艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(67)

「ふう、本当にありがとう。助かるわ!」

「いえ、これぐらいは」

加賀から報告書の原稿を受け取った雷は額の汗を拭った。

提督は折々には中将達に実情を伝えていたし、雷は龍田から聞いていた。

しかし、

 

 見るのと聞くのは大違い

 

という奴で、今目の前に起きている事を説明する為には遡った説明も必要で。

報告せねばならない情報のリストを目の前に、雷達は吐息をついた。

その時、加賀や赤城達が一部の報告原稿を代筆すると申し出た。

勿論中将達が読み、加筆修正指示にも応じるといって。

雷は涙目で加賀の手を取って頭を下げた。

「こんなの2日じゃ到底書ききれないと思ってたの。恩に着るわ!」

こうして、提督室の応接コーナーは臨時の作業場のようになったのである。

 

「なるほど、こう話を繋げると解りやすいね」

「はい、この後はこのような流れで如何でしょう?」

「うん、そのまま続けてくれるかな」

「畏まりました」

長門は応接コーナーで中将とやり取りする赤城を見ながら言った。

「最近、赤城がやる気に満ちている気がするな」

提督は苦笑しながら頭を掻いた。

「良かれと思って仕事量を減らしたのが仇になっていたとはね。私もまだまだだ」

「解って良かったではないか」

「気づいてくれたのは龍田だよ。本当に、皆が動いてくれないと何も出来ん」

雷は加賀の原稿を読みながら、小さく聞こえる提督達の会話を聞いていた。

 

「よし、マイルストーン達成。今日はここまでにしましょ!」

雷の言葉に中将達、そして赤城達も安堵の溜息をついた。

時計は既に2100時を過ぎていた。

「じゃあ明日は0800時から再開ね。充分休んでおいて!」

皆が提督室を去ると、提督、長門、そして雷の3人だけになった。

雷はとてとてと提督の所に来ると

「提督、騒々しくてごめんなさい。明日もよろしく頼むわね」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。お茶でもいかがですか?」

「あ、いいわね。悪いけどお願い出来るかしら?」

長門はにこりと笑った。練習の成果を披露する良い機会だ。

「では、私が用意してくる」

「おや、なんか嬉しそうだね長門」

「お茶の淹れ方を、ちょっと練習したのでな」

「ん、解った。じゃあ任せるよ」

「待っていてくれ」

長門がドアを閉めた後、雷は壁に貼られた五十音表を見ながら言った。

「提督、地上で働く深海棲艦について、何か聞いた事あるかしら?」

提督はふぅと溜息をついた。

雷は決して脅したりしないが、尋問は実に上手い。

小首を傾げて黙したままの提督をちらりと見た後、雷は続けた。

「私は昔、信じられない物を見たの」

「どのようなものを?」

「漁港の波止場で、網を直しているおばさんが居たの」

「はい」

「そこにもう1人のおばさんが近づいていったんだけど」

「ええ」

「二人が一瞬、深海棲艦になって、すぐ戻ったの」

「・・ほう」

「私は目を擦りに擦ったわ。深海棲艦が地上で暮らしてる、まして働いてるなんて」

「少なくとも世間一般的には聞いた事ないですね」

雷は提督の机に手をつき、提督に向かってぐいと身を乗り出した。

「でしょう?私はその後もしばらく見ていたけど、ずっと人間のままだった」

「・・」

「見間違えたのか、でもハッキリ見えた。でも聞いた事が無い」

「・・」

「これだけ非常識と隣りあわせで暮らしてる提督なら、何か知らないかなって」

「・・」

提督はふむと言って、こう返した。

「白星食品で働いている浜風は、深海棲艦の時から我々に協力してくれてました」

「ええ」

「例の艦娘売買事案、覚えておいでですか?」

雷がすっと無表情になった。

「あの忌々しい案件を忘れるものですか」

「あの時、売買組織の行動を阻害すべく浜風が動いてくれた」

「どうやったの?」

「深海棲艦だった浜風は、人間に化けて鎮守府を周った」

「は?」

「司令官に会い、売買を持ちかけ、応じた司令官から艦娘を預かり、消えた」

「き、消えた?」

「ええ。支払いをせずにドロン。要するに詐欺です」

雷は目を見開いて答えた。

「あ、あの、司令官達は、化けてる事に気づかなかったの?」

「はい。そして後から本当に来た売買組織の者を追い返したのです」

「あ、あぁ、既に騙されてるから」

「もう騙されないぞ、というわけですね」

雷は絶句した。

「更に言えば、その内の1人を逮捕する時にも協力してくれました」

「・・」

「支払いが遅れに遅れたが、今から持っていくといって」

雷はしきりに目を動かし始めた。

「憲兵隊の方々をコンテナに載せ、我々の部隊が先回りして工作し」

「・・ん?」

「取引交渉の最中に鎮守府の電源を落とし、憲兵隊の方に囲んでもらった」

「あ!その話知っている・・わ・・ええっ!?」

「どうしました?」

「憲兵隊の報告では艦娘に協力を受けたと書いてあったけど」

「はい」

「し、深海棲艦も居たの?」

「そういう事ですね」

雷はガクガクと手を震わせていた。

「じゃ、じゃあ、憲兵隊も、司令官も、誰一人として・・」

「見抜いた人は居ませんでしたね」

「ど、どんな姿だったの?」

「ええと、色白で、北欧的な、銀髪で背の高い美人でした」

想像する雷を見て、提督は

「丁度浜風が大人になったような感じでしょうか」

雷はこくこくと頷いた。

「・・そう。じゃあやっぱり、私の見間違いではなかったのね」

「でしょうね」

「深海棲艦は、声を発するどころか、会話をし、駄洒落を考え、詐欺まで行える」

「はい」

「・・ありがとう。長年の疑問が解けたわ」

 

ドアの外では、長門が聞き耳を立てていた。

なにやら驚いた声が聞こえたが、今入るのは提督に有利か、不利か、と。

だが、声はまた聞こえなくなったので、ガチャリと開けて入った。

「茶が入ったぞ」

提督はにこりと笑った。

「お、よし、楽しみだ」

提督が雷を見ると、小さく首を振ったので話を続ける事はしなかった。

茶を啜りながら、提督は思った。

地上組自体の話はしていないが、雷も自身の経験から似たような所に達するだろう、と。

「ん、長門!美味しいよお茶!」

「そ、そうか?」

雷も頷いた。

「ええ、充分美味しいわ。どなたに教わったの?」

「鳳翔だ。普通の茶葉でも美味しく入れる方法というやつをな」

「へぇー」

雷はにやりんと笑うと

「花嫁修業も着々と進めてるわけね、長門」

「んなっ!?」

「違うのかしら?」

「い、いいいいや、そのあの・・そういう、事だ」

「お、おお、そういう事なのか・・」

真っ赤になって俯く提督と長門を見て、雷はくすっと笑った。

「はぁー、色々な意味でご馳走様ね。そろそろ私も部屋に戻るわ」

「あ、鍵は受け取ってますか?」

「さっき加賀から貰ったわ。それじゃあね」

ひらひらと手を振りながら雷が出て行くと、提督は椅子の背にもたれた。

「やー、さすが雷さんだね。他の子とは一味もふた味も違う」

「疲れたであろう。片付けはやっておくから、先に上がったらどうだ?」

「いや、もう片付けたよ。お開きにしよう」

「解った」

湯飲みを盆に載せた長門と共に出た提督は、廊下を一緒に歩いた。

「・・雷さんが認めてくれて良かったよ」

「うん?」

「司令官を辞める話」

「あ、あぁ」

給湯室に入った長門に続いて提督も入った。

「なんだ?洗い物か?」

「いや」

長門の手をとって盆を流しに置かせると、提督はぎゅっと長門を抱きしめた。

「んなっ!?」

提督はコツンと長門の額に自分の額を重ね、囁いた。

「・・良かった、良かったよ」

長門は目を瞑ると、小さく頷いた。

「まだまだ道のりは長いが、必ず君と結婚するからね」

「あぁ。待っているぞ、旦那様」

長門はそっと、提督の背中に手を回した。

 


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