長門が首を傾げた頃。
ル級がポツリポツリと身の上話をし、提督がこみ上げる怒りで顔をしかめていた。
「・・ダカラ私ハ、タンカーヲ庇ッテ沈ンダノヨー」
「なんなんだその作戦は。なんで艦娘がタンカーの弾除けにならなきゃならんのだ」
「ダヨネ?ダヨネ?提督、私ノ疑問オカシクナイヨネ?」
「艦娘を出撃させるなら兵装に弾薬、そして充分な装甲を持たせるのが当たり前だ」
「ウン。取リ潰シニ遭ッタ鎮守府カラノ異動組ダッテ、使イ捨テハ嫌ダヨー」
「遠征班に弾や燃料を補給するのが勿体無いから死んで来い?ふざけるなってんだ」
「ウゥ・・解ッテクレテ嬉シイヨー」
「飲め。もうウーロン茶でもコーラでも酒でも何でも持ってきてやるぞ」
「ジャ、ウーロン茶頂戴」
「よっし。たんと飲みなさい」
提督が大ジョッキになみなみとウーロン茶を注いでル級に手渡した。
「アリガト。異動シテカラ轟沈スルマデノ5日間デ、計30分シカ休メナカッタノ」
「休みも無いの!?」
「ウン。司令官ジャナクテ全部コンピューターガ指示スルノ。ダカラ24時間連続ダヨー」
「じゃあ・・その30分てのは?」
「凄く疲レテ、トイレ行ッタラ・・寝チャッタノ」
「・・あんまりだ。あまりに可哀想だ」
「異動前ノ鎮守府ハ幸セダッタカラ、余計辛カッタヨー」
「じゃあ、オムライスとかシュークリームは・・」
「勿論、異動前ノ鎮守府デ、ソコノ司令官ニ奢ッテモラッタンダヨー」
「随分な差だね。そういや、なんで取り潰されたんだい?」
「・・調査隊ヘノ賄賂ヲ断ッタカラダヨー」
「あいつら・・本当に死んで良かったよ」
「ソウ!長門ガ言ッテタケド、本当ニ壊滅シタノ?」
「うん。隊長は深海棲艦に射殺され、隊員達は皆、軍事裁判で極刑になった」
「深海棲艦ニ射殺サレタノ?」
「大本営はそう見てるよ。我々も状況からそれしかないと思ってる」
「・・深海棲艦モ、タマニハ良イ仕事スルネ」
「それはそうだ。私も組織の腐敗ぶりにはうんざりするよ」
「マァ、私ガ艦娘ニ戻リタクナイ理由ハソコダヨネー」
「なるほどね。よく解ったよ。それで、沈んだ時何を思ったの?」
「セメテ自由ニ、七ツノ海ヲ旅シテカラ死ニタイッテ思ッタヨー」
「うんうん。そんなにバカみたいに扱き使われたらその分自由にしたいよな」
「ウン。ダカラ、ル級ニナッタ後、世界一周シタヨー」
「ふうん。じゃあル級さんは今の生活に満足なのかな?」
「結構」
「そうか。深海棲艦でいるのは皆が皆、苦痛でもないのだな」
「・・タダ」
「ただ?」
「今ノママデ良イト思ウノハ、提督ノ居ル鎮守府ノ海域ガ平和ダカラダヨ?」
「・・そうか」
「ダカラ提督サン、本当ニアリガトウ」
「・・」
「カレーモ美味シカッタケド、シュークリーム食ベサセテクレタ時ハ本当ニ嬉シカッタ」
「長門が叶えてやりたいって言ったからね」
「言ッテクレル長門サンモ嬉シイケド、叶エテクレタ提督ニ一番感謝シテルヨー」
「そっか」
「ダカラ提督ノ下デナラ、艦娘ニ戻ルノモアリカナッテ思ウヨー」
「でも、私が引退したり死んじゃう事を考えたら」
「・・ソノ時ハ、深海棲艦デモ、海域ヲ彷徨ウ生活ニ戻ルンダヨネ」
「そうなるね」
「・・提督ガ死ンダラ後ヲ追ウカナァ」
「それなら人間まで戻って、海軍と無関係の人生を送ればいいじゃない」
「デモ、楽シイトハ限ラナイヨー」
「生きてれば、いつかは良い事あるさ。ほら、飲みなさい」
「提督ト、一緒ガ良イナー」
ウーロン茶を注ぎながら、提督はふと加古の言葉を思い出した。
「もう本当に断言してあげる。絶対、全ての艦娘がお供するってさ」
提督はそっと自分の肩に頭を置くル級を見て苦笑した。
艦娘どころか深海棲艦まで来そうですよ加古さん。
その頃。
パーティ会場から少し離れた静かな浜辺に、長門達は居た。
「提督さんを人体実験の被検体にする訳にはいきませんにゃー!」
「です!」
鼻息荒く頷く睦月と東雲に対し、
「そんな事して失敗したらこの鎮守府がマズイ事になるって解ってるっしょ~?」
と、瑞鳳は手を振って苦笑していたが、龍田の
「881研究班のド変態共は自分達の研究の為なら平気で嘘つくわよ~」
という囁きで真顔になった。
「で、私達はどうすれば良いの?」
「提督の不老長寿装置、先に作って欲しいな~」
無茶言うなという表情になったのは瑞鳳だったが、睦月と東雲は
「んー、建造ドックをちょっと改造すれば良い気がするにゃーん」
「ですね~」
そして二人は瑞鳳に向き直ると
「お願いがありますにゃん」
「へ?私?」
「はい。多分、瑞鳳さん位、運が無いと無理ですにゃーん」
「う、運任せの装置なの!?」
「提督に入ってもらう時には運は必要無いんですけど、準備の段階ですにゃーん」
「どういう事?」
「装備開発で、間違って建造ドックを出して欲しいんですにゃーん」
「え、えと、建造ドックって・・開発出来たっけ?」
睦月が首を振った。
「鎮守府を新設する以外では、間違って開発するしかないんですにゃーん」
そう。
事務方主催のアルバイトを思い出して頂きたい。
陸軍兵装が(高値で売れるので)大当たりというのは御存じの通りである。
つまり、正規の品以外にも、間違って出てくる品があるのである。
その品は何も陸軍装備に限った話では無く、例えば家が出てきた事もある。
瑞鳳は昔から兵装開発を趣味としており、成功率を上げる為、ひたすら運の値を上げていた。
今では青葉を遥かに上回り、鎮守府で一番運が良い子だったりする。
何を期待されているか理解した瑞鳳は冷や汗が出てきた。
「え、えっと、つまり、限りなく0に近い可能性に賭けて建造ドックを引けって事?」
「にゃーん」
「・・勘弁してください」
龍田は肩をすくめた。
「ちょっと無茶だったかしら~」
長門がジト目で龍田を見た。
「ちょっとどころじゃないと思うぞ、龍田」
「そうかなぁ。ねぇ瑞鳳ちゃん」
「はい~?」
「ちょっとだけ、ここでやってみない?」
「外す公算が高いっていうか、それしかないと思うんだけど・・」
「じゃあ当てたら彗星一二型甲あげる~」
瑞鳳の目がキラリンと光った。
「本当ですね龍田さん!」
「帳簿ちょっと弄れば良いだけだから~」
どこの帳簿を弄るつもりだと思いつつ、長門は龍田を見た。
いつも通りニコニコ微笑む龍田がそこにいた。
いや、まさか・・でも龍田ならやりかねん。
「よし!やってみます!あ、でもここに開発装置無いですよね?」
すると、東雲がすっと両手を差し出した。
「開発装置の真似事くらい・・できますよ」
「え?そうなの?」
「両手を握って。後はいつも通り」
「こうで・・良いのかな」
「OKです。次にドックをイメージして・・ドックが出る事を・・願って」
「よっし!ドックドックドックドック」
龍田がにやんと笑いながら呟いた。
「・・ソルティー」
「ドック!ってそれ違う!」
「・・意識が乱れてる。ちゃんと思って」
「んもー、龍田さん酷いです~」
「ごめんなさい。つい」
「ドック!ドック!ドック!クレーンがあって!装置があって!」
東雲はじっと目を瞑っていた。