艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(68)

翌日。もはやとっぷりと日が暮れた後。

 

雷がそっと書類を下ろしつつ言った。

「・・お、終わったわね?終わったわよね?」

五十鈴がリストと書類を比較し終えると、答えた。

「・・ええ、全部終わったわよ雷、間違いないわ」

 

数秒間の沈黙の後。

 

「良かったぁ」

と、提督室に居た面々は安堵の溜息を吐いた。

雷、五十鈴、中将はへちゃりと机に突っ伏した。

机の真ん中には監査結果報告書がうず高く積まれていた。

鎮守府側は提督、加賀、長門、赤城が朝から専従体制で対応。

雷の総指揮の下、書類の編集や全体の整合確認等を分業体制でこなしていった。

秘書艦当番の比叡は時折提督に判断を仰ぎながら鎮守府の書類を片付けていた。

 

「とりあえず、全体の整合は取れたし、つじつま合わせも出来たわね」

「じゃあ左側のセットを鎮守府に、右側を私達が持って帰るからね」

提督が加賀に言った。

「書類を運ぶ為のケースがあった方が良いね。用意出来る?」

「そうですね。探してきます」

五十鈴はペシペシと書類の山を叩きながら言った。

「無いと思うけど、万一直接問い合わせがあった場合はここから答えてね」

「解りました」

雷はコキコキと手を鳴らし、ぎゅううっと伸びをすると提督に訊ねた。

「あー、食堂は閉まっちゃったかしら?」

「そうですね。オーダーストップを過ぎてますね。鳳翔に用意させますか?」

「そうね。作成に協力してくれた子は加賀以外揃ってるのかしら?」

「いますね」

「じゃあ加賀が戻ったらささやかだけど打ち上げをやりましょうか。うちで奢るわ!」

「ありがとうございます。じゃあ比叡、鳳翔に連絡してくれるかな?」

「あ、はい!ええと、ひぃふぅ・・7名ですね?」

「加賀も居るぞ?」

「入れてますよ?」

「ん?8名だろ?」

比叡はきょとんとした。

「え、あの、私も良いんですか?」

雷がにこっと笑った。

「もちろんよ!提督の代行したじゃない!お疲れ様!」

比叡は照れ笑いをしつつ言った。

「ありがとうございます。それじゃ、予約入れますね!」

 

 

「はいカンパーイ!」

「お疲れ様~!」

ぐつぐつと良い音を立てる出汁の中で具材が躍る。

冬の風物詩といえば鍋である。

「すみません。急なお話だったので鍋物しかご用意出来なくて」

「いや、晩御飯を兼ねてるし、本当に助かったよ鳳翔さん。何鍋かな?」

「牡蠣鍋です。美味しい牡蠣と良い味噌のストックがあったので」

雷は目を輝かせて言った。

「良いわね!牡蠣大好きよ!」

「もう少しありますから、牡蠣フライもご用意しますね」

「おっ、それは嬉しいね。わしは牡蠣フライが大好物でな」

「おや?中将殿、好物が変わりましたか?」

「ああその、五十鈴の作る牡蠣フライが旨くてな。だから牡蠣フライカレーが一番好物だ」

提督達は納得したように頷き、雷がにやりと笑った。

「五十鈴もしっかり奥さんやってるじゃない」

五十鈴は肩をすくめた。

「まぁ何回か、奥さんやったしね」

長門はそっと尋ねた。

「そ、その、五十鈴は司令官についていく事は考えなかったのか?」

五十鈴は寂しそうに笑った。

「今と違って、昔は艦娘も化け物扱いされてたから、選択肢が無かったの」

中将が五十鈴を見た。

「化け物?」

「ええ。人のような外見だけど何年経っても年取らないし、海に浮けるし、砲撃出来るし」

「だからなんだ?」

「怖がられたのよ。今と違って解体という概念がなかったし」

「年を取らないから?」

「そうね。だから艦娘もしばらくは鎮守府の外を歩けなかった」

「・・」

「解体の概念が出来て人間と同じく年を取れるようになって、それが認知されて」

「・・」

「ようやく、深海棲艦との戦いが、化け物同士の争いと陰口を叩かれなくなった」

「・・」

「そうなるよう、私のずっと前の主人達が尽力してくれたおかげよ」

「・・」

「だから海軍には恩があると思って、辞めなかったってのもあるわね」

長門が俯いた。

「そうか。すまない事を聞いてしまったな」

「良いのよ」

雷は鍋からひょいと牡蠣をつまみながら言った。

「私の姉の暁はね、解体処置を受ける第1号に志願したわ」

「・・そうだったわね」

「電も暁の少し後に、同じくね」

「という事は、お二人は・・」

雷は目を瞑った。

「海の見える墓地にお墓を買ってね、それぞれ私とヴェールヌイで喪主を務めたわ」

「そうだったんですか・・」

「二人とも本当に、人の社会の中で楽しそうに生きてたわ」

「・・」

「そうそう、暁が亡くなる直前にも病室で会えたの」

「ええ」

「ベッドで寝てたんだけど、私達に思い出話ばかりするのよ」

「・・」

「青春して、恋をして、大人になって、結婚して、年取って、本当に楽しかったって」

「・・そうですか」

「そして、レディとは何かよく解ったわってニヤリと笑って、それが最後だったわ」

「いかにもですねー」

雷はくすくす笑った。

「そうでしょう?ほんとに解ったのかしらって3人で肩をすくめたわ」

「では、電さんはその時・・」

「一緒に居たわよ。電はおばあちゃんになっても元気だったわね」

「へぇ」

「当時はまだ珍しかったけど、難民や孤児専門の私立学校の学園長として奮闘してたわ」

「ほう」

「物凄い数を受け入れて育てては母国に返していたわね」

「それは、なぜ?」

「知識が無いと助けられるものも助けられないのです、っていうのよ」

「確かに、紛争が起きれば教育は真っ先に滞りますからね」

「そして、やっぱり自分の国への贔屓目ってあるじゃない」

「ええ」

「だから教育を受けて、母国を良くする為に力を尽くしなさいって言ってたわ」

「偉いなあ」

「電はある朝、眠るように亡くなってたわ」

「・・」

「だから学園の子が見つけたんだけど、その葬式は凄まじかったわよ」

「どういう事です?」

「知らせを聞いたから、せめて祈りたいという子達が半年以上途絶えずに訪ねて来たわ」

「・・」

「後でリストを見たら、来てない国の方が少なかった」

「難民はともかく、孤児はどの国でもあり得ますからね」

「ほんとに、最後の日まで子供達を助ける事ばっかり考えてたわね」

コンロの火の上でコトコトと煮える鍋を、雷はじっと見ながら言った。

「んー、長門と提督がギリギリかしらねぇ」

と言ったので、長門は雷に聞き返した。

「ギリギリというのは、年の差か?」

「そう。アタシは人間になったらせいぜい小学生だし、大将は間もなく定年」

「・・」

「五十鈴だって中学か高校位でしょう?」

「そうねえ。ダーリンも大将とあんまり年は違わないものね」

中将は肩をすくめた。

「一刻も早く不老長寿の装置が実用化して欲しいものだね」

「ま、それから考えれば、まだ提督と長門ならバランスが良いわね」

提督が苦笑した。

「それでも凄く年下の美人さんを捕まえたなって冷やかされそうですがね」

雷がニヤリと笑った。

「さりげなく奥さんを持ち上げるじゃない。良い旦那になれるわよ」

「ありがとうございます」

「・・・出がけにね、主人から言われたのよ」

「何をですか?」

「提督にその気があるなら、第1鎮守府の後釜にどうかって」

長門達はうんうんと頷いた後、ぎょっとした顔で雷に向き直った。

「・・・ぇえええっ!?」

雷はチラリと提督達を見て、再びコンロの火に目を戻した。

「確かに提督が関わった事案は表に出せない事案ばかりよ。でも功績は莫大なの」

「・・」

「主人は将来的に、膠着している戦争とは違う道を取るべきだと思ってる」

「・・」

「でも、それを具現化してる司令官はまだ居ない、最有力は提督だ、とね・・」

「・・」

雷は肩をすくめた。

「でも、主人が思い描く未来は、既にここで日常になっている気がするわ」

 

 


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