艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(71)

「はぁー、見えてそうで見えてないな、節穴か私の目は」

扶桑達が下がった後、提督は重い溜息を吐いた。

赤城が肩をすくめつつ言った。

「学校の先生だって目を配れるのは30人だ40人だ言われてるんですよ」

「・・」

「提督は御一人で艦娘120人、さらに深海棲艦まで面倒を見てるんですから」

「かといってセクリタテアやゲシュタポを置くなんてゾッとしないしな」

「秘密警察ですか?私が言うのもなんですけど、治安は良好だと思いますよ?」

「重要課題ったってせいぜいギンバイだもんね」

「すみません」

「もう掴まる側に行かないでくれよ。鎮守府最強空母の一人なんだし」

「加賀さんからも空母の長としての立場を考えろと言われましたし、あの檻は怖すぎます」

「1つ良い事を教えてあげようか」

「なんでしょうか?」

「龍田さんの刑罰はね・・回を追う毎に酷くなるんだよ」

赤城はごくりと唾を飲んだ。あれより酷い刑罰?想像がつかない。

「まぁ、だから私も色々控えてるんだよ」

「提督も刑罰を食らったんですか?」

「私だって時にはサボって遊びたい日とかある訳ですよ」

「・・何があったんですか?」

「最初は事務方の叢雲が処理してる書類1日分を渡されました」

赤城は展開が読めて青ざめた。

「ま、まさか・・」

「2回目は敷波、そして3回目に至っては・・」

「展開が解ってて3回もやる事自体敬意に値しますが」

「あの時は私もまだ若かったんだ。そして3回目は不知火の分を渡された」

「あー」

「夕方ごろ、紙を捌き過ぎて手が切れてね、書類に血が付いてしまったんだが」

「・・はい」

「龍田さんが良い笑顔でね、汚れちゃった書類は書き直しって言った時に理解したよ」

「何をですか?」

「絶対容赦してくれないんだってね」

「・・そうですね」

「ほら、工廠長とかさ、長門は拳骨落としたり厳しく叱るけどさ」

「お説教の時間を耐えればまぁ何とかなりますよね」

「そうそう。でも龍田だけは違う」

「耐えられない処罰が待ってるんですね」

「懲りるまでね。4回目は文月と解ってるし、やっちゃいけないんだって悟ったよ」

赤城はぶるるるっと震えた。あれ以上の刑罰なんて真っ平だ。

しかも提督の例を考えればエスカレート度合いが半端じゃない。

「気持ちを新たに、二度とギンバイしない所存です」

「それが良いと思うよ。そういや赤城さん」

「はい?」

「ちょっと痩せたよね?」

途端に赤城の頬が緩んだ。

「え~、解っちゃいますか~?」

「なんとなくだけどね。主に何のおかげなの?」

「あーその・・ギンバイしなくなって間食が減ったからです・・」

「朝の運動じゃないんだ」

「食料庫に台車とトロッコ列車使ってゴトゴト運ぶくらい大した事無いですからね」

「そうか」

「・・なんですか提督?」

「いやその、私も最近制服がだね・・」

「しょうがないからおやつ没収してあげましょうか?」

「物凄く目が輝いてて嬉しそうな所悪いけど、きっと太るよ?」

「げっ・・やっぱりいらないです」

「でもさ、遊びにも行けないし、日がな一日仕事だとさ・・」

「つい食べちゃうんですよね」

「うん。皆の甘味を制限しないようにしてるのもそういう理由だよ」

「ここは物凄く規制は緩いと思いますよ?」

「自分がこのザマだからねえ・・食べる?」

提督はフライビーンズの袋を取り出した。

「あっ・・それ、凶悪なお菓子ですよ?」

提督はコリコリと豆を食べながら言った。

「そうなんだよね・・そら豆を揚げて塩振っただけなのに旨くて手が止まらなくて・・」

「しかも、隣で食べてるのを見てると食べたくなるし・・」

ひょいと出された赤城の手に豆を乗せながら、提督は次の豆を口に放り込んだ。

「気づいたら1袋消えてるんだよね」

再び出された赤城の手に豆を乗せながら提督は言った。

「一度食べ始めると無くなると買っちゃいますし」

赤城は乗せられた豆を噛みつつ手を出した。

「そうそう。際限なく食べちゃって」

「そして腹回りに溜まるという訳だね」

提督は自身の言葉にハッとした。

二人はそっと手についた塩を払うと、提督は袋を仕舞った。

「危ない危ない。なんでこう駄菓子って旨いんだろうね?」

「健康に悪い物ほど美味しいですよね」

「まったくだよ。ジャンクフードもそういう所あるよね」

「無性に安いハンバーガーとコーラが食べたくなるとか、ですか?」

「私はフライドチキンかな。3ピース位食いたくなる」

「ホットドッグの屋台を見るとふらっと迷いそうですし」

「ふらっと迷うなら焼きもろこしは外せないよ?」

「出来立てのお肉屋さんのコロッケの匂いとか凶悪過ぎますよね」

「凶悪さ加減なら出店の焼きそばの香りも捨てがたいぞ?」

「中華料理屋さんの換気扇の周囲とか」

「焼き鳥店の煙とかな」

「あぁ止めてください、お腹が空いてきます」

「カレーもそういう所あるけど、ここでは週1で出るからね」

「そういえば、おやつどころか食に関しての規制というか制約ってないですね」

「通販でのお取り寄せも自由にさせてるしね・・そうだよ赤城さん」

「はい?」

「なんでギンバイしたのさ?加賀みたいにお取り寄せすりゃ良かったじゃない」

「あれは・・」

赤城はふっと笑うと

「達成感が欲しかったんですよ。セキュリティを掻い潜って手に入れるっていう」

「そういう事か」

「工廠長は意外と、私のそういう所も解ってたんだと思いますよ」

「ふーむ」

「だからあんまりキツくないシステムにしてくれてたんだと思います」

「いや、それならギンバイを許すより、元々力を持て余してる方を何とかすべきだったよ」

「そうですね。今の方が毎日楽しいですし」

「そういやこれで特命事項も終わっちゃうねえ」

「若干残ってますけど、時間の問題ですね」

「んー」

提督は腕組みをしていたが

「行くか、旅行」

「はい?」

「勿論長門には許可取ってさ」

赤城はジト目になった。

「大本営の作戦を忙しいと言って蹴り飛ばした直後に遊びに出かけるんですか?」

「あれはさ、そこにある通り中止になったじゃない」

「次の作戦が来た時に先日遊んでたじゃないと言われちゃいますよ?」

「だってさ、もうほんとこの景色ばっかり見てるから飽きたんだもん」

「だもんじゃないです。それに先日長門さんと遊びに行ったばかりじゃないですか」

「うー、数カ月働いて数時間の外出のみって結構切ないよ」

「週に1日は休暇がある筈では?」

「書類溜めると悲惨だからせいぜい半休だね。長風呂入って寝たら終わり」

「休み明けに流れ作業すりゃ良いじゃないですか」

「あれ結構体力使うんだよ?毎週なんて出来ない。もう若くないよ」

「じゃあ出かけるなら先に寝ないとダメなんですか?」

「むしろ後かな。出かけた後に丸1日寝たい」

「本当におじさんですね」

「地上組に挨拶に行くとか絶好の用事だったんだけどなあ」

「どういう日程ですか?」

「朝行って挨拶して、昼間ちょっと観光して、美味しい晩ご飯食べてゆっくり寝る」

「別に鎮守府で鳳翔さんのディナー食べてれば良いじゃないですか」

「景色が違うんだよ赤城さん・・・」

机に突っ伏す提督に赤城は肩をすくめると、

「ま、以前のように脱走もしてないから発散したいお気持ちは解りますけど」

「なんか用事ないかなあ」

「外に出かける用事ですか?」

「そう。もう明らかに公務って感じのでさ」

「遠征でも行ってきたらどうですか?艦娘に混じって竹セット持って」

「いっそそれでも良いか。バケツ20杯くらい持って生成速度記録に挑戦してくるかな」

「本気にしないでください。生成場所占拠したら他の鎮守府からクレーム来ます」

「生成場所の近くを掘って、もう1つ生成場所作っちゃうとかさ」

「井戸が枯れたら文字通り袋叩きにされますよ?」

「あれもどうして修復剤になるのか解ってないよね」

「成分不明、効果のメカニズム不明、でも早く直るから使ってる、ですものね」

「その辺夕張さんに耳打ちしたら喰いつくかなあ」

「喰いつくでしょうけど、邪魔すんなって三隈さんか最上さんが夜中にやって来そうですよ?」

「ルイジ・フランキとかシカゴタイプライターとか構えてね」

「スーツ着て葉巻咥えてんですか?」

「そうそう。サングラスとかかけててさ」

「禁酒法時代のギャングじゃないですか」

「あの二人似合いそうだよね」

「似合いそうですけど、出会った時が命日になりますよ?」

「ま、そういうのはともかくとして・・」

「書類、溜まってますよ」

「うん、先にやっちゃおうか」

「龍田さん、怖いですしね」

提督と赤城は目を合わせると、へへっと力なく笑いあった。

 

 


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