艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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長門の場合(63)

 

日没となる少し前、第1陣が帰ってきた。

心配して提督が様子を見に来たが、輸送班の皆は

「物凄ク喜ンデクレマシタ!」

「大成功デシタ!」

「美味シイッテ言ッテモラウノ嬉シイ!」

興奮気味にそう言い、一方で警護班の面々は

「押スナ押スナノ大盛況デ、列ノ整理ガ大変ダッタ」

「ホトンド宣伝シテナカッタノニ、一体ドコデ聞キツケタンダ・・」

「2000体並ンダ時ハ、正直圧倒サレタナ」

「明日カラハメンバーヲ倍増サセテ対応スル」

一様に疲れた顔を見せながらそう言った後、提督と加賀に向かって整列すると

「今マデズット、大変ナ思イヲシテ料理や菓子ヲ配ッテクレテタンダナ」

「苦労ガ本当ニヨク解ッタ。アリガタイ事ダ」

「明日カラ我々モ、一層マナー向上ニ努メル」

と、頭を下げた。

提督は頷きながら返した。

「店の子達に言ってあげてくれないか?きっと喜ぶと思うんだよ」

配布組の子が大きく頷いた。

「ソウダネ。アリガトウッテ言ワレルト私達嬉シカッタ!」

「だろう?誰も怪我せずに終えられて良かった。皆偉かったね!お疲れ様!」

「ワーイ!」

キャッキャと喜ぶ配布組と提督。

その様子を遠目で見ていた警護班の面々が複雑な顔をしていたので、加賀は訊ねた。

「どうかされたのですか?」

「アア、イヤ・・深海棲艦ガ成果ヲ報告シテ、ソレヲネギラウ提督ッテネ・・」

「モウ突ッ込ミドコロシカ無インダガ・・」

「ココデハ誰一人突ッ込マズ、ナチュラルニ行ワレテルナッテ・・ネ」

「そうですね、ええ、もうどこから突っ込んで良いか解りませんね・・」

加賀はそう言いながら、警護班の面々と苦笑を交わした。

目の前にある「山田シュークリーム」自体、大本営が知ったら上を下への大騒ぎである。

深海棲艦が深海棲艦に菓子を振舞う為に工場を運営出来るという事実。

工場や配布所を鎮守府の工廠が建て、運営ノウハウを間宮達が教えたという事実。

その理由が鎮守府に深海棲艦が甘味を求めて押し寄せない為の策であるという事実。

更に言えば菓子の原資は海底資源を掘り出して日本の地上組に売って得た物という事実。

そしてその工場で提督と艦娘と深海棲艦が親しく会話し、成果を喜んでいる事実。

ありとあらゆる点で大本営の把握する常識とかけ離れている。

加賀は溜息交じりに天を仰いだ。

これを説明する事態になったら、一体どこからどう説明したら良いのでしょう。

そんな日が来ないと良いのですが。

 

そして半月程経った、ある日。

「おやおや」

郵便物に目を通していた提督が声をあげたので、長門は小首を傾げて訊ねた。

「どうした?」

「あぁ、いや、中将殿と五十鈴さんが来るんだって。珍しいよね」

「そうか・・んなにぃぃいっ!?」

長門が大声を上げたので提督は手紙を持ったまま周囲をきょろきょろと見回した。

「えっ!?な、何?敵襲!?」

「ち、ちちち違う!い、いつ来るというのだ!?」

「・・読む?」

慌てて提督から受け取った手紙には、こう書かれていた。

 

 指示書

 指示内容:

  ソロル鎮守府大規模作戦展開状況確認の為、以下の者に視察させる。

  一.大本営中将(監査)

  一.艦娘雷(監査)

  一.艦娘五十鈴(中将秘書艦)

 

 視察期間:

  開始:十二月九日

  終了:十二月十一日

 

 尚、宿泊ならびに食事の手配はソロル鎮守府側責任において手配するものとする。

 作戦中である事を鑑み、出迎え式典は不要とする。

 喫煙者一名、シチュー、カレー可

 

「雷さんてシチュー好きなのかね。中将のカレーとどっちを優先すべきだろう」

のんびりしている提督を横目に、長門は紙を握りしめながらカタカタと震えた。

山田シュークリームが開業した日の夕食時、加賀と二人で

「視察とかあったら説明のしようが無いですよね」

「まぁそんな日は当分ないだろうがな」

「あっははは」

「はっはっは」

と、一笑に付した自分を殴ってやりたい。

これは一大事だ。間違いなく。

 

そして長門は、日付を見返して更にぎょっとした。

「て、提督!」

「なに?」

「と、到着日が・・今日だぞ」

「あらま」

「あらまじゃない!」

ダメだ、提督は事態を理解していない。

長門はインカムをつまんだ。

「長門だ。非常招集命令を発する。対象は全秘書艦と龍田、文月。大至急集合せよ!」

 

「・・そ、そんな、まさか」

「あらぁ、名誉会長が今日お見えになるんですか・・さすがに準備が・・」

「この書類が届いたのは今朝で間違いない。これでは不意打ちではないか」

「大本営の雷様って、死神の雷って徒名の怖い人ですよね?」

危機感を募らせる長門達の横で、

「島内巡視とかされるんでしょうか?ご案内はどうしましょう?」

「昼食は鳳翔さんにランチ頼もうか。案内人の人は同席可で良いかなあ」

「ぜひ私にご命令を!」

「そうだね。ちゃんと荷役やってる慰労も兼ねて赤城さんにしようか」

「やりました!」

と、のんきに盛り上がる赤城と比叡、そして提督という面々。

 

ズダン!

 

長門がついに青筋を立てて提督の机を叩いた。

「・・提督、緊急度の高い問題を優先してくれ」

「どうしたというんだい?」

「山田シュークリームを、どうやって、説明するんだ?」

「そのまま紹介するよ?」

「・・地上組の所は何と説明するんだ?」

「ええとねー」

提督は少しの間、小首を傾げた後、

「しない」

「は?」

「説明しない。そこに触れず、知ってるとも知らないとも言わない」

龍田が凄まじい剣幕で提督に迫った。

「五十鈴さんと大和さんならともかく、名誉会長がいらっしゃるんですよ?」

「無理?」

「絶対にバレます。私でも隠し通せません!」

「それにしても、どうして視察なんて来るのかなあ」

ずっと黙っていた文月が答えた。

「お父さん」

「んー?」

「もしかして、秋の大規模出撃作戦を蹴っ飛ばしたからじゃないかなって・・」

「あー、あれか」

龍田がへっという顔をした。

「あのつまんない作戦ねぇ・・資料残ってるかしら?」

「まだ廃棄処分にはしてないと思うが」

「あ、多分この辺です・・・ありました!」

「凄いね比叡。よく解ったね」

「私が捨てましたので!」

「偉い偉い」

龍田はぺらぺらとめくり、納得したように頷いた。

「これが原因ね」

「どういう事かな?」

龍田は最後のページの名簿の1点を指差した。

そこには作戦立案責任者として、第1鎮守府の少将の名前が書かれていた。

加賀が途端にジト目になり、提督はへぇという顔をした。

「あぁ、桶やんか」

「桶やん?」

「同期だよ。第1鎮守府の司令官になってたか」

加賀が継いだ。

「桶ヶ峰少将は次期大将候補の御一人ですが、タカ派の最右翼として知られてます」

龍田が頷いた。

「更に言うと、超絶嫉妬深いそうですよ~」

「そのソースはどこかな龍田さん」

「第1鎮守府所属艦娘と秘書艦の子~」

「あーあ、桶やん散々だね」

「断られたのを根に持った桶ヶ峰少将が、私達が遂行中の作戦に噛みついた」

「上層部会で紛糾して中将が火消しに走った」

文月がとぼとぼと提督の隣に寄った。

「でも、中将とお父さんは仲良しだから手加減するんじゃないかと疑いをもたれた」

「だから大将の代理として雷様が同行する事になった、そういうことですね」

提督はうんうんと頷いた。

「桶やんなら言うかな。大体想像がつくよ」

「ごめんなさい、お父さん」

提督は文月を膝の上に乗せるとわしわしと頭を撫でた。

「命じたのは私。文月は実行しただけ。だから文月は気にしなくていいよ」

「でも、交渉をもう少し慎重にやってれば・・」

龍田が首を振った。

「誰がやっても同じ展開よ~、このとんちんかんな作戦に参加しない限り」

「桶やんは自分の考える事が正義と信じて1ミリも疑わないからねえ」

「恐らく桶ヶ峰少将の事ですから、自ら乗り込んで来たがったのでしょうね」

「でも、さすがに桶ヶ峰少将といえど大将や雷様が行くといえば反論出来ない」

「出世コースから一気に僻地へ左遷されるからねぇ」

「雷様に難癖をつけて翌朝まで消息が掴めれば奇跡だと思いますよ?」

「第1鎮守府の司令官を務めてらっしゃるのですから、大本営の掟はご存知かと」

「ま、いずれにせよ、雷さんには正直に言うとしよう」

「地上組の事もですか?」

「・・ふむ」

提督は目を瞑るとしばらく考え、

「積極的には言わない。ただ、質問されたら答える」

「微妙な舵取りが必要ですね~」

「いや、雷さんや中将はこちら側にいて欲しいから、正直に言うさ」

龍田はふむと考え込んだ。

「それなら、長門さんとお二人で対応されますか~?」

提督は頷いた。

「それで良いよ」

長門はぎょっとした表情を見せた。

「わ、わわ、私は仕掛けられたらうっかり喋ってしまうかもしれんぞ?」

「それで良いよ。それが頃合なんだよ」

長門は額に手をやった。提督や龍田が考えている事が今一つ解らない。

「いずれにせよ、査察団のメンバーには聞かれたら素直に答える。良いね?」

「はい!」

その時。

「そんなに肩肘張らなくて良いわよ?」

聞きなれた声色。しかし明らかに異なる雰囲気。

龍田と文月がぞくりとした表情で、そっと入り口を振り返ると、

「お邪魔するわね!」

「提督、突然の訪問ですまんな」

「色々訳があるの。聞いてくれる?」

雷、中将、そして五十鈴が苦笑交じりに立っていたのである。

 

 


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