電源スイッチを入れた。

そう。

不老長寿化のメリットの一つに、艦娘達と同じ通信機が使えるようになったというのがある。

提督が人間の頃は無線機を携行せねばならず、通信距離も短く、大変不便だった。

ゆえにほとんど持った事が無かったのだが、今はいつでも使える。

便利なもんだと思いながら、提督棟の玄関を開けた。

 

ジワッ。

 

昼下がりの太陽は眩しくて熱かった。

じめっとした湿度とは無縁のソロル鎮守府だが、カラッとしててもキツイ日差しは目に沁みる。

「うーん」

目を瞑ってギュッと伸びをすると、売店の方に向かって歩き出した。

 

「イチ!ニ!イチ!ニ!イチ!ニ!」

 

運動場ではどこの鎮守府でもやっている基礎訓練が行われていた。

基地から来た子達が着任先で困らないよう、一通りの訓練が実技演習として毎日行われているのである。

提督は声の方を向き、どことなくぎこちない受講生達の動きをニコニコして見ていた。

「提督!どうされたんですか?」

ふと横を見ると、ジャージ姿の足柄が居た。

「ちょっと気分転換。それにしても体育の先生みたいだね、足柄」

「みたい、じゃなくてそのものよ。1500時までは」

「そうか。毎日なのかい?」

「姉さん達と交代よ。今日は私と那智がここの担当」

「んー・・あぁ、那智はあれだね。足柄は私と話してて良いのかい?」

「今日は主に教えるのが那智で、私は補助だから」

「そうか。怪我には気を付けてな」

「解ってる。あ、集合かな。じゃあね!」

ここだけ切り取ると学校の光景だなと提督は思いながら、売店に向かった。

 

「いらっしゃ・・あれ、提督さん?」

「やぁ潮、さすがにこの時間は売店もまっすぐ歩けるスペースがあるね」

提督と潮は互いに苦笑した。

昼休み。

それは艦娘達が最も獰猛になる時間である。

もちろん出撃の時より怖い。

主戦場は2つ。1つは食堂の食券売り場、もう1つはここ、売店である。

食券売り場では数量限定の日替わり定食争奪戦が、売店は甘味争奪戦が行われる。

財布を手に目を血走らせて向かってくる姿は、潮にとって恐怖以外の何物でもない。

今はまだマシであるが、少し前には赤城エクレア紛争を体験している。

売店の100mほど前で壮絶な艦隊決戦が繰り広げられ、窓ガラスがビリビリと揺れる。

いつ砲弾が飛んで来るか解らない恐怖が20分以上も続いた後、急にしんと静まる。

勝者らしき艦娘達が煙の立ち上る砲を背負い、ボロボロなのに満面の笑みで、

 

「赤城エクレア1つくださいな」

 

と言うので、潮は震えながら渡したものである。

提督はふと、レジの後ろの壁にかけてある、

 

「ここでは実弾禁止!」

 

というピッカピカの看板を見て、ぶるるっと震えた。

生涯で5本の指に入る程の恐ろしい体験を思い出したのである。

 

 

 

その昔。

旧鎮守府では食堂と売店のレジを1箇所で捌いていた。

2つの争奪戦が1ヶ所で行われる為、争いが頻発するのは自然な流れだった。

その日までずっと、間宮は困った顔をしつつも争う艦娘達をやんわりと諭し、押さえてきた。

 

その日。

 

昼食時の開店直後、レジの前で順番争いを発端として揉めに揉めた艦娘の一人がついに実弾を発射。

弾はレジを打っていた間宮の肩をかすめて背後の壁に着弾し、壁にめり込んだ。

一瞬で静まり返る場。青ざめる艦娘達。

間宮は対応していた子に淡々とお金を返すと、窓口のシャッターを下ろしつつ言った。

「出て行ってください」

提督の昼食を取る為に早めに来た秘書艦の扶桑を除いて、誰もまだ食べていない状態だった。

だが、間宮の静かな迫力に恐れをなした艦娘達は粛々と撤退した。

実弾を撃った艦娘は長門や加賀といった秘書艦の面々から直属の班長にまで、それはきつく絞られた。

だが、事態はそれでは収まらなかった。

夕食時間になっても食堂が開かなかったのである。

そう。

間宮がストライキに入ったのである。

その時まで提督に事件を内緒にしていた艦娘達だったが、隠し通せなくなってしまった。

提督は隠した事も含めて怒り狂い、1時間に渡る説教を実施。

さらに、2時間以内に再発防止策をまとめて報告しなければ、全員1年間おやつ抜きと宣告した。

真っ青になった艦娘達は緊急臨時総会を開き、鎮守府規則として、

 

 鎮守府就業規則第45条

  食堂(売店も含む)内部全域および外周50m以内での紛争(特に実弾の使用)は厳禁とする。

  本規則に違反した者は全艦娘に菓子を奢り、かつ、1年間おやつ抜きとする。

 

という条項を定め、代表して長門と加賀が提督に報告した。

さらに私達が以後忘れないよう食堂と売店に掲げますと言って取り出したのが

 

「ここでは実弾禁止!」

 

という鋼鉄製の2枚の看板であった。

提督は間宮を刺激しない為、交渉者として自分が食堂に出向くと言い、席を立った。

その際、扶桑はほぼ全員が昼食を食べていない事を打ち明け、何とか夕食を出してもらえないかと告げた。

提督は肩をすくめ、言ってはみるけど期待しないでと返した。

普段怒らない人が怒るとトコトン怖いからである。

食堂に向かう提督の後を、少し距離を置いて艦娘達が続いた。

提督は来るなと何度も制したが、艦娘達は既に酷い空腹状態だったのだ。

案の定、間宮は食堂の扉を開けようとしなかった。

だが、提督の30分に渡る説得で、提督だけ食堂に入る事を承諾した。

 

暗い食堂の中で謝罪と説明を聞いた間宮だったが、静かに首を横に振った。

そして14cm砲を撫でながら今夜の夕食は抜きですと応じた。

せめて明日の朝からは頼めないかと手を合わせる提督をじとりと見た間宮は、すっと立つと厨房に消えた。

ややあって戻ってきた間宮は、提督に1つの包みを手渡した。

美味しそうな匂いが漂う包みを、提督は受け取りながら聞いた。

「・・これは?」

間宮は真っ直ぐ提督を見ながら言った。

「大きいおむすびが2個入ってます。極限状態でも皆が約束を守れるかどうか、見せて頂きます」

提督はごくりと唾を飲んだ。

約束を破るとは、すなわちこれを奪う為に実弾を撃つという事である。

通常なら、たかがおむすびを巡って実弾を撃つ事などありえない。

だが、今は状況が明らかに違う。

規則を作った直後とはいえ、昼飯も夕飯も食べていない。

昼を食べた私でさえ腹が減っているのに一日体を動かした艦娘達はさぞ空腹であろう。

文字通り、極限状態に近い筈だ。

提督はちらりと窓ガラスから外を見た。

あぁ、外に人だかりが見える。下がれと言ったのに。

とばっちりを食った子、遠征や出撃に出向いた子達は特に我慢の限界が近いのだろう。

この匂いでは提督室まで隠して持って帰る訳にもいかないな。

さらに、間宮は黙って提督の胸ポケットに無線機を差し込んだ。

「提督が外に出て5分間、砲撃音が聞こえなければ朝食以降は作りましょう。約束が破られるまで、ですが」

「こ、この無線機は・・」

「もちろん、ネタバラシはいけません。終わった後返してください」

「このおむすびは・・」

「提督の夕食ですわ」

「ほ、他の子にあげるのは・・」

間宮が冷たく笑った。

「提督の、夕食です」

提督はぎこちなく頷いた。いくら大きいとはいえ、たった2個を全艦娘で分けたら一口分にもならない。

「・・解った。他にリクエストはあるかな?」

「おむすびは玄関前で、5分以内にお召し上がりください」

提督は目を見開いた。

「皆の前で!?」

「あら、じゃあ再開の話は無しという事で・・」

「ま、待って。わ、解りましたよ間宮さん」

提督は溜息を吐いて席を立った。

明日の望みをつなげるにはリクエストを聞き、かつ、切り抜けるしかない。

四方八方敵しか居ない。

ちらりと仰ぎ見た天には、桔梗色に染まる夜空が見えた。

 

キィ。

 

・・・あー、期待と空腹で目がギラギラ輝いてる。狼の群れのようだ。

だが、すまぬ皆。これは間宮の試練なのだよ。

提督は死んだ魚のような目のまま、胸に刺さった無線機に何度か指差した後、肩をすくめ、包みを開けた。

ふわりとほぐし鮭の香りが漂い、球磨が深呼吸をした。

 

 ごくりっ。

 

全員が唾を飲む音がやけに大きく聞こえ、目はおむすびに釘付けである。

ジェスチャーは無意味だったか・・まぁ解んないよね。

その時、その無線機から間宮の声が聞こえた。

 

「そのおむすび2個が、皆さんにお渡しする唯一の晩ご飯です」

 

ああやめてくれ、焚きつけないでくれ間宮さん。

艦娘達が目を見開いておむすびを凝視してるじゃないか。

提督がおむすびを手に取ると、その手を半歩近づいた艦娘達の血走った視線がミリ単位で正確に追尾する。

提督は罪悪感で一杯となり、さすがにためらったが、

 

「提督。さぁ、どうぞ」

 

という無線機からの声に意を決すると、目を瞑って震えながらむっしむっしと食べ始めた。

もう味がさっぱり解らないです間宮さん。

大きい分食べるのに時間がかかって罪悪感倍増です。しかも目一杯圧縮してありますね?

コメと言うよりモチです。

1個で腹いっぱいなんですが・・・

そして、けぷっと言いながら2つ目を手にした時、

「あ・ああ・・あああああ」

「そんな・・晩御飯・・」

「私やってないよぅ・・」

悲壮な声が、呟きが、次第にざわめきとなる。

我慢の限界とばかりに、じり、じり、じりと提督に、もとい、おむすびににじり寄る艦娘も居た。

後ろに居た子が辛うじて羽交い絞めにして首を振ったが、この均衡は長くないと提督は察した。

提督は既に胃が変になりそうだったが、涙目で2つ目にかぶりついた。

「あ・・」

「2個とも・・」

「終わった・・晩御飯・・終わりました・・」

ロクに噛む事も無く最速でのみ込んだ提督は、半分涙目で無線機の方に向かって、

「全部食べ終えました、間宮さん」

と、答えた。

更に数秒の後。

ピーッというアラームが聞こえたのに続き、

「致し方ありません。お約束は守ります」

という声がした。

提督は膝から崩れ落ちた。後は朝まで全く覚えていない。

翌朝。

顛末を間宮から聞かされた扶桑は全ての艦娘に知らせた。

艦娘達は提督を勇者だと称えると同時に、間宮を怒らせてはならないという事を鉄の掟として刻んだ。

 

「ほんとに、その看板は恐ろしい威力を誇ってるよね」

提督は今尚ピカピカに光る看板を指差した。

艦娘達が毎日磨き上げているからである。

潮は苦笑した。

「確かに守られてますが、赤城エクレア紛争は怖かったですよ」

「間宮さんがブチ切れなくて良かったよ」

「あ、間宮さん言ってましたよ」

「なんて?」

「銃弾の1発でも建物に当たったら、鳳翔さんと私と3人で旅に出るって」

提督はあの日の間宮の冷たい笑顔を思い出した。

怒ったら本当にやる気がする。

「当たらなくて本当に良かったよ」

だが潮は、きょろきょろと周囲に二人以外誰も居ない事を確かめると、提督に手招きをした。

「え?なに?」

潮がそっと「実弾禁止」の看板をずらすと、微かに解る着弾の修理跡があった。

真っ青になって潮に向き直った提督に、潮は看板を戻しながら小声で囁いた。

「間宮さんに気付かれる前に直しておきました」

「ありがとう、潮。鎮守府の平和を守ってくれて。おおっぴらには出来ないが、こっそり何かあげようか?」

潮はにこっと笑った。

「いいえ。私の願いを叶えてくださった、お礼ですから」

提督はしばらく潮の頭をわしわしと撫でた後、幾つかの和菓子を買い求めて売店を後にした。

 

「潮に免じて、ですよ。私が気付かないとでも思いましたか?」

立ち去る提督の背中に視線を合わせつつ、間宮はそっと呟いた。

 

「ただいま。遅くなったね」

「まだ30分ですよ・・ん?少し御顔の色が優れませんが・・大丈夫ですか?」

「あ、あぁ、いや、心配ないよ。それより仕事しないとね」

「私の方で解る書類は片付けておきましたので、すみませんが10件だけお願いします」

「そこまで済ませてくれたのか。加賀さんが秘書艦の日で助かった。本当にありがとう」

「いえ、そんな・・」

「そうそう。これお土産ね」

「和菓子ですね。お出しするのは1500時でよろしいですか?」

「それで良いよ。一緒に食べよう」

「あ、ええと、4個ありますが、3個召し上がるのですか?」

「私は1つで良いよ。2個はお土産にして赤城と食べなさい」

「・・ありがとうございます」

席に戻る提督の後ろ姿に、加賀はそっと提督に頭を下げた。

提督はいつも通り豆大福でしょうか。あ、最近は草もちの方がお好きでしたね。こちらにしましょう。

私は念の為、豆大福にしておきましょう。

加賀はぽっと頬を染める。

は・・はんぶんこでも、良いかもしれませんね。

だが、すぐに肩を落とす。

・・そんな大それた事、とても言えません。

チラリと残りのラインナップを見る。

赤城さんはきんつばが良いでしょうね。

芋ようかんと一緒に持って帰れば赤城さんは相当悩むでしょうけれど。

加賀はふふっと微笑むと、和菓子を棚に仕舞った。

振り返った時に提督の様子を伺う。

提督は書類を前に考え込み、頭をカリカリと掻いていた。

眠気は、取れたようですね。

席に戻り、大きく一呼吸する。

さて、1500時までもう少し頑張りましょう。

加賀は次の書類を手に取った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。