菊月が持ってきたランチセットを、中将達は嬉しそうに味見した。
「んー、このラザニア美味しいわー」
「トマトの粗漉しがすっごく新鮮ね!」
「付け合せのパンが重い!身が詰まってるな!」
「サラダも彩りが良いわね・・よく冷えてて美味しい」
中将達があっという間に平らげたのを嬉しそうに見ていた菊月だったが、
「提督、すまないがそろそろ運ばねばならぬ」
「そうだね。皆さんすいません。台車が通りますので駅まで戻ってください!」
一行が調理室からトロッコの線路まで戻ると列車が待っていた。
一部のトロッコがシュークリームを積載している状態である。
空いている所に菊月達が調理した料理のコンテナを積み始める。
「提督、調理室にいらしたんですね」
声をかけられた提督は振り向いた。
「高雄か。シュークリームと料理、一緒に運んでるんだね」
「ええ。この列車は1度に1万個のシュークリームを運べるのですが・・」
「2500個ずつ作っているから一緒に運べる、という事だね」
「はい。他に私達も乗れますし、調理室の子達の搬送を手伝う事も出来ます」
「うちらも乗れるかなあ」
「大丈夫だと思いますよ。浜までは少し距離がありますしね」
提督は頷くと、中将達に向かって言った。
「では積み込みが終わったらこの列車に乗って移動しましょう」
雷はちらりと積み込まれた保冷庫やトロッコ列車を見ていた。
核ミサイルを積めるような代物じゃない。
雷は五十鈴と目を合わせると、互いに小さく溜息をついた。
何が反逆の為の地下ミサイル基地よ。まったく。
一体何を根拠にあんなに自信たっぷりに言い放ったのだろう。
小浜についた提督は、トンネルの中から浜を指差して言った。
「ここが、作戦遂行地帯になります」
高雄が続けた。
「私達の甘味処が奥、班当番の皆さんは手前の食堂で配布します」
だが、中将達はそこからややズレた所を凝視していた。
深海棲艦達が行列を作っていたからだ。
行列の起点は食堂と甘味処だ。
一体どういう事だろうと中将が訊ねかけた時。
「ア!提督!コンニチハダヨー!」
ル級が提督に気づき、手を振りながら近づいてきた。
びくっとする五十鈴達を横に、提督はつかつかとル級に歩み寄った。
「おお、ル級さん。丁度良かった。ぜひ紹介しておきたかったんだ」
「ハイ?」
きょとんとするル級の隣で、提督は中将達に向いてさらりと言った。
「山田シュークリーム社長のル級さんです」
「ア、アノ、ル級デス。提督サンニハ、イツモオ世話ニナッテオリマス」
ぺこりと頭を下げたル級に、中将、雷、五十鈴はぽかんと口を開けた。
提督はル級に紹介する手振りをしながら続けた。
「こちらは大本営から視察に来られた中将殿、五十鈴殿、雷殿です」
ショックが抜けきらない3人は呆然としたまま答えた。
「は・・初め・・まして・・」
「雷・・よ・・」
「て、提督が、いつもお世話になって・・・」
提督は涼しい顔をしてル級に話し続けていたが、長門達は苦笑していた。
あれは提督、絶対にわざとやっている。
中将達はもはや錯乱の域に達しているだろうな。
「そろそろ列が伸びる時間だよね?」
「ソウダヨー、案内シナイトネー」
「最後尾のプラカード持ってきた?」
「ア!忘レタヨー、予備アッタカナー」
「倉庫にあるよ、持って来よう」
歩き出す提督をル級が押し留めた。
「良イヨ良イヨ、自分デ取ッテクルヨー」
「そうかい?場所解る?」
「ソンナ雑用サセタラ龍田サンニ殺サレルヨー」
「あんまり怖がらないでやってくれよ、龍田も良い子なんだからさ」
「組織運営ノヤリ方ヲ教エテ頂イタ教官デスカラネ!」
二人(?)のやり取りを見ていた中将は、ようやくぽつりと呟いた。
「なぁ、五十鈴・・」
「・・なに?」
「わしは今、なんか酷く変な夢を見ているような気分だよ」
五十鈴は肩をすくめた。
「・・提督にとっては、大した事ないでしょうね」
雷が五十鈴を見た。
「どうしてそう思うのかしら?」
「ずっと昔、提督があの岩礁に異動した日の事よ」
「・・わしの命令でな。そうか、五十鈴は護衛したんだったな」
「ええ。その時、提督は岩礁に座り込んでいるヲ級を見つけたの」
「ほう」
「あたしは砲撃すれば良いじゃないって言ったけど、提督はね」
「何て言ったの?」
「あの子は武装してない。ちょっと話してくる、ってね」
雷は目を細めた。
「その子とは話せたのかしら?」
「ええ。話すどころか艦娘に戻しちゃったわよ」
中将は頷いた。
「鎮守府が出来た時、提督から深海棲艦を艦娘に戻したという報告は受けたがな・・そんな事があったか」
雷も頷いた。
「あぁ、そういえば主人がそんな事を話してくれた気がするわ」
主人とは、つまり大将のことである。
「ええ。で、話を戻すとあの時もヲ級の告白を今のように普通に聞いていたのよ、提督は」
「提督は深海棲艦の言う事を聞く耳をもっている、という事か」
「ただ、一方で姫の島事案のように、戦うべき場面は理解している」
「提督の鎮守府だけであの化け物を退治してしまった件ね」
五十鈴が苦々しく頷いたのを見た後、雷はふと気づいた。
「そうだ、私も見ていたのにすっかり忘れていたわ」
五十鈴が雷を見た。
「何を?」
「ねぇ中将。姫の島事案の直後に主人と三人でここに来たじゃない」
中将はうーんと唸った後、
「あ、そこの浜でバーベキューやってた時ですね」
「そう。あの時提督は、艦娘にも、深海棲艦にも平等に食事を振舞っていたわ」
「あの者達は協力者の生き残りでしたからね」
「そう。提督は艦娘達と深海棲艦達の力を合わせて戦わせた。深海棲艦側に協力の意志があれば、それを実現出来るって事よ」
中将はハッとした。
「そうか。あの山田シュークリームも・・」
雷は頷いた。
「ええ。そして自主運営までさせているなら、共に理由がある筈よ」
「お察しの通りです」
提督は遠くに見えるル級と深海棲艦達の長い行列を眺めつつ、雷の質問に頷いた。
「まず、この海域には1万体を越す深海棲艦が居ます」
「うむ。深海棲艦反応がうんざりするくらいあったな」
「先日ご報告した通り、彼らは非常に高い自治能力があり、ランチセットも500食までと自ら制限している」
「あの行列ね」
「ええ。前日の夜に抽選会を開き、ご覧の通り整然と並び、開店を待っています」
「マナーも良いわね」
「はい。ですからせめて甘味はという事で、シュークリームは1万個用意出来るようにしています」
「あの味なら文句は出ないでしょうね」
「はい。ところがこの海域の外の深海棲艦達に、この話が漏れてしまいました」
「外?」
「ええ。別の海域を縄張りとする深海棲艦達もまた、甘味に飢えていたのです」
「・・」
「そこらじゅうの海域から大挙して来られては、ここの運営が破綻してしまいます」
「そうだろうね」
「高雄達の製造能力にも限界がある。食料のリクエストもあまり増やせない」
「そうだな。実を言えば今もかなり頑張って集めている」
「元々、この海域に住む深海棲艦達は、我々と1つの約束をしています」
「なんだね?」
「鎮守府の周辺で争いを起こした場合、1週間ランチセットを提供しない、と」
雷が目を見開いた。
「停戦・・協定って・・事?」
「そうですね」
中将は両手で頭を抱えた。
し、深海棲艦と停戦協定が出来る・・だと・・?
この数十年に渡る戦いの中、幾度と無く冗談めかして言われた夢物語では無いか。
深海棲艦との膠着した戦況、細っていく資源、貧しくなる一方の国。
せめて、海運に必要な海域だけでも休戦に持ち込めないか。
その為なら深海棲艦達の要求を飲むべく多少譲歩したって良い。
力を合わせ、戦って消耗していく以外の未来があるのではないか。
だが、それは必ず次の言葉とセットになっていた。
「ま、無理だ。解ってる。冗談だって。ちょっと疲れたんだ」
今までの常識がグズグズに溶けていく。
否定しようにも、悪い冗談だと言おうにも、それは目の前に現実として存在している。
中将はあまりのショックで胃の中の物が逆流しそうだった。
真っ青になっていく中将の隣で、五十鈴が心配そうに中将の背中をさすっていた。