艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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素直に終わらないのが銀匙流。


長門の場合(69)

意外な発言に呆気にとられる提督達を前に、雷の告白は続いていた。

「提督が引退を考えてなければ、辞令として第1鎮守府に呼んだでしょうね」

「・・」

「ねぇ提督」

「はい」

「貴方達が引退した後も、きっと色々起きると思うのよ」

「でしょうね」

「あまり、大本営から遠くない所に居てくれないかしら?」

提督はにこっと笑った。

「人間になった長門と一緒に住める家があって、仕事があるなら言う事無しです」

加賀がそっと付け加えた。

「あの、あまり家賃の高い所だと私達が困るので・・・」

その一言を聞いた時、中将の顔色が変わった。

「ま、まさかその、提督が引退する時に・・」

加賀はきょとんとして答えた。

「鎮守府の子達全員が引退すると思いますが」

雷と五十鈴の顎がかくんと下がった。

 

「お、おおお落ち着いて、落ち着きましょう」

しどろもどろになる五十鈴。

雷は頬杖をついて眉をひそめつつ呟いた。

「解ってる・・解ってるわ。予想出来なかったわけじゃないけど・・・うーん」

提督がそっと尋ねた。

「やっぱり、全員で一気には無理ですかね?」

「一気であろうとなかろうと、全員が居なくなるのは痛いなんてもんじゃないわね」

「ですが、司令官が居なくなった後は、艦娘達はLV1にされて異動ですよね?」

「基本的にはそうだけど、例外はあるわ」

「といいますと?」

「たとえば最上さんのように研究開発能力がある子は、そのまま大本営の開発部とかね」

提督は思い出したように頷いた。

「そうか。うちの白雪のような感じですね」

雷がますますジト目になった。

「あの子には何度も帰ってらっしゃいって言ってるんだけどね・・」

「えっ?そうなんですか?」

「白雪は大本営が抱えた問題を幾つも解決してきたの」

「解る気がします」

「ただ、提督と同じでどれも非公式な依頼ばかりだったのよ」

「ほう」

「だから表立って、それの為に呼び戻す訳にもいかなくてね」

「・・」

「それとなく自主的に帰ってこない~って聞いてもね、本当につれないの」

「何て返事が返ってくるんです?」

「いつでもバンジー出来て、仕事のスケジュールも休暇も自由でないと嫌だって」

提督はジト目になった。多分それは・・

「叶えられる筈がない条件をわざと出してるのよ、あの子」

「雷さんすいません。それはうちの現在の条件です」

雷と五十鈴が眉をひそめながら提督を見た。

「は?」

「誰も他にやらないので、バンジーの施設は白雪が独占してますし」

「・・」

「経理方の仕事を滞らせないという条件で、仕事のペースも休暇も任せてますので・・」

「・・自由って事ね」

「ええ」

雷がテーブルをダン!と叩いたので、提督達はのけぞった。

「ひっ」

雷はわなわなと震えている。

「提督・・貴方って人は・・」

「し、白雪はそれでも充分期日前に書類を揃えてますし、内容に問題はありませんし」

雷はギッと提督を睨むと

「まさか他の子にも同じ事言ってるの!?」

「お、同じ事と言いますと?」

「当番や出撃時間以外は自由にして良いとか!」

「そ、そうですね」

「班分けとか、各種訓練とか・・」

「は、班分けにしろ、当番内容にしろ、艦娘達が話し合いで決めてますが・・」

「まさか兵装まで・・」

「艦娘達に使いたい装備を考えさせ、テストに合格すればそのまま採用してますが・・」

雷はがくりと崩れ落ちた。

「・・・んもー」

「あ、あの?」

雷はジト目で提督を見た。

「提督」

「はい」

「貴方の所で艦娘に戻った子達にアンケートを取ったらね」

「はい」

「貴方の所より司令官がゴチャゴチャうるさいって回答がやけに多かったのよ」

「あ」

「・・もっと自由にした方が鎮守府は上手く回りますって堂々と意見した子も居たわ」

「あー」

「たまたまそこの司令官は貴方と考え方が似てたから何とか折り合いをつけてるけど」

「そ、そうでしたか」

「・・理想じゃなくこの鎮守府で実際に行われてたのね」

「・・」

五十鈴は苦り切った顔をした。

「それで上位に食い込む成果を叩き出し、誰も轟沈させてないって・・」

雷は頬杖をついた。

「サボってる鎮守府なら取り潰せば良いけど、本当に扱いに困るわね・・」

中将がはっはっはと笑い出した。

「・・ダーリン?」

「雷殿、大将の目は正しいという何よりの証明になりましたな」

「・・まぁね。でも」

「でも?」

「いきなり全鎮守府にこの流儀でよろしくなんて言えないわよ?」

「だからこそ大将殿も未来と仰ったのですよ。我々は一足先に未来を見たんですよ」

雷は何か気付いたような表情のまま、ずずいっと提督に身を乗り出した。

「ねぇ提督」

「はい」

「貴方さっき、人間の長門と一緒に住んで、仕事があるなら言う事無しって言ったわよね?」

「え、ええ」

「じゃあここで長門だけ人間に戻して、そのまま定年まで勤務しない?」

「・・・家族を鎮守府に住まわせるって事ですか?」

雷はすとんと椅子に座ると、五十鈴を見た。

「どうかしら?皆居なくなる位なら、ずっとマシな選択肢じゃないかって思うんだけど?」

五十鈴は中将と目線を交わし、溜息を吐いた。目で会話すると言う奴である。

「確かに、これだけのパフォーマンスを一気に失うのは痛いな」

「ここが丸ごと無くなる位なら、家族の同居なんて些細な問題よね」

「ええ。ここがあれば他の人も主人の言う未来を具体的に体験出来るって事でしょ」

「そうなるわね」

「ほら、先進的なモデルケースとして、家族と同居して影響を調べる実験と言えば・・」

「ここだけの例外扱いという言い分が作れるわね」

「例外扱いで1件だけ認めるなら、ますます些細な事になるわね」

鳳翔が鍋の火を止め、デザートのアイスを配りながら言った。

「ここが無くなると、白星食品さんも無くなるでしょうしね」

雷、五十鈴、そして中将までもが硬直した。

 

「し、白星食品まで・・閉じるっていうの?」

雷が死んだ魚のような目で提督を見た。

「ひっ!・・ビ、ビスマルクはそう言ってました」

提督の答えを聞いた途端、雷はそのまま目を見開いて提督に迫った。

「なんでよ・・必ずこの鎮守府が続けられるように新しい司令官は送るわよ・・?」

「わ、私以外の司令官につくのは御免だと言ってまして・・」

雷は首をぶるぶると振った。

「冗談じゃ・・冗談じゃないわよ。雪ん子蒲鉾食べられなくなるじゃない!」

「お、お好みでしたか」

五十鈴はうんうんと頷いた。

「有名どころの料亭は大概白星食品から仕入れてるし、大本営内にも沢山のファンが居る」

五十鈴はニヤリと笑って提督を見た。

「これはもう、提督は辞められないわね」

「えええっ!?」

雷ががたりと立ち上がると言い切った。

「雪ん子蒲鉾を死守する為なら提督の同居位、無理矢理にでも通してやるわ!」

「清々しい程私利私欲の為ですよね?」

「うるさいわね!雪ん子蒲鉾はアタシと主人の数少ない楽しみなの!」

「は、はぁ・・」

「と・に・か・く!何があっても同居のモデルケース鎮守府に指定してあげるから!」

「ええと・・辞めるという選択肢は・・」

雷が薄笑いをしながら提督を見下ろした。

ゴゴゴゴという地響きが聞こえ、急速に室温が下がっていく。

「この期に及んで・・あると・・思うのかしら?」

「ないですね」

雷はころっと笑顔になると、すとんと腰を下ろした。

「物分りの良い提督で嬉しいわ。アイス頂きましょ」

提督は滝のような冷や汗を拭っていた。

龍田は頷いた。

さすがは名誉会長。あの技は未だ健在ですね。

だが、落ちつき始めた場を再び修羅に戻したのは加賀だった。

「あの、雷さん」

「なにかしら?」

「重婚は、認められるんですよね?」

雷はスプーンを咥えたままジト目になった。

 

 


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